MINIジョンクーパーワークス(FF/8AT)
今がラストチャンス 2021.10.16 試乗記 「ゴーカートフィーリング」と表現されることが多いMINIのなかでも、3ドアの「ジョンクーパーワークス」こそが保守本流であり、“THEゴーカート”である。ガチガチに固められたハードな足まわりに、心ゆくまで揺すられてみた。栄光の名称
MINIはオシャレなコンパクトカーとして認知され、幅広い層から支持されている。そのおかげで、昔も今も日本での販売台数は好調だ。丸っこいフォルムはポップでかわいらしい。クラシックMiniの時代もファッションアイコンとなっていたから、スタイリッシュなクルマとして受け止められるのも自然なことだ。
しかし、クルマ好きならMINIがレースやラリーで活躍したという事実も知っている。アレック・イシゴニスが生み出した小さなクルマのポテンシャルを見抜いたジョン・クーパーが手を加え、高い戦闘力を持つようになった。市販モデルにもハイパワーな製品がラインナップされて、「MINIクーパー」と呼ばれることになる。そして、現在はジョンクーパーワークス(JCW)がトップパフォーマンスグレードという位置づけになった。MINIブランドにとって、ジョン・クーパーの名は栄光の歴史を思い起こさせるアイデンティティーなのだ。
2021年5月にMINIはマイナーチェンジを受け、JCWも新しくなった。3ドア/5ドア/コンバーチブルの3種類で、このうち5ドアにはJCWの設定がない。“大きなMINI”こと別ラインの「クラブマン」と「クロスオーバー」は、2019年に新型JCWが発売されている。今回試乗したのは3ドアモデル。MINIの原点というべきコンパクトハッチバックだ。
マイナーチェンジでは、エクステリアデザインに手が入れられている。分かりやすいのは、グリルが大型化したことだ。かなりの大口で、目ヂカラの強いLEDヘッドランプと相まって迫力が増している。エンブレムがブラックアウトされたことで、ちょっとワルそうな表情になった。ファニーな面もあり、ギリギリで下品にならないさじ加減が見事である。見た目が変わっただけでなく、エアカーテンを設置したことによって空力が改善しているという。
迫力の外観とつやめいたインテリア
エクステリアカラーはJCW限定の「レベルグリーンソリッド」で、ルーフのレッドとの対照が際立つ。ボンネットにストライプが施されているのはオプションだ。リアバンパーは主張の強いダイナミックな形状になった。ブラックに囲まれたシルバーの2本出しマフラーが、タダモノではない雰囲気だ。ルーフエンドには大型のウイングが備わり、下部に開けられた風の通り道によってダウンフォースが生み出される。
インテリアでは、オーバル形のマルチディスプレイメーターパネルが採用された。以前は2つの丸型メーターが組み合わされていたが、現在はこれがMINIの標準仕様だ。エンジン回転数や速度のほかに、ナビゲーション画面なども表示される。センターにはいつもどおり大きな円形のパネルが存在感を示す。モニターは横型で、上下にスイッチやダイヤルが配されている。まわりを取り囲む照明は、エンジンの回転数やエアコンの設定に反応して変化する仕組みだ。ドアトリムのアンビエントライトと合わせて、夜にはつやめいた空間が演出される。
センターアームレストはふたが開くようになっていて、内部はスマートフォンを置くだけで充電できるスペースになっている。横にスピーカーのような穴が開けられているので、ふたを閉じてもきちんと着信音が聞こえる。至れり尽くせりだが、このクルマの魅力はそんなところではない。スタートボタンを押すと、現代のクルマとは思えないクラシカルな重低音が響いてきた。明らかにデザインされたエンジンサウンドで、ドライバーの気分は高揚する。トランスミッションは8段ATのみの設定だから、発進に気づかいはいらない。
MINI 3ドアには全5モデルがあり、エントリーグレードの「ONE」は3気筒1.5リッターターボで最高出力75PS。JCWは4気筒2リッターターボで、最高出力は231PSに達する。クラブマンとクロスオーバーはさらにハイチューンの306PSで4WDだが、ボディーが大きくて重い。MINIが本来持っている俊敏な走りということなら、3ドアに軍配が上がるはずだ。
スムーズさを求めない
1450rpmという低い回転域から最大トルクの320N・mがもたらされる。アクセルを強く踏めばロケットスタートが可能だが、街なかではオススメできない。おとなしく走ることだってできるので、普段使いもいけそうな気がしてくる。全長はマイチェンで5mm伸びたとはいっても3880mmで、全幅は1725mmというコンパクトなサイズなのだ。住宅街の路地でも安心だが、問題は音である。不穏なサウンドは、日常生活には似合わない。
運転すれば、どんな場面でも爽快である。低速であっても、交差点を曲がるだけで楽しい。極太のステアリングホイールを握るとスポーツ心が湧き立ってくる。動きがアグレッシブで、キビキビとした反応が心地よい。車線変更では、ほんの少し力を入れるだけでラインを変えることができる。過敏な反応とも言えるわけで、長時間ずっと運転していると疲れるかもしれない。
