第226回:人類最後の勝利者
2022.02.21 カーマニア人間国宝への道フェラーリ大衆化の幕開け
思い起こせば28年前。私は32歳のサラリーマンにして、1163万2800円で1990年式「フェラーリ348tb」を購入し、「フェラーリであればすべて善し」「フェラーリを買えばシアワセになれる」を教義とする、大乗フェラーリ教を開闢(かいびゃく)。2年後には、『そのフェラーリください!』(講談社)なる、お笑いフェラーリ文学書を出版した。
それで何かが起きるとはカケラも思っていなかったが、街を歩いていると、「清水さんですね!? 僕も清水さんの本を読んでフェラーリを買いました!」と声をかけられるという、信じられない出来事が起きるようになった。本邦における、「フェラーリの大衆化」の始まりである。
私をフェラーリオーナーにしてくれたエノテン(中古フェラーリ専門店コーナーストーンズ代表・榎本 修氏)のもとには、フェラーリを求める大衆が殺到し(若干誇張アリ)、フルローンで中古フェラーリをゲットしてシアワセになる者が続出。21世紀初頭は、フェラーリ大衆化時代の全盛期となった。
フェラーリを購入する者の年収限界は、どんどん下がっていった。500万円、400万円、元祖年収300万円台オーナー「肉まん君」が登場し、そして「祐太郎」はついに年収200万円台でフェラーリをゲット。人類史にその名を刻んだ。
思えば、シアワセな時代だった。日本人の平均年収は横ばいだったが、バブル崩壊以来、フェラーリの中古価格は穏やかに下落を続けたし、ローン金利も史上最低レベルに張り付いたままだったからである。
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ウーバーと出前館の掛け持ちでフェラーリを
が、どんなものにも、はじまりがあれば終わりがある。
リーマンショック後の全世界的な金融緩和(アベノミクス含む)によって、中古フェラーリ相場は上昇に転じた。「F355」(6段MT)の合格点のタマだと、2010年前後の800万円くらいが底。現在は2000万円に達している。歳月の流れとともに、スーパーカー世代も高齢化し、フェラーリをあきらめて老後の準備に入った(推測)。
気がついた時には、フェラーリの大衆化は終わっていた。エノテンの店は、かつては貧乏人の駆け込み寺だったが、ここ数年は、「もう富裕層しか来てくれなくなりました。さみしいですウフフ~」(エノテン)という状況になったのである!
自分の使命は終わった。そう思ったとき、「まだだ! まだ終わらんよ!」と、熱いメッセージをくれる者が現れた。千葉の直人さんである。
「先日、コナストで『360モデナ』契約しました。夢のようであります。年収は低いですが頑張って維持します!」(直人)
思わず「低いとはいかほど?」と尋ねると、「400万円くらいです。最近副業でウーバーと出前館始めました」とおっしゃるではないか!
年収400万円は新記録ではないが、ウーバーと出前館の配達を掛け持ちするフェラーリオーナーはおそらく世界初! すげえっ! ちなみに配達には原チャリを使っているそうです。
1月30日。コーナーストーンズにて、直人さんの360モデナ(6段MT)の納車が行われると聞き、私も駆けつけた。
直人さんは50歳。「幼稚園のころ、スーパーカーショーに行ってました!」とおっしゃるので、最も若いスーパーカー世代だ。それが50歳というのが泣ける。
最後の大衆フェラーリオーナー
直人さんが買ったのは、まるで新車のような360モデナだった。いや、「まるで新車」というより「ズバリ新車」である。大切にされているフェラーリは不老不死なのだ。私のスッポン丸こと「328GTS」も不老不死ですから!
価格は総額1380万円。年収400万円+副業でウーバー&出前館の直人さんは、いったいどうやってモデナをゲットしたのか!?
直人:23年間「NSX」に乗ってましたが、「S2000」とともに手放して頭金を作って、足りない分はローンです。
オレ:23年間もNSXに!
直人:NSXは、もはや相棒とも呼べる存在でしたので、お別れはつらかったです。けど、大事に長く乗っていると、いいことありますね!
オレ:つまり、高く売れたんですね。
直人:買った時は7年落ちの400万円でしたけど、それが890万円で売れました。
オレ:げえっ! さすがNSX!
直人:S2000も、200万円が300万円になりました。
そうだったのか……。
確かに直人さんは、フェラーリを買ったのは初めてだが、23年前にNSXを買った時点で、今日の勝利が約束されていたのである。50歳で年収400万円、現在の愛車は「ノア」という人は、ウーバーや出前館を掛け持ちしても、1380万円のフェラーリは厳しかろう。
やはり、フェラーリの大衆化は終わった。直人さんは、人類最後の新規参入大衆フェラーリオーナーなのだ。最後のひとりを見届けることができて、大乗フェラーリ教開祖として感無量。涙が出た。
(文と写真=清水草一/編集=櫻井健一)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。