しのばれる大衆車デザイナーの苦労

それは「フィアット・パンダ」である。現行型は2011年デビューゆえ、もはや10年選手だ。だが、イタリアでは依然として最多販売車種である。2021年1月~7月のイタリア国内登録は7万5194台を記録。2位の「フィアット500」(3万0284台)の2倍以上も売れている。

パンダを所有するイタリア人の多くは、メリットとして維持費の安さを挙げる。

もしやと思って、フィアット販売店のパーツセンターに顔を出してみることにした。

幸いその場所は、前述のメルセデス・ベンツのパーツセンターと同じである。なぜなら同じ販売店グループが経営しているからだ。

先ほどのアレッシオさんの同僚であるシモーネさんが、「じゃあ、最も安い『イージー』仕様で調べてみよう」と、早速キーボードをたたいてくれた。

バンパーアッシーの価格は330ユーロ(約4万2000円)である。

現行メルセデス・ベンツAクラスよりも2万円以上安い。バンパーがダメージを受けたときには周囲の部品も破損してしまうことを考えると、修理金額の差はさらに広がるだろう。

バンパーを語る場合に、価格だけで判断するのが浅はかであるのは百も承知だ。衝撃吸収性や対歩行者安全性といった、他車や社会と共存するうえで極めて重要な要素を考えなければいけない。メルセデス・ベンツのパーツセンターのアレッシオさんは、「価格も上がっているけど、モデルチェンジごとに衝撃吸収性能が向上しているからね」と、傍らにあったミネラルウオーターのペットボトルをげんこつでつぶしながら説明してくれた。

しかしながら、昨今のフロントバンパーを観察しながら個人的に感じた3点を最後に記したい。

第1は、先進運転支援システム(ADAS)や自動運転用の各種センサーがより高度になる近未来、それを組み込むバンパーは、さらに高価なパーツに変容する可能性があるということだ。

かつて筆者がそうした質問をすると、あるメーカーの開発関係者は「衝突前にブレーキが作動するようになるので、バンパーが破損する可能性は極めて低くなる」と答えた。

しかし、いくら自分のクルマがぶつからなくても、現時点ではADAS非装着車に衝突される可能性、つまり相手がぶつかってくる可能性を否定できない。そもそもイタリアなどでは縦列駐車しておいた自車に戻ってみると、明らかに前後のクルマにぶつけられた痕跡がバンパーに残っていることが多い。上り坂の縦列では相手が力強く出入りするので、自車のバンパーはさらに深く傷つけられる。テレビ通販で買ったキズ隠しペーストなどでは、到底復元できない。

メーカーはバンパーに最新技術を盛り込みたいのだろうが、ぶつけられるのが日常茶飯の国では、まったくもって気持ちのいいものではない。

第2は今日のバンパーのデザインである。網目模様を施したり豪華な素材を採用したりとディテールは凝っているのだが、ボディー全体の美しさに何ら貢献していないものが多い。15世紀ルネサンス期に活躍し、今日ではフィレンツェ市電の駅名にもなっているパオロ・ウッチェッロという画家がいる。彼は遠近法に集中し、人物の帽子の柄といった細部にわたるまでそれを取り入れようとした。しかし全体的に観察すると退屈だというのは、彼の作品に対する長年の評価である。同様のことが、バンパーに凝りすぎたクルマにも言えるのだ。

付け加えれば、走行中に付着する虫の数が東京と比べて格段に多いイタリアで、そうした複雑なデザインのバンパーは、掃除するユーザー泣かせである。フォグランプまわりの入り組んだ形状のプラスチック部品にこびりついた死骸を除去するために、どれだけの時間を費やすことか。

最後は、フィアット・パンダ用部品カタログを見せてもらったときの感想である。その単純さは、まるでプラモデルかイケアの家具の組み立て説明図のようだ。

「フィアットは、不要なコストをかけないだけでなく、ひたすらユーザーの金銭的負担も考えているからね」と担当のシモーネさんは解説する。

逆に言えば、デザイナーが無駄なガーニッシュでカッコよさを演出しようとしても、それは許されない。人間の顔で言えば「すっぴんできれい」な造形を実現しなければならないのだ。

そうした意味で筆者個人は、フィアット・パンダのような大衆車のデザインに挑む人を尊敬するのである。バンパーが教えてくれることは少なくない。

(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ステランティス/編集=藤沢 勝)

「フィアット・パンダ」(319型)のバンパーまわり(写真手前)。
「フィアット・パンダ」(319型)のバンパーまわり(写真手前)。拡大
ステランティス系パーツを担当しているシモーネさん。
ステランティス系パーツを担当しているシモーネさん。拡大
「パンダ」のバンパー構成部品。まるでイケアの家具組み立て図を見るようだ。
「パンダ」のバンパー構成部品。まるでイケアの家具組み立て図を見るようだ。拡大
ダメージを受けた「フィアット500L」。オーナーはどれだけのバンパー部品が再利用できるか、固唾(かたず)をのんで修理見積書を待っているに違いない。
ダメージを受けた「フィアット500L」。オーナーはどれだけのバンパー部品が再利用できるか、固唾(かたず)をのんで修理見積書を待っているに違いない。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。21年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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