ドライブモードは「スポーツ」「ミッド」「グリーン」の3種類。以前はシフトセレクターを取り囲むリングで操作したが、トグルスイッチに替わって使いやすくなった。ワインディングロードでは、もちろんスポーツを選ぶのがベストだ。エンジンは活発になり、エキゾーストノートが勇ましくなる。1960年代の英国車を思い出させるようなサウンドだ。
パドルを使ってシフトするのは楽しいが、クルマに任せていてもスポーティーな走行ができる。シフトダウンの際に中吹かしが入るのは当然だが、シフトアップの際もなぜか引っかかるような感触がある。あえてスムーズさを求めないコントロールが行われているようなのだ。シルキーでなめらかな変速は快適なドライブを約束してくれるが、JCWは運転する実感を優先している。もっとハイパワーなクルマはいくらでもあるが、こんな生々しい感触を持つ運転体験は久しぶりだ。
残された時間はあとわずか
高速道路ではグリーンモードでアダプティブクルーズコントロール(ACC)を使って走ればいい。パーキングブレーキが電子式になったことで、全車速対応になった。ACCに任せておけば無駄に加速することもないから、燃費は思いのほか良好だった。荒々しいだけが取りえではないのだ。結構ちゃんとしているではないかと安心していると、手厳しい洗礼を受けることになる。乗り心地はお世辞にも上質とは言えない。整備された道を走っていれば何ということはないが、荒れた路面では本性が露見する。ドライバーでもキツいのだから、ほかの乗員からクレームが出ても仕方がない。
サスペンションは電子制御による減衰力可変式だが、柔らかいはずのグリーンモードでも乗り心地はあまり変わらない。後席に人を乗せるなら、事前に言いくるめておく必要がある。2人しか乗れないのにカップホルダーが3つ用意されていてスピーカーも装備されているおもてなし空間だと言い張るのだ。荷室のスペースも広くはないし、4人でフル乗車することに適しているとは思えない。JCWは、純然たるドライバーズカーなのである。
車両本体価格は482万円で、試乗車には38万円の「JCWトリム」など合計60万円以上のオプションが付けられていた。シングルパーパスのクルマとしては、簡単に出せる金額ではない。スポーティーな運転をしながらも穏健なカーライフを送りたいなら、クーパーや「クーパーS」などのグレードを選ぶべきだろう。
2021年3月、BMWはMINIを電気自動車専用のブランドにすることを発表した。内燃機関を搭載したモデルは、2025年までで終わるというのだ。モーター駆動はMINIに新たな魅力を加えることになるだろう。しかし、純粋にジョン・クーパーの理想を体現したモデルに乗るのは、今がラストチャンスなのだ。JCWにはクラシックMiniから続くプリミティブな運転の喜びが詰まっている。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
MINIジョンクーパーワークス
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3880×1725×1430mm
ホイールベース:2495mm
車重:1290kg
駆動方式:FF
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:231PS(170kW)/5200rpm
最大トルク:320N・m(32.6kgf・m)/1450-4800rpm
タイヤ:(前)205/40R18 86W/(後)205/40R18 86W(ピレリPゼロ)
燃費:14.5km/リッター(WLTCモード)
価格:482万円/テスト車=542万8000円
オプション装備:ボディーカラー<レベルグリーンソリッド>(0円)/カーボンブラックダイナミカレザーコンビネーション<JCWスポーツシート>(0円)/デジタルパッケージプラス(4万9000円)/ジョンクーパーワークストリム(38万円)/ジョンクーパーワークスボンネットストライプ(2万1000円)/アラームシステム(4万8000円)/harman/kardon製HiFiラウドスピーカーシステム(11万円)/コンフォートパッケージ(0円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:3017km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:261.2km
使用燃料:22.1リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:11.8km/リッター(満タン法)/12.5km/リッター(車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。