BMW iX xDrive50(4WD)
パイオニアの底力 2022.01.22 試乗記 欧州の自動車メーカーとしては、早い時期からBEV(電気自動車)を世に問うていたBMW。そんな“ドイツのパイオニア”の、最新モデルが「iX」だ。全長5mに迫る大柄な電動クロスオーバーは、走りからも装備の先進性からも、先駆者の地力を感じさせるクルマに仕上がっていた。実は意外とお買い得
BMWの新たな電動フラッグシップを標榜するiXは、現代のBEVではひとつのボリュームゾーンにあてて企画開発されたクルマといっていい。そのボリュームゾーンというのは、ご想像のとおりテスラが開拓した市場だ。
テスラ躍進の土台となったセダンの「モデルS」とSUVの「モデルX」は、ともに5m前後の全長をもち、前後2基のモーターと容量100kWhをうかがうバッテリーを搭載するモデルが、1000万円台前半という価格設定となっている。
ジャーマンスリーのBEVが照準を定めるボリュームゾーンも、まさにここだ。先日日本で発売された「アウディe-tron GT」も、車体サイズやクーペ風4ドアというスタイルでは、モデルSとガチンコである。同車は93.4kWhのバッテリーを積んで約1400万円の正札をつける。2021年にBEVを大量発表したメルセデス・ベンツでこのゾーンを担当するのは「EQE」だろう。その標準電池容量は90kWh。日本上陸時には本体価格1000~1500万円で売り出される可能性が高い。
クロスオーバースタイルを選んだiXの仮想敵は、モデルXだ。今回の試乗車は2種類あるグレードのうち、より高性能な「xDrive50」である。303Ah(112kWh)の電池容量で本体価格は1116万円。e-tron GTと比較すると、スペック的にはiXの割安感が光る。
あの「i3」や「i8」で得られたカーボン車体の知見はiXにも生かされているが、iXの車体構造はアルミスペースフレームを核に、上屋構造にはカーボンやスチールを、そしてドアやゲートなどのフタものにはアルミを使っている。同社の後輪駆動系プラットフォーム「CLAR」と共通部分をもつモジュール構造なのも特徴で、iXは独ディンゴルフィング工場において「5シリーズ」などと同じラインで生産される。このあたりも割安価格のキモのひとつだろう。
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車内空間に感じるBEVの恩恵
フロントの巨大化したグリル風の“キドニーパネル”は、ご承知の向きも多いように、ついに通気機能がまったく備わらない加飾パネルとなってしまった。硬派なエンスージアストの間では格好のツッコミどころにもなっているが、iXのキドニーはなるほど意匠的はただの飾りでも、その背後には先進運転支援システム(ADAS)用のレーダー類が内蔵されており、まったく無意味でもない。今後のADASのさらなる高度化・多機能化を考えると、この部分に大きくツルンとしたパネルを自然に配せるデザインは、けっこう重宝するのではないかとも推察できる。
インテリアは浮いたように見える大型のカーブドLEDパネルと、ダッシュボードまで丹念に張りめぐらされたレザーが印象的だ。「牛の飼育は多くのCO2を排出する」という理由や、一部でいわれる動物福祉への対応にも考慮して、ボルボやアウディなど、BEVの内装については“レザーフリー”を標榜する自動車ブランドも出はじめている。iXのインテリアはそれとは対照的にレザーを多用するものの、天然オリーブの葉から抽出したなめし剤を使ったものだそうだ。こうやってつくったレザーは、ゴミになっても100%生物分解が可能なのが売りだという。
エンジンのような機械のかたまりをもたないクロスオーバーBEVということもあって、室内は素直に広い。後席も身長178cmの筆者がゆったりアシを組めるほどである。こうした背高スタイルは、底部に電池を抱えるがゆえの床の高さも相殺するので、BEV時代になっても……というかBEV時代にはなおさら、この種のクロスオーバーが好まれそうだ。トランクも十二分に広い。シートバックは荷室内、もしくは座面わきに備わる電磁スイッチで可倒するが、倒れきる直前にスピードダウンしてジワッと着地させる所作にはありがたみがある。さすがはBMWで、こういう演出はそこかしこに仕込まれている。
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乗り心地とコーナリングにみる先駆者の知見
iXは走りだすと、乗り心地のよさと静粛性の高さがなにより記憶に残る。ビクともしないフロアの剛性感も印象的なほど高い。最近のBEVは平均して以前より静かになっているが、iXではそれに輪をかけてロードノイズの小ささに驚く。
おなじみの走行モード切り替え機能も備わっており、「スポーツ」モードにすると車高がダウンして連続可変のアダプティブダンパーも引き締まるが、それでも驚くほどに、アシは柔らかいままだ。BEVならではの低重心ゆえに可能な設定なのだろうが、実際の動きはごく小さいのに、ステアリングやシートには明確に荷重移動が伝わるフワピタ感は見事というほかない。
駆動方式は前後にモーターを1基ずつ備える4WDだが、積極的にムチを入れていくと、明確に後輪駆動的な味わいが前面に出てくるのがBMWらしい。とはいえ、4WDならではの安定感も損なわれていない。4WDの絶大な安心感はそのままに、背後から強く蹴られる後輪駆動的なコーナリング味がうまいこと抽出されている。
低重心な身のこなしと、加速も減速も間髪入れずにレスポンスする電動パワートレインで一瞬忘れてしまいそうになるが、あえてオーバースピード気味にターンインすると、2.5t超という絶対的な重さとマスの大きさをあらためて痛感させられる。S字に切り返すような場面では小気味いいとはいえないし、下り勾配でのブレーキングには注意が必要だ。
