ポルシェ911ターボ(4WD/8AT)
“寸止め”にバンザイ 2021.07.03 試乗記 最高出力580PS、最大トルク750N・mのパフォーマンスを誇る「ポルシェ911ターボ」に試乗。さまざまなステージで600km以上を走り込むと、先に登場した上位モデル「ターボS」とのちがいが見えてきた。果たしてこの“素のターボ”を選ぶ意味とは?この車名には特別な響きがある
この992型のターボは2020年の7月に受注開始されたのだが、興味深いのは高性能版のターボSがそれに先がけた同年3月に登場していることだ。先々代の997型ではターボSが後から追加されたし、先代991型ではターボSとターボは同時発表だった。また「カイエン」や「マカン」「パナメーラ」にはターボかターボSのどちらかしかないのに対して、911だけはわざわざその両方が用意される。
従来の911でも、販売台数はターボよりターボSのほうが多かったという。その意味では、売れ筋=ターボSを先行させた今回のマーケティングは正攻法だ。それでもターボがあえて残されたのは“911ターボ”という車名にはやはり特別な響きがあるからだろう。また、「カレラ」(最高出力385PS)、「カレラS」(同450PS)、「カレラGTS」(同480PS)というキメ細かいラインナップを取りそろえる最新911では、そのカレラ系の上がいきなりターボS(650PS)では、ギャップが大きすぎるのかもしれない。
というわけで、ターボである。エンジンや8段PDK、油圧多板クラッチ式4WDなど、パワートレインのハードウエアはターボSと共通だ。エンジンはカレラ系の3リッターツインターボをベースにしたもので、3.8リッターの排気量に2基の可変タービンジオメトリーターボを組み合わせる。ただし、制御(主に過給圧)のちがいによって、エンジン性能はターボSより70PS/50N・mディチューンされた最高出力580PS/最大トルク750N・mで、GTSとターボSの間を埋める。PDKの変速比や最終減速比はターボSと変わりない。
ターボとターボSにおける見た目で最大の識別点は、角型4本出しのエキゾーストである。そして、ターボSに標準のセンターロックホイールやPCCB(ポルシェ・セラミック・コンポジット・ブレーキ)、PASM(ポルシェ・アクティブ・サスペンション・マネージメント)付きスポーツサスペンション(10mmローダウン)、PDCC(ポルシェ・ダイナミックシャシー・コントロールシステム=電子制御スタビライザー)などがターボでは省かれる。もっとも、ご想像のとおり、これらはすべてターボでもオプション追加することは可能だが……。
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パワーフィールは豪快にして緻密
今回の試乗車はオプションのスポーツエキゾーストを装備していたので、本来は最大の識別点となるリアエンドの風景が、ターボSと同じ丸型2本出しである。というわけで、バッジ以外で外観からターボと判別できる今回の特徴は、10mm高い車高(それがひと目で見分けられるかは微妙)のほかは、ブレーキと5穴ホイールといったところだ。
エンジンがターボSより抑制されているとはいえ、信号や料金所でアクセルを深く踏み込むと、周囲の時間が一瞬止まったかのように突進する加速力はやはりとんでもない。そのパワートレインにはほかの911同様に「ノーマル」「スポーツ」「スポーツプラス」というモード選択肢があるが、“らしい”のはスポーツモードかもしれない。同モードではエンジンレスポンスや変速スピードがノーマルより1段上乗せされて、ノーマルでは抑制されていたアンチラグ音も聞こえるようになる。
そのパワーフィールは豪快なのに緻密。右足に対する反応に過給ラグめいた遅れも皆無だ。3000~4000rpmでもありあまるほどのトルクだが、5000~6000rpm超にかけては、さらに拍車がかかる。そして7200rpmのカットオフにいたる最後の1000rpmでは、金属的なサウンドとレスポンスが、まさにさく裂する。超ハイパワーなターボエンジンなのにレスポンスは右足に吸いつくほどリニア。しかも回転上昇に伴って、全域がクライマックスともいえる、身の詰まったドラマが演じられる。それは背筋がゾクッとするほどの快感である。
これと比較すると、ノーマルモードはきれいに吹けるが、意図的にフタがされている感が強い。逆にスポーツプラスはさらにさく裂感が強いものの、その鋭すぎる回転上昇には、筆者のような中高年アマチュアドライバーの反射神経はもはや追いつかない!?
