フォルクスワーゲン・ゴルフGTI(FF/7AT)
無慈悲に速い 2022.02.12 試乗記 8代目「フォルクスワーゲン・ゴルフ」に、早くも伝統のスポーツモデル「GTI」が追加設定された。新型をひとことで説明するならば「とにかく速い」。そこにはフォルクスワーゲンならではの真面目さがいろいろな意味で感じられた。先代からの集大成
新型ゴルフGTIは、どこからどう見ても、ゴルフGTI以外のなにものでもない。さすがは35年以上、今回で8世代目という長い歴史を誇る“元祖ホットハッチ”である。もともとゴルフ8そのものからして、見事なまでにゴルフにしか見えないデザインだが、そこにあしらわれるハニカムメッシュグリルやセンターグリルの赤いアクセントライン、タータンチェック柄シートなどはすべて、初代GTI以来のお約束となっているディテールだ。
バンパーグリルがこれまでにないほど大型化していることもあって、特徴的なハニカムモチーフはこれまで以上に目をひく。メーターパネルはゴルフ8から全面カラー液晶が全モデル標準(先代はオプション)となったため、今回はGTI専用画面も用意されるが、その背景もハニカム柄である。ほかにもバンパーグリルと融合するように配されたLEDフォグランプやダッシュボード加飾パネルまで、しつこいくらいにハニカムがあふれる。
「MQB」と呼ばれる骨格モジュールに2リッター4気筒直噴ターボの「EA888」型エンジンなど、新型GTIの基本ハードウエアの多くは従来改良型である。湿式クラッチの7段DCTは新しいといえば新しい(先代は6段が標準)が、これも先代後期に登場した特別仕様車「GTIパフォーマンス」で先行搭載されたものだ。
さらに新しいGTI最大の新機軸といえるのが、油圧多板クラッチを使った電子制御LSDである。ちなみに、既存のブレーキLSD機能「XDS」もそのまま残される。ただ、この電子制御LSDにしても、先代の「クラブスポーツ」などの限定車で効果を立証済みのデバイスである。……といったことを考えると、新型GTIは先代で培われたノウハウの集大成的なクルマということもできそうだ。
意図的な“寸止め”
心臓部となるEA888型は基本設計こそ従来型を踏襲しつつ、最新アップデート版の「evo4」となる。具体的な改良内容は、間接噴射も併用していた燃料供給が直噴オンリーとなり、その噴射圧も高圧化(最大200bar→350bar)されたほか、エンジンオイルの低粘度化、ガソリンパティキュレートフィルターの追加、冷却ファンの騒音対策などである。
最高出力245PS/最大トルク370N・mというピーク性能値は先代標準モデル比で15PS/20N・m引き上げられている。ただ、これもまた前記したGTIパフォーマンスと同等だ。しかも、さらに末期の限定車「TCR」は290PS/380N・mをうたっていたし、「ルノー・メガーヌR.S.」や「ホンダ・シビック タイプR」では300PS/400N・mの大台以上が常識ゆえ、正直インパクトは薄い。ゴルフにはメガーヌやシビックとちがって「ゴルフR」もあり、GTIの性能が意図的に“寸止め”されているのは容易に想像がつく。
日本仕様の諸元だと、普通のゴルフより全高が10mm低いことになっているGTIだが、実際の設計値では15mmローダウンされているという。さらに専用スポーツシートのヒップポイントも標準より下げられているそうで、着座姿勢は体感的にも明らかに低い。しかし、そのぶん座面高の調整幅も拡大しているのは嬉しい。筆者も視界を意識してドラポジを合わせたら、かなり座面を上げた設定となった。
今回はオプションの「DCCパッケージ」装着車だったこともあってか、走行モードを標準にあたる「コンフォート」にセットした新型GTIは、とにかく穏やかで快適だ。同パッケージではホイールも自動的に19インチ(標準は18インチ)となるが、市街地での乗り心地も、なめるように柔らかく快適である。路面によってはフワフワとした上下動が多い気もするが、走行軌跡がピタリと乱れず、車体が特別に強化されていないのに剛性感に不足はまったくない。クルマそのものの基本フィジカル能力が明らかに高まっている。
万能なスポーツモード
コンフォートモードのままで山坂道に分け入ると、さすがにダンピングが追いつかないケースが出はじめる。パワーステアリングが軽すぎる感もあり、このあたりは市街地では便利でも、山坂道では少し頼りない。
ただ、こういった不満は「スポーツ」モードにすれば、ほぼ解消される。DCC(アダプティブシャシーコントロール=電子制御連続可変ダンパー)の減衰が引き締まるスポーツモードでは、路面を問わずに上下動がピタリと抑制されるが、路面からのアタリも一般的なレベルでは十二分に快適である。よって、スポーツモードのほうが総合的にフラットで、市街地から山坂道まで守備範囲が広い。先代GTIも基本的に同様のキャラクターが売りだったが、全身アップデートされた新型GTIはさらに輪をかけたオールラウンダーとなっている。
さらに、新型GTIも最近のDCC付きフォルクスワーゲンの例にもれず、走行モードを「カスタム」にすると、DCCの減衰を15段階という細かいセッティングから選ぶことができる。ちなみに、通常のコンフォートモードのDCCは柔らかいほうから4番目、スポーツのそれは硬いほうから4番目である。
メーカー指定のコンフォートやスポーツはさすがバランス良好なモードだが、いろいろイジッてみると、自分なりの好みも分かってくる。筆者の場合は、日常ではコンフォートとスポーツの中間あたりが、突き上げとフラット感の兼ね合いがちょうどよく感じられた。また、山坂道ではスポーツよりさらに3段階上げたもっとも減衰の高い設定が肌にあっていた。
