第239回:永福町のトム・クルーズ
2022.08.22 カーマニア人間国宝への道集積回路スイッチON!
カーマニアの脳には、特殊な集積回路が埋め込まれていて、スイッチが入ると自動的に演算が始まり、紆余(うよ)曲折の末に答えが出る。今回もそうだった。
スイッチを入れたのは、エリート特急こと先代「BMW 320d」の故障である。3年前、警告灯5連発をお見舞いしてくれた、スピードセンサーご臨終の再発だった。
その時はわずか3万円弱で修理できたから、今回も同じようなものだろう。でも、またあの混雑しまくりのBMWディーラーに修理に入れるの、かったるいなぁ……(←スイッチON)。
エリート特急は走行距離7.5万km。もちろんまだまだ走れるが、ダンパーの賞味期限はとっくに過ぎている。終わったダンパーを交換してもいいのだが、ダンパーを交換するより、新しいクルマを買ったほうが楽しいだろう。それは300%間違いない。
いや、エリート特急には愛着がある。5年・5万kmも使った愛車はかなりレアだ。まだまだ走れるのにもったいない気もする。
しかし、このままオドメーターが10万kmを超えれば、下取りは限りなくゼロに近づいていく。その一方で、中古車相場は上がり続けている。つまり、時間がたてばたつほど損をする。
人生は有限だ。おっさんの免許人生はなおさら有限だ。「死ぬまで乗る!」というつもりなら別だが、いつか買い替えるなら早いほうがいい。経済的にも精神的にも肉体的にもありとあらゆる面で! よし、エリート特急を買い替えよう! そう決めた瞬間、心は躍っていた。
じゃ、何を買おう?
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カーマニア脳内すごろくフル回転
まず思い浮かんだのは、「シビック」のハイブリッドモデルだった。あれは実に素晴らしいクルマだ。デザインも走りも乗り心地も先進装備も文句ナシ! 「シビックe:HEV」はおっさんの棺おけにふさわしい、スタイリッシュなファストバックである。が、納車待ちはかなり長い。
じゃ「クラウン クロスオーバー」はどうか? まだ写真しか見ていないけど、あれもかなりカッコいい。豊穣(ほうじょう)なる貫禄のファストバックである。自動車業界にはクラウンブームが来ている!
しかしクラウン クロスオーバーはまだ発表されただけ。納車がいつになるか見当もつかない。
そうだ! いっそのこと中古のクラウンを買おう! 狙いは14代目の「マジェスタ」だ! あの乗り味は素晴らしかった! しかも覆面パトに間違えてもらえる! 覆面に間違えられるのは俺の長年の夢。今こそそれを実現する時だ!
早速中古車サイトを検索し、数多くの14代目クラウンの写真を眺めた。そして思った。
(オレ、本当にこれに乗るのか……?)
それは、嫌いな料理、私の場合はサザエのつぼ焼きを我慢して食べる感覚だった。人生で一番楽しいはずのクルマ選びが、我慢大会になっている。これはどう考えてもおかしい! 間違ってる!
じゃ「プジョー508」ならどうだろう(再検索)。
うお~カッコええ! このスカしたファストバックスタイル、タマランチ会長! それはまさに、お子さまランチを前にした子供のココロであった。
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命名:ちょいワル特急
グレードは何か。508はガソリンモデルのほうが、ハンドリングのヒラヒラ感が圧倒的で、らしい感じだったが、ヒラヒラ走るなら「フェラーリ328」でよし。使用目的が主にロングドライブなので、やっぱ狙いはディーゼルターボの「508 GT BlueHDi」だろう。グレードを絞り込んで再度検索だ。
さすが不人気車種。タマ数は少ない。しかし上から数台目を見た瞬間、背中にビビビと電気が走った。
2018年式、走行4.2万km、車両本体価格299万円!
走行距離は一番長いが、個人的にはまったく許容範囲。プジョーのダンパーはBMWのソレより長持ちするはず。以前、走行12万kmの「プジョー406スポーツ」を買ったが、まったく問題なかった。4.2万kmなんて、おっさんには若すぎるくらいだ。
200万円台の508 GT BlueHDiは、全国に2台のみ。コレは狙いどおりのシルバーだ。エリート特急はブラックで汚れが目立つため、露天保管ではカーマニア的なココロの安息がなかなか得られなかったが、シルバーなら汚れが目立たないから全天候型。地味でシブい感じもおっさん向きだ。
販売店はどこだ? げえっ、俺のナローこと「トゥインゴ」を買った横浜のMAMAじゃんか!
運命だ……。
私は電撃的にMAMAに乗り込んだ。シルバーのプジョー508は、ファストバックスタイルが見るからにシャープでカッコよく、ジェット戦闘機のようだった。う~む、コイツは「F/A-18スーパーホーネット」だ。これに乗れば、俺は永福町のトム・クルーズになれる! 同い年(60歳)だし!
もちろん即決した。希望ナンバーはお値段どおりの「299」。愛称は「ちょいワル特急」だ。200万円台で、特急でちょいワルになってやる。ダッハハハハハハハハ!
(文と写真=清水草一/編集=櫻井健一)
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清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。