マクラーレン・アルトゥーラ(MR/8AT)
洗練のマクラーレンイズム 2022.10.13 試乗記 3リッターV6プラグインハイブリッドや、より軽量なカーボンモノコックタブなど、多くの新機軸を採用した「マクラーレン・アルトゥーラ」が上陸。「MP4-12C」を発表してから10年という記念すべき節目に登場した次世代の旗手は、いかなる走りを見せるのか。“マクラーレン初”がめじろ押し
所定の駐車スペースに置かれたマクラーレン・アルトゥーラは、ひと目でマクラーレンだとわかる存在感を放っていた。しかしそれは、2017年に登場した同じ「スーパーカーシリーズ」の「720S」とも、その後にリリースされたグラントゥーリズモ「GT」とも異なる、もうひと皮むけた有機的なディテールである。
そうしたマクラーレンらしさあふれるルックスに磨きがかかったと同時に、その中身も大きく更新されている。ボディーの中心となるカーボンモノコックタブの後方にエンジンを縦置きするというミドシップ後輪駆動レイアウトは同じだが、前者は「マクラーレン・カーボン・ライトウェイト・アーキテクチャー(MCLA)」と呼ばれるカーボンファイバーのモノコックタブにスーパーフォームド(成形)アルミニウムのサブフレームを組み合わせたものに、後者は3リッターV6ツインターボエンジンにモーターを組み合わせた「ハイ・パフォーマンス・ハイブリッド(HPH)」と呼ばれるプラグインハイブリッドパワートレインになっている。
MCLAにはBピラー部分までがすでに構造部材として組み込まれており、オープンモデルの登場も織り込み済み。ボディー外皮にはほとんど応力がかからない構造だという。HPHには外部充電が可能な5個のリチウムイオンモジュールからなるバッテリーが備わっており、付属のケーブルを使用する場合はバッテリー容量の約80%を2時間半で充電でき、一充電あたり31kmのEV走行が行える。
マクラーレン初のV6エンジンは、120度に設定されたバンク内に2基のターボチャージャーをマウントするいわゆるホットVレイアウト。エンジン単体で最高出力585PS/7500rpm、最大トルク585N・m/2250-7000rpmを、モーターは同95PS、同225N・mを発生する。システム最高出力は680PS、同最大トルクは720N・mを誇る。トランスミッションは「SSG」とマクラーレンが呼ぶ、新開発の8段DCTを組み合わせる。
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進化したインターフェイス
シャシーの進化やHPHの採用をもって、マクラーレンはアルトゥーラを同社のロードカーにおける“第2章の幕開けを飾るモデル”と位置づけている。第1章の始まりは、もちろん2010年に登場した「MP4-12C」。言い換えれば、これまでの市販モデルはすべてMP4-12Cの延長線上にあった。それから約10年で、次なるステージに到達したことになる。
従来モデルと同じく上方に開くアルトゥーラのディヘドラルドアを跳ね上げ、右ハンドル仕様のコックピットに乗り込む。サイドシルの幅が狭いので、見た目以上に乗降はしやすい。アクロバティックな姿勢を強要されることなく、運転席にはするりと収まることができた。マクラーレンらしいシンプルで質感の高いダッシュボードはスイッチのレイアウトも含め、ヒューマン・マシン・インターフェイスが洗練された印象だ。
独自性にこだわっていたためか、わかりづらかった各部の操作系は多少なりとも一般化した印象だ。電動シートの調整スイッチは座面先端のアウト側に移され、シートのポジション合わせひとつ、ドアの開閉ひとつに迷っていた従来モデルからの変化を感じる。
シートの位置を決め、ステアリングポストにある電動のチルト&テレスコピックスイッチを操作すれば、ドラポジはピタリと決まった。液晶メーターもステアリングホイールとの連動式なので、視認性は良好である。乗員がクルマに合わせるのではなくクルマが乗員に合わせるという考え方は、サーキットをコンマ1秒でも速く走るためのレーシングマシンをルーツに持つマクラーレンらしい設(しつら)えであると感心する。乗りづらいクルマなど、タイムの向上は望めない。ちなみに720Sなどでおなじみの折りたたんだ際にエンジン回転計や速度計、選択されているギアなど必要最小限の情報のみが表示される「フォールディングドライバーディスプレイ」は採用されていない。
