“ドル箱SUV”にあらず! 「フェラーリ・プロサングエ」誕生の真意に迫る
2022.09.26 デイリーコラムポルシェのやり方とは違う
フェラーリがSUVをつくる。うわさが確定的になった時、筆者は一つ勘違いをしていた。ついにフェラーリも、SUVで大いにもうけて純増分の利益を使ってこれから一層困難を極めるに違いないスポーツカーの開発にあて込む、いわゆる“ポルシェ型SUVビジネス”にまい進するのだと勝手に思い込んでいたのだ。ハイエンドスポーツカーブランドがつくるSUVと聞いただけで、そう思ってしまうのだから逆に言うとポルシェの成功はすさまじかった。実際、同じビジネスモデルでランボルギーニやアストンマーティンは大成功をおさめている。
だからピサ郊外の野外劇場でそのワールドプレミアを控えた前週にマラネッロを訪れた時もまだ、今や広大になったフェラーリファクトリーの正門に立って、「『プロサングエ』はどこでつくるんだろう?」などと間抜けな質問が頭の中を渦巻いていた。
12気筒を積むらしい。かなり前からその情報をつかんでいながら、ポルシェビジネス的な路線の思考だけ頭から離れなかった。12気筒はきっと限定モデルで、すぐに量販グレード、例えばV6ハイブリッドを投入するものとばかり思っていた。実際、プリオーダーの段階でほとんど完売に近い状態だと聞いてもいたから、12気筒は限定だと勘違いしていたのだ。
完売状態という情報は正しかった。けれどもそのレベルが違った。フェラーリ史上、最高のプレオーダーを受けているのだという。要するに限定車ではないけれど、プロサングエに限らずマラネッロの各モデルには年間生産台数の縛りがあって、その計画年数分に近いオーダーがすでに殺到してしまった、というわけだ。
極めて保守的な進化
プロサングエはある意味、マラネッロにおいては恐ろしく保守的なモデルだといっていい。つまり、SUVのようなスタイルをした4ドア4シーターモデルではあるけれども、それはあくまでもフェラーリのスポーツカーであり、フェラーリのスポーツカーである限り、前モデル、例えば「FF」や「GTC4ルッソ」といった4シーターシューティングブレークを上回るスポーツカー性能を持たなければならなかった。そしてマラネッロは、それを背の高い4ドアモデルで実現しようとした。ちなみに勘違いされないように念押しすると、歴史的にスポーツカーメーカーであり続けたマラネッロにおける保守的な進化とはつまり、ゼネラルブランドにとっての革新的な変化と同意であることも忘れてはいけない。
マラネッロはプロサングエのために新たな工場やラインなどそもそも必要としなかったのだ。大量につくるつもりなどなかった。筆者は首脳陣に向かって間抜けにも「どこでつくるの?」と尋ねてしまったが、何を今更とばかりに「既存の12気筒ラインだ」とあっさりとした回答を受け取っている。その意味するところはすなわち、現在、「812コンペティツィオーネ」をつくっている2階のアッセンブリー工場(1階はV6モデルやV8モデル)でプロサングエは生産され、12気筒エンジンも敷地内のエンジン工場(クランクシャフトなど特殊なパーツを除きすべて自社生産だ)の一角で、いわゆるワンマン・ワンエンジン方式で入念に組み立てられるということだ。
だから、生産台数は頑張っても年間総数のおよそ2割、台数で言えばおそらく2000台くらいだろう。エクスクルーシブ性は完全に保たれる(だからこそ向こう何年分ものプレオーダーが入った)。売れるだけつくるというビジネスモデルでないことは確かで、これではいかに欧州でのスタート価格が39万ユーロの高額車であっても、「ウルス」や「DBX」のように大きくもうけることなどできない。そもそもプラットフォームやエンジンは自社製でほとんど新開発なのだから、仮に大量につくれたとしても、他ブランドほどの利益など見込めないのだが。
期待の高まる新機軸
ちなみにマラネッロには今、新たに整備中のエリアがある。一つは隣接する土地を買収し、更地になっていた。近隣の巨大なセメント工場跡地も買収済みだ。前者では電気自動車用のエンジニアリングを行うという。彼らはモーターやバッテリーへの関わりも深めていくという。後者はアッセンブリー用か? ひょっとすると将来的にもっと売れるモデルの開発も進んでいるのかもしれない。なんと言ってもこの5年の間に15のニューモデルを出すと彼らは宣言しているのだから。
閑話休題。繰り返しになるが、今回、フェラーリは「フェラーリ」をつくった。昔から4シーターの需要が堅実にあり、4ドアを望む声も少なからずあったらしい。エンツォの時代にはピニンファリーナとプロトタイプもつくっているし、SUVブーム到来以降も幾度となく検討はされたという。しかし最終的には、背の高いモデルを他のスポーツカーのように走らせる技術がなかった。逆に言うと今回それができたのは、アクティブサスペンションやエアロダイナミクス、パワートレインレイアウト、マルチマテリアルボディーなど各分野で独自の先端技術的結集が計算でき、その結晶がまさにマラネッロ製としてふさわしいスポーツカーとして成立すると経営陣が判断したからだった。ちなみにこのプロジェクトを積極的に後押ししたのは、副社長でエンツォの息子であるピエロ・フェラーリその人だったという。
フェラーリは他のブランドのように、新たに工場をつくってまでもうかるSUVなどそもそもつくる必要がなかったのだ。株価も高く安定している(調子が悪いのはF1のチームマネージメントだけだ)。マラネッロ初の4ドア4シーターは、4つのすべての席でフェラーリらしさを体感できる完全に新しいカテゴリーのクルマだった。
そのスタイリングからSUVであると分類すること自体は間違っていないだろう。カテゴライズなどはしょせん、後づけだ。SUVそのものの定義も実はあやふやだろう。けれどもプロサングエの中身は既存のSUVとはありとあらゆる意味で一線を画す存在になることは間違いなさそうだ。試乗がこんなにも楽しみな“背の高いクルマ”は初めてである。
プロサングエ。何よりも純血種=サラブレッドという名前が、このクルマの真実をハナから物語っていたのである。あえて言おう。フェラーリの“SUV”は完全にユニークな存在であった。そしてマラネッロがこのモデルをピュアなスポーツカーと言うのであれば当然、別の期待も膨れ上がるではないか。「812スーパーファスト」には「GTS」があった。コンペティツィオーネも出た。プロサングエにはどうだろう?
(文=西川 淳/写真=フェラーリ/編集=関 顕也)

西川 淳
自動車ライター。永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。