フィアット500ツインエア ラウンジ(FF/5AT)【試乗記】
ここに未来がある 2011.03.24 試乗記 フィアット500ツインエア ラウンジ(FF/5AT)……250万円
新開発の2気筒ターボエンジン「ツインエア」を初搭載した「500」が日本に上陸。さっそくその走りを試した。
最先端技術で先祖返り
過去と未来が交錯し、融合している。1台のクルマの中に、相反する二つの印象が共存しているのだ。2007年に販売が開始された「フィアット500」は、そのちょうど50年前にデビューした2代目「チンクエチェント」を引用しつつデザインされた。その意味ではレトロな意匠をまとっていることは間違いない。そこに2代目と同じ気筒数のエンジンを搭載したモデルが、この「ツインエア」なのだ。外観だけでなく、中身まで先祖返りしたというわけである。
同時に、世界最先端のテクノロジーが注ぎこまれたモデルでもある。「アルファ・ロメオ ミト」で採用された「マルチエア」テクノロジーを使い、新開発された2気筒エンジンを搭載している。カムシャフトを1本に減らして吸気バルブは油圧駆動し、可変タイミング&リフトの自由度を向上させている。BMWの「バルブトロニック」に始まる機構の最新型なのだ。
そして、小排気量+ターボチャージャーで低燃費と高出力の両立を狙うというのは、フォルクスワーゲンが進めてきた戦略と共通している。気筒数減もトレンドで、「日産マーチ」は4気筒から3気筒に換えたし、ダイハツは2気筒エンジンを開発中だ。さまざまな形のダウンサイジングで高効率化を図ることが、エネルギーや環境の問題に適応していくための喫緊の課題なのだ。今や、最先端の技術によって先祖返りすることが求められている。
レトロ感が消えない
最初の印象は、レトロ側だった。試乗車が用意されたスペースに近づいていくと、パタパタと懐かしい感じの音が響いてくる。これはたしかに2気筒だと納得させられる音色は、昨今聞かなくなった種類のものだ。発進させても、レトロ感は消えない。アクセルを踏み込んでも加速は至極おっとりしていて、ノッキング気味にシフトアップしていく。
受け取ったままの状態で、何も操作せずに走りだしてしまったのがいけなかった。スイッチで切り替えるモードが「ECO」になっていたのだ。しかも「デュアロジック」トランスミッションがオートになっていたから、燃費最優先の設定である。活発な走りを期待すべくもない。「ECO」モードでは通常14.8kgmのトルクが10.2kgmに抑えられ、エンジン特性と自動制御のプログラムが変えられている。
燃費低減のための仕掛けとして、アイドリングストップ機構も装備されている。クルマが止まると同時にストンとエンジンが停止し、ドキッとする。旧車に乗っていた経験のある人はわかると思うが、このままエンジンが再始動しないのではないかという恐怖にかられるのだ。レトロな雰囲気を漂わせているからそんな連想を持ってしまったが、もちろんそんなことはなく、ブレーキペダルを離せば無遠慮な振動とともにエンジンがかかる。
野太いサウンドが響く
燃費には多少目をつぶり、ノーマルモードを選んで手動でシフトしながら走るほうがやはり楽しい。1.4リッターエンジンとほぼ同等の動力性能という触れ込みは、それほど大げさではないだろう。ただし、発進で少しでもアクセルを深く踏み込むと、「急発進です。安全運転を心がけてください!」と声がしてクルマに叱られるから要注意だ。
街中での試乗なので、たいして元気に走らせる状況にはなかった。それでも、シフトダウンすると意外にも野太いサウンドが響くものだから、無用なやる気がふつふつと湧いてくる。古典的なエグゾーストノートなのだ。エンジンのサイズは小さくなっているのに、逆に存在感が増しているのが面白い。
気筒数削減のメリットは軽量化と低燃費だと言われていて、この875ccエンジンは従来の1.4リッター4気筒エンジンに比べて約58パーセント燃費を向上させているということだ。デメリットは出力の低下だが、ターボチャージャーでそれを補う。エンジン単体でのディスプレーを見ると、ターボはとても小さい。レスポンスに悪影響を及ぼしそうには思えず、実際運転していてもターボの存在感は小さかった。
優先すべきは省エネルギー
正直なところ、気筒数減のデメリットが完全に解消されているとは言いがたい。外側で聞こえた音も、運転席に座って感じた振動も、やはり4気筒とは違う。それが悪いかというと、ただちにそうは言えないようにも思う。ダウンサイジングを進めることは、乗る側の意識の変革も伴うはずだ。どの価値を優先するかが、今までどおりである必要はない。
ガソリンに限らず、エネルギー消費量節減の意味は、ポスト311の現在、重要度を増している。スムーズさとか快適性とのバランスのあり方が、かつてとは変わってきているし、変わらなくてはならない。技術を洗練させていく努力を否定するつもりは毛頭ないが、エネルギー消費を抑える方法の追求に多くのリソースが割かれるべきだろう。ツインエアが新たな道を模索していることは、途上とはいえ、称賛されるべきだと思う。
ツインエアには、さらに次の段階が待ち構えている。気筒数を半減させたことによって、当然エンジン自体のサイズも縮小している。全長は4気筒に比べて23%短くなっているのだという。ということは、トランスミッションとのあいだに電動モーターを組み込むスペースが十分に空いているわけだ。ハイブリッドモデルの計画はすでに始動しているらしい。それが実現すれば、省エネルギー、快適性の両面で進歩が期待できるだろう。とても楽しみだ。
(文=鈴木真人/写真=菊池貴之)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。