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力強いハイブリッドパワートレイン
メインスイッチをオンにすると、まずはデフォルトである「Eモード」が選択される。モーターのみでの走行距離は前述のとおり一充電あたり最大31kmで、その速度は130km/hまでとなる。市街地では当然60km/hを超えるような速度を出すことはないから、このまま走ればバッテリー容量が許すまでEV走行に終始する。ただし、ストップ&ゴーが連続するようなシーンでのEV航続距離は6掛け程度に抑えられそうな印象だ。
世界で初めてマイクロチップを埋め込んだという専用装備の「ピレリPゼロ」タイヤは、ロードノイズがそこそこに抑えられており、つい600PS級のミドシップハイパフォーマンスカーに乗っていることを忘れそうになる。これには薄型なのにノイズ低減層をはさみ込んだ軽量ウインドスクリーンの採用も寄与しているはずだ。
用意されている走行モードは4つ。モードセレクターは、メーターナセル右に組み込まれている。始動時に選択されるEモード→「コンフォートモード」→「スポーツモード」といくにしたがって、電動メインからエンジンとモーターの協調制御へとパワートレインのキャラクターが変化していく。コンフォートモードは64km/hまではモーターが主役で、スポーツモードではモーターがブーストシステムとして機能する。
これらの上に「トラックモード」と呼ばれるサーキット向けのプログラムが控えており、こちらはエンジンが常時稼働し、高回転まで各ギアを引っ張る設定だ。そのいっぽうで常時エンジンが稼働することにより、充電もしっかりと行われる。つまり、使い切ったバッテリーをいち早く充電したいときにも選ばれる走行モードということになる。高回転までストレスなく回るV6は、もっと踏めとばかりに乾いたさく裂音を奏でる。
V6ツインターボとモーターはシームレスにパワーデリバリーを行い、今回の試乗時においては、そのコンビネーションに違和感を覚えることはなかった。モーターからエンジンへの切り替えは、エンジンの始動音によってハッキリと気づかされるが、トルクの落ち込みやショックなどは皆無。また、制限速度内であれば山道の上りであってもEV走行でパワー不足を感じることはない。とてもよく練られた、力強いパワートレインだという印象に終始した。
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鍛えられたアスリートの下半身
そうしたパワートレインに対して足も走行モードに連動して引き締まり、乗り心地もハードに……は、ならない。確かにドライビングモードをダイナミック方向に振れば振るほど足は確実に硬さを増す。しかし、それでも路面のつなぎ目を越える際に身構える必要はない。これはトラックモードでも同じだ。アルトゥーラの乗り心地の良さは、歴代マクラーレンにおいてナンバーワンと紹介できる。ボディーがきちんと微振動を吸収し、大きなうねりを越えた後にはその上下動がほぼ一発で収まる。
従来型のモノコックタブよりも10%軽量化されたMCLAの剛性や、新開発のフロントがダブルウイッシュボーン式、リアがマルチリンク式となるサスペンション、カメラやセンサー情報を元に減衰力を可変させるPDC IIプロアクティブダンピングコントロールや電子制御ディファレンシャルといったハイテクによる下半身の強化と低重心化が、そうした緻密な走りをもたらすのだろう。それは「科学的トレーニングを積み、鍛えられたアスリート然とした軽快な動き」とでも表現したくなるものだ。ここは新機軸のハイブリッドパワートレインに感心すべきなのだろうが、それ以上にシャシー性能の高さが印象的だった。
これまでのようにマクラーレンの市販モデル=V8ツインターボという方程式は当てはまらない。けれども“V6”や“ハイブリッド”は、ネガティブな要素にはなっていないとマクラーレン・オートモーティブ・アジア日本支社代表の正本嘉宏氏は言う。「既納客以外からの引き合いも多く、例えば『日産GT-R』のオーナーからオーダーが入っているのは、先進性が評価されている証左かもしれません」