もっとも、ターボSはさらに爆発力があるのだが、そのかわりに過給ラグめいた感触が少し出る。よって、スポーツモードにおける一体感やドラマチックな展開は、ターボならではの美点といえるだろう。
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足はドンピシャ
シャシー方面では目立ったオプションを装着していなかった試乗車は、ダンパー制御をノーマルモードにセットすると、恐ろしいほど快適な乗り心地を披露する。
最近は市街地でも足元をしなやかにストロークさせるスーパーカーはめずらしくないが、その奥底には、低偏平タイヤ特有の硬さを感じるケースが大半だ。しかし、今回の911ターボはサイズ・銘柄ともにターボSと共通のタイヤを履きながらも、その乗り心地は体の芯からソフトタッチである。どう意地悪く観察しても、タイヤ由来と思われるゴツゴツ感をまるで伝えてこないのだ。
しかも、はいずるような低速から日本の公道で試せる上限の120km/hにいたるまで、ソフトタッチな路面感覚はそのままに、余分なオツリめいた上下動もなくピタリとフラット感が保たれるのが素晴らしい。これほどドンピシャの調律を見せつけられると、個人的にはスポーツサスペンションやPDCCといったオプションで、今のバランスをくずしたくなくなる。
ただ、サーキットならずとも、本格的なワインディングロードで相応に楽しもうとすると、市街地や高速巡航で完璧だったノーマルモードでは物足りなくなる。その場合はダンパー制御をスポーツモードにして、同時にセンターディスプレイの「スポイラー」の項目で、前後スポイラーを展開させるといい。
スポイラーを展開させたときのダウンフォースは強力なようで、50~60km/hの車速でもじわっと落ち着くのが体感できるほどだ。それゆえか、ダンパーをノーマルモードのままスポイラーだけ展開すると、逆にフラフラと落ち着かなくなる。ちなみに、ドライブモード選択で「スポーツプラス」を選ぶと、自動的にダンパーがスポーツモードとなり、同時にスポイラーが展開する。やはり、この2つは抱き合わせで使うのがよさそうだ。
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コツもウデも必要なし
そんな強力なダウンフォースと引き締まったサスペンションに加えて、もともとの4WDと後輪操舵がフル稼働した最新911ターボは素直にとんでもないクルマだ。今回の試乗が完全なドライコンディションに恵まれたとはいえ、最高出力580PS/最大トルク750N・mを完全に支配下に置いていたのは驚くほかない。
ステアリングを切った状態で、意地悪にアクセルを踏んでもテールが暴れるような兆候もまるでない。筆者ごときがいかに果敢にアクセルを踏んで振り回そうとしたところで、公道では本当に何も起こらない。ブレーキもPCCBが標準のターボSと比較するとダウングレードなのだが、公道スピードで本気でブレーキペダルを踏むと「その場で立ち止まっちゃったか?」と錯覚するくらいには利く。
正直いって、アマチュアドライバーが911ターボを公道で走らせるにはコツもウデも必要ない。ただただ強烈なGにさいなまれて、クルマの限界のはるか手前で、人間の限界が訪れてしまうからだ(笑)。今回の試乗も、「クルマに乗せていただいているだけ」だったのは否定しようがない。それでも、乗った後にはすっきり留飲が下がる思いだったのは、とにかくどこまでも安心して踏めて、クルマの限界ははるか遠いが、かわりに自分の限界をきっちりと体感できたからだろう。
しかも、これでもターボSと比較すれば各性能があえての“寸止め”なのだから、なんとも恐ろしい。ただ、その寸止めこそが、このスッキリさわやかな“乗後感”のもうひとつの理由かもしれない。乗り心地、エンジンレスポンス、ステアリングやシートからの伝わる接地性など、アマチュアドライバーが日々味わえる一体感や快感は、ある意味でターボSより濃厚でもあるからだ。そのぶん、限界性能は犠牲になっている(のだろう)が、それを本当に必要とする人間は、当然ながら世界にもごくひと握りしか存在しないと思う。
(文=佐野弘宗/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
ポルシェ911ターボ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4535×1900×1303mm
ホイールベース:2450mm
車重:1640kg(DIN)
駆動方式:4WD
エンジン:3.8リッター水平対向6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:580PS(427kW)/6500rpm
最大トルク:750N・m(76.5kgf・m)/2250-4500rpm
タイヤ:(前)255/35ZR20 97Y/(後)315/30ZR21 105Y(グッドイヤー・イーグルF1スーパースポーツ)
燃費:11.1リッター/100km(約9.0km/リッター、NEDC複合モード)
価格:2443万円/テスト車=2929万7000円
オプション装備:ボディーカラー<ゲンチアンブルーメタリック>(0円)/レザーインテリア エクスクルーシブマニュファクチャー<ツートン、グラファイトブルー/モハーベベージュ>(0円)/スポーツエキゾーストシステム<シルバーカラーテールパイプ含む>(51万3000円)/カラークレストホイールセンターキャップ(2万7000円)/ヒーター付きGTスポーツステアリングホイール<レザー仕上げ>(0円)/スポーツシート+バックレストレザー+レザーインレイ(26万8000円)/フロントアクスルリフトシステム(40万2000円)/イオナイザー(4万8000円)/エクスクルーシブデザイン燃料タンクキャップ(2万2000円)/シートベンチレーション<フロント>(17万7000円)/プライバシーガラス(9万2000円)/ブラッシュアルミニウムインテリアパッケージ(17万9000円)/レーステックサンバイザー(6万9000円)/エクステリアカラー同色ドアミラーベース(9万円)/アルミニウムPDKセレクトレバー(10万1000円)/レーンチェンジアシスト(13万7000円)/ティンテッドLEDマトリクスヘッドライト ブラック<PDLSプラスを含む>(31万9000円)/アダプティブクルーズコントロール(28万4000円)/18ウェイ電動アダプティブスポーツシートプラス<メモリーパッケージ>(16万9000円)/サイドウィンドウトリム<シルバーカラー、ハイグロスブラック>(7万9000円)/アンビエントライト(8万4000円)/レザーインテリア エクスクルーシブマニュファクチャー(164万1000円)/「PORSCHE」ロゴLEDカーテシ―ライト(2万4000円)/アルミニウムペダル(5万8000円)/リアサイドエアインテークペイント仕上げ(8万4000円)
※価格はすべて車両発売時のもの
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:2560km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(6)/山岳路(3)
テスト距離:624.4km
使用燃料:81.9リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.6km/リッター(満タン法)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。