六郷橋でSUVとミニバンの決戦

固有名詞の多さもこの小説の特徴だ。ちょい役の登場人物にもすべて名前が与えられているし、「レミントンM870」「H&KのMP5」「アサルトライフルAR-1」とかの武器名、そしてテスカトリポカ以外の神の名前もたくさん出てくる。クルマも具体的な車名が記されているものがほとんどだ。ざっと数えてみたところ、22台が登場していた。

麻薬組織の抗争では「ジープ・グランドチェロキー」「ランドローバー・レンジローバー」「ダッジ・ラム1500」などが活躍。舞台が日本に移ってからは「ホンダ・ストリーム」「三菱アウトランダー」「スバル・インプレッサ」といった穏健なラインナップになるが、後でそれらのクルマも邪悪な目的で使われたことがわかってくる。

地名もかなり詳細だ。コシモが11歳の時に6人の高校生をボコボコにした川崎区の公園はだいたい見当がつくし、彼がベトナム系半グレ集団を襲撃した場所は正確に特定できる。「トヨタ・アルファード」と「ジープ・ラングラー」が相まみえる最後の決戦となった六郷橋は、「東京都、大田区、神奈川県、川崎市、四つのカントリーサインが表裏一体となった標識の真下」という説明まである。GoogleMapを見れば、はっきりとその場所を確認できるのだ。

この作品は、第165回直木賞受賞作品である。選考では激論があったようで、林真理子は講評で「こんな描写を文学として許してよいのか」という反対意見があったことを明かしていた。『オール読物9・10合併号』に掲載された選評を見ると、「人間不在の反文学」「最後まで小説として認められなかった」という理由で反対していたのは想像していたとおりの人物だった。三浦しをんと宮部みゆきはかなり怒っていて、選評で彼らに小説の鑑賞の仕方を懇切丁寧に説いている。1998年の第5回ホラー大賞の選考で高見広春の『バトル・ロワイアル』を「こういうことを考えるこの作者自体が嫌い」と切り捨てた林真理子だって成長できたのだから、大御所男性作家には精進を求めたい。

エピローグを除くと、この小説は2021年8月26日で終わっている。リアルタイムの物語なのだ。読後に六郷橋をクルマで走ると、これまで見えなかった風景が立ち現れてくるような気がする。

(文=鈴木真人)

「トヨタ・アルファード」
2002年に登場したトヨタの大型ミニバン。現在は2015年にモデルチェンジされた3代目モデルが販売されている。「ヴェルファイア」は兄弟車。
「トヨタ・アルファード」
	2002年に登場したトヨタの大型ミニバン。現在は2015年にモデルチェンジされた3代目モデルが販売されている。「ヴェルファイア」は兄弟車。拡大
鈴木 真人

鈴木 真人

名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。

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