それでも、この快適至極の乗り心地、感心するほどの静粛性、操っている実感と安定性の高度な融合、大柄な車体をほとんどの場面で軽快に動かす操縦性……と、クルマそのものの調律はさすがというほかない。デザインは好き嫌いが分かれるだろうが、この走りに文句をつけるエンスージアストは少ないだろう。いち早く量産BEVに打って出たi3で蓄積したノウハウはダテではないということか。
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指先ひとつで“ワンペダルドライブ”に
指先でティップするだけの、クリスタルのドライブセレクターを「B」レンジに入れると、どの走行モードが選ばれているかを問わず“ワンペダルドライブ”が可能となる。うまく操ればブレーキペダルを使うことなく完全停止させることも可能で、このあたりは完全ワンペダルドライブから手を引きつつある日産とは対照的な態度である。
そのBレンジにスポーツモードを組み合わせると、さらに食いつくようにレスポンシブになり、まさに右足と一体となった加減速をみせる。またタッチパネルではブレーキエネルギー回生の強さも選択可能である。
昨今のBEVでは、室内に響かせる走行音もブランドならではの個性や味わいを主張するウデの見せどころとなりつつある。「アイコニックサウンド」と称するiXのそれは、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』などの音楽を担当したドイツ出身の作曲家ハンス・ジマーが手がけたのだそうだ。
BEVの走行効果音としては、疑似エンジン音か、ファンのようなブロアー音的なものが多いのだが、iXのそれはなんとも独特だ。文字では非常に説明しづらいのだが、あえていえば、変電所などから聞こえてくる“ウーン”とも“ブーン”ともつかない変圧器のうなり音のようなあれだ。
いずれにしても、これまで聞いたことのある音ではないのに、電気感やエネルギー感がきちんと伝わってくるのは確かだ。これが“いい音”かどうかは分からないが、やけにヒザを打ちたくなる納得感があったのはウソではない。
首都高速で感じたADASの完成度
ADASについては、もちろんBMWの最新システムが搭載されているが、新世代の電動フラッグシップだからといって特別な新機軸があるわけではない。ただ、首都高速の山手トンネルをすべての機能をフル稼働させて走ると、ちょっと感動した。あの暗くうねったコースを、クルマみずからがグイグイと積極的にステアリングを操作しながら、まるで生きているかのように駆け抜けていくのだ。
緻密な制御にリニアに応えるBEVだからということもあろうが、ADASによる半自動運転はこれまでのどのBMWよりもうまいと思った。もし、この見事なADAS制御を実現した理由のいくばくかが、あの巨大なグリル風キドニーパネルのおかげであったなら(たぶん、そうではないだろうけど)、あのイカついフェイスも少しはかわいく見えてくるかもしれない。……と思ったら、試乗2日目にして、iXのデザインにすっかり違和感を抱かなくなった自分がいた。もちろん個人の感想です。
今回、満充電状態で手わたされた時点で、iXのメーターに表示された航続距離は540kmだった。そこから、エアコンをオフにすると570kmに延びた。このクラスの最新BEVとしてはまずまずである。とはいえ、今のところはやはりインフラとの追いかけっこ状態なのはいうまでもない。
ちなみに、iXは最大150kWの急速充電と最大11kWの普通充電に対応している。仮に150kWの急速充電がフル稼働すれば、40分以内で約80%までの充電が可能で、10分の充電でもうまくすれば航続距離を約100km延ばすことができるそうである。普通充電で0から満充電にするための時間は11時間以下だという。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
BMW iX xDrive50
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4955×1965×1695mm
ホイールベース:3000mm
車重:2560kg
駆動方式:4WD
フロントモーター:交流同期電動機
リアモーター:交流同期電動機
フロントモーター最高出力:258PS(190kW)/8000rpm
フロントモーター最大トルク:365N・m(37.2kgf・m)/0-5000rpm
リアモーター最高出力:313PS(230kW)/8000rpm
リアモーター最大トルク:400N・m(40.8kgf・m)/0-5000rpm
システム最高出力:523PS(385kW)
システム最大トルク:765N・m(78.0kgf・m)
タイヤ:(前)275/40R22 107Y/(後)275/40R22 107Y(ブリヂストン・アレンザ001)
交流電力量消費率:190Wh/km(約5.3km/kWh、WLTCモード)
一充電走行距離:650km(WLTCモード)
価格:1116万円/テスト車=1389万8000円
オプション装備:メタリックペイント<アヴェンチュリンレッド>(31万5000円)/ナチュラルレザーカスタネア<ブラック/カスタネア>(0円)/ファーストクラスパッケージ(63万5000円)/ラウンジパッケージ(65万2000円)/テクノロジーパッケージ(75万8000円)/エアロダイナミックホイール1020(15万8000円)/スポーツパッケージ(22万円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:1236km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(6)/高速道路(2)/山岳路(2)
テスト距離:299.0km
消費電力量:67.9kWh
参考電力消費率:4.4km/kWh

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。