少しだけ物足りないのは、個人的な好みのセッティングパターンを1種類しか記憶できないことだ。可能であれば“俺のコンフォート”と“俺のスポーツ”の2つを記憶して、状況に応じて即座に呼び出したい(そのような機能は最近のMやAMG、RSにはある)。
速さこそ快感
ルノー スポールやタイプRを引き合いに出すまでもなく、新型GTIはクルマそのものの器量と度量が明らかに引き上げられたこともあって、例のエンジン性能がいよいよ物足りなくなってきているのも事実だ。シャシー性能との対比でそう感じるだけでなく、エンジン単体のフィーリングにおいても、良くも悪くも寸止め感は明らかである。
EA888型エンジンはとにかく柔軟性に富む。基本的には全域フラットで、どこから踏んでもパンチがある。とにかく扱いやすく、今回のように公道のみで走るかぎりは十二分に速いエンジンだ。下から観察していくと3000rpm付近でわずかに勢いが増す印象はあるものの、基本的にどこかで明確に炸裂するようなタイプではなく、とにかくフラットにスムーズに回り切る。6600rpmまで回るが、6000rpm強でアタマ打ちになるのも、寸止め感をいだかせる理由のひとつである。
変速機をマニュアルモードにすると、一瞬リミッターに当ててから自動アップするエンスーな制御となる。ただ、そうやってエンジンの回転リミットをうかがっても、さほどの快感はない。5000rpm台あたりで早め早めにシフトアップしていったほうが、リズミカルで結果的に速い。また、キャビンに響く排気音は演出感が明確で、コンフォートモードだと静かな設定のはずだが、それでもそれなりに騒々しい。ここはもう少し静かに仕立てて、スポーツモードにメリハリを……とは思う。
悪くいえば事務的、良くいえば真面目で律儀。表面的にくすぐられるのではなく、率直に高い能力に感心して、そこから結果的に快感が生まれるのがフォルクスワーゲンのスポーツモデルの伝統とすれば、新型GTIはその典型といっていい。ただ、普段古い「ルーテシアR.S.」を愛でている筆者からすると、もう少しだけ愛嬌がほしい気がするのも事実だ。
効果絶大の電子制御LSD
前記のようにカスタムモードでDCCを締め上げても、コツコツは少し増えるが、跳ねるわけでもワンダリングがひどくなるわけでもない。それで荒れたタイトな山坂道を走っても、能力の高さは明らかだ。前後グリップバランスはけっして尻軽ではないのに、きっちり素直にヨーが出る。ただ、ここでもクルマがみずから嬉々として曲がるというより、ひとつひとつのコーナーを沈着冷静にクリアしていく。ブレーキの剛性感や制動姿勢のよさも印象的なほどよい。それが普通のスライディングキャリパー式であるところに、ブレーキ性能の本質はディスク径だとあらためて実感する。
明らかなシャシーファスターの“高能力移動体”ともいうべき新型GTIの走りには、今回最大の新機軸である電子制御LSDもかなり寄与していると思われる。エンジン性能が物足りないとはいったが、それを受け止めるゴルフGTIのフロントサスペンションは、ルノーやホンダが得意とする独立キングピン式ストラットのような凝ったものではない。なんのかんのいっても370N・mという大トルクを、一般的なストラットの前輪のみでシレッと支配下に置くのは大したものというほかない。
クルマが曲がり切るまでパワーオンを控える……といった高出力FFの古典的なドライビングスタイルを、新型GTIは基本的に必要としない。少なくともドライの舗装路なら、無遠慮にアクセルを踏みつけても、ステアリングを切った方向に強力にグイグイと引き込みながらクルマが前に進んでいく。しかも、ステアリングを大きく切ったときのクセめいた反力が皆無といっていいところが、トルセンLSDなどの機械的なデバイスとの決定的なちがいである。
この圧倒的なトラクション性能が発揮される場面だけは、新型GTIは文句なしに気持ちいい。それは能力の高さがそのまま快感につながるフォルクスワーゲンGTIらしい瞬間だ。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
フォルクスワーゲン・ゴルフGTI
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4295×1790×1465mm
ホイールベース:2620mm
車重:1430kg
駆動方式:FF
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:245PS(180kW)/5000-6500rpm
最大トルク:370N・m(37.7kgf・m)/1600-4300rpm
タイヤ:(前)235/35R19 91Y XL/(後)235/35R19 91Y XL(ブリヂストン・ポテンザS005)
燃費:12.8km/リッター(WLTCモード)
価格:466万円/テスト車=533万6500円
オプション装備:ボディーカラー<キングズレッドメタリック>(3万3000円)/ディスカバープロパッケージ(19万8000円)/テクノロジーパッケージ(17万6000円)/DCCパッケージ(22万円) ※以下、販売店オプション フロアマット<GTI>(4万9500円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:3986km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:449.0km
使用燃料:38.2リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:11.8km/リッター(満タン法)/11.4km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。