フィアット500eオープン(FWD)
理詰めの世界に疲れたら 2022.06.20 試乗記 2020年のデビュー以来、欧州ではすでに6万台以上が販売されたという「フィアット500e」。スペックが飛び抜けて優れているわけではないが、それでもこのクルマがよく売れるのは必然であり、それは眺めてみればすぐに理解できる。オープントップモデルの仕上がりをリポート。もはや無双のエクステリアデザイン
フィアットのオリヴィエ・フランソワCEOは「われわれは義務感からクルマを買うわけではない。欲しいから買うのだ」と話し、電気自動車(EV)であろうとなかろうと、成功させるにはまずそのクルマが魅力的でなければならないという。それな!
われわれは過去にEVとして優れた性能をもちつつ、売れない車種をちらほら見かけてきた。そしてその度に欲しくなるクルマじゃないと売れないという大原則をかみしめてきた。特にEVは現時点ではユーザーにこれまでのICEとは異なる使い方を強いる。そのぶん、EVという項目以外の部分で、その面倒くささや不安を凌駕(りょうが)する魅力が求められるのだ。もちろん給油生活より充電生活のほうが便利でハッピーだという人はEVへまっしぐらでよいと思う。
例えば今回のフィアット500eのように、問答無用でスタイリングが魅力的であるとか。もうとっくに見飽きてもいいころのファニースタイリングは、あまりにグッドデザインすぎるため、見飽きるとかそういった次元を超え、完全に定番化している。定番化とは、一定数が見飽きたとしても、他の一定数がまだ見飽きていなかったり、いったん見飽きたけど一周してまた魅力的に見えている一定数がいたりして、常に一定数の誰かを魅了する無双状態のことだ。
リーフではなくZだったら……
この域に達すると、購入者は500eを求めているので、それがガソリンで動こうと軽油で動こうと電気で動こうと、あまり関係ない。パワートレインが強いる我慢はこの魅力的なデザインのクルマを享受するコストとして受け入れてくれる。「ユーノス・ロードスター」が当初MTのみの設定で発売された際、MT免許を取りにいった女性が増えたという伝説を思い出す。実際、500eは欧州のベストセラーEVとして2020年の発売以来、もう6万台超が街なかを走っているというではないか。
500は、誤解を恐れずに言えばこのクルマがないと生活が立ち行かないといった深刻な理由で選ばれるケースが少ない車種だ。100%道具ではなく、楽しく豊かな気持ちになる効果を期待して求めるクルマなら、EVが強いるかもしれない多少の我慢や不安を飲み込んでもらえる可能性が高い。例えば日産が「リーフ」ではなく“フェアレディZe”あたりからEVプロジェクトを始め、その後に車種拡充を図っていたらどうなっていただろうかと考える。
いい加減、乗った印象をお伝えすることにしよう。500eは500のパワートレインをBEV化したのではなく全面的に刷新したモデルだ。全長3630mm、全幅1685mm、全高1530mm、ホイールベース2320mmと、従来の500に比べ、長さ、幅ともに数cm大きい。とはいえ依然として絶対的にコンパクトで誰でも運転しやすいはずだ。
自己責任のワンペダル
いかにも、ああEVだなぁという加減速の特性をもつ。静かで、変速ショックがなく(変速がないから)、車体は振動せず(エンジンがないから)、十分な加速力をもち、モードによってはアクセルペダルを戻せば十分な減速力を得られる。最高出力118PS(87kW)、最大トルク220N・mで前輪を駆動する。他のEVに比べるとパワースペックは控えめだが、車両重量が1320~1360kgとEVにしては軽いため、街なかから高速道路まで、力不足を感じることはない。スイスイと進んでいく。
ドライブモードを選択でき、「ノーマル」モードはペダル応答性が高まるほか、アクセルオフ時の回生ブレーキが弱め。反対に「レンジ」モードはアクセルオフ時の回生ブレーキが強め。レンジモードではアクセルオフで減速後に完全停止する。近ごろのEVは最後はクリープモードに切り替わるようになっていてつまらないし不便だが、フィアットは他のメーカーよりもドライバーをおとな扱いしてくれる。「アクセルペダルを戻すだけでも完全に停止するけれど、もしも何らかの不測の事態が起きたらきちんとブレーキを踏んで停止しなさいよ」という自己責任タイプだ。
もうひとつ「シェルパ」モードというのがあって、選ぶとペダル応答性がマイルドになり、真冬でも容赦なくシートヒーターがオフになる。80km/h未満で走行中にこのモードを選ぶと、80km/hで速度リミッターが作動する。感覚的にはこれをレンジモードと呼びたい。
2022年の割り当ては500台のみ
容量42kWhの駆動用バッテリーを搭載する。一充電走行距離は335km(WLTCモード)。200Vの普通充電と急速充電に対応。車両の充電口はいわゆるコンボ方式の形状のままになっていて、日本では標準装備されるCHAdeMO用アダプターを介して充電することになる。面倒だが、こういう割り切りが魅力的なスタイルとサイズを可能にしているのだと受け入れよう。
当然トップを降ろせば開放感を得られる。ICEの「500C」同様、リアウィンドウが残るキャンバストップオープン状態と、フルオープン状態の2段階の開き方をする。フルオープンのほうが開放感は増すが、後方視界が悪化するのでルームミラーを調整し直すなどして慣れるしかない。
インパネ中央に10.25インチのディスプレイが配置され、ほとんどの機能をここで操作できる。「Apple CarPlay」と「Android Auto」に対応し、CarPlayは無線接続にも対応する。装備を簡略化した「ポップ」の450万円(受注生産)に対し、今回乗った「オープン」は495万円。全車速対応ACCをはじめ装備が充実した「アイコン」に準じる装備内容となる。CEV補助金は65万円。サブスクリプションとリースのみの購入方式を採用した。今年の日本割り当て台数はわずか500台。確実に欲しいなら発売日を待たず、すぐ問い合わせたほうがいい。「ヒョンデ・アイオニック5」と並び、個人的なEVオブ・ザ・イヤーの最右翼だ。
(文=塩見 智/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
フィアット500eオープン
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3630×1685×1530mm
ホイールベース:2320mm
車重:1360kg
駆動方式:FWD
モーター:交流同期電動機
最高出力:118PS(87kW)/4000rpm
最大トルク:220N・m(22.4kgf・m)/2000rpm
タイヤ:(前)205/45R17 88V/(後)205/45R17 88V(グッドイヤー・エフィシェントグリップ パフォーマンス)
一充電走行距離:335km(WLTCモード)
交流電力量消費率:128Wh/km(約7.8kWh/km、WLTCモード)
価格:495万円/テスト車=495万円
オプション装備:--
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:1406km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(6)/高速道路(4)/山岳路(0)
テスト距離:94.2km
消費電力量:--kWh
参考電力消費率:8.6km/kWh(車載電費計計測値)
