全産業に影響する「国境炭素税」に注目

さて、ここまでは自動車業界の話題だったが、実はFit for 55には、もうひとつ目玉といえる施策があった。EU域外からEU域内に対象製品を輸入する際に炭素課金を行う「炭素国境調整メカニズム(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanism)」の設置だ。ざっくりと説明すると、環境対策が不十分なEU域外で生産された製品については、輸入の際にしっかり炭素税を支払ってもらいますよ、というもの。

背景にあるのは環境対策にかかるコストの問題だ。EU域内で環境規制を強化すれば、当然そのコストは製品に課せられるので、価格が上がる。一方、環境規制が緩やかな地域(主に途上国)では生産コストが安く、製品価格も安い。価格競争になればEU域内で生産した製品が売れないのは明らかで、EU域内の産業競争力の低下を防ぐためにCBAMが必要というわけだ。また、この施策には環境規制の緩やかな地域の製品ばかりが売れるようになると、地球全体のCO2削減につながらないという意味もある。

CBAMの対象製品にはセメント、鉄・鉄鋼、アルミニウム、肥料、電力が挙げられており、自動車業界としても無縁ではない。せっかく安価に生産できる地域に拠点を設けても、国境炭素税がかかるとなれば、大規模サプライチェーンを構築していることが必ずしもコスト低減につながらない可能性さえ出てくる。

炭素税については、これまでもさまざまな国や地域で、幾度も検討が重ねられてきた。日本でもたびたび議論が起きているが、具体的な施策には至っていない。「Fit for 55」でも産業界の反発は必至で、公正・公平かつ既存の政策とバランスする課税制度を実現することは容易ではない。EUが発表したCBAMについても現状は“規則案”であり、詳細はこれから審議を進めていくことになる。

日本は2050年のカーボンニュートラルを宣言しており、Xデーを「30年後」と捉えている人が多いかもしれない。しかし、欧州では「2050年前後」をゴールとしつつも、足もとの政策や規制を固め始めている。日本としては、勇み足は避けたいところだが、欧州の追従となることも避けたい。今できることは果たして何か? “ポストコロナ”の議論を進めていくべきときが来ている。

(文=林 愛子/写真=ダイムラー/編集=堀田剛資)

急進的な内容で世界を驚かせた「Fit for 55」だが、その政策案が法制化されるためには全EU加盟国の承認が必要となる。今後の展開に注目である。
急進的な内容で世界を驚かせた「Fit for 55」だが、その政策案が法制化されるためには全EU加盟国の承認が必要となる。今後の展開に注目である。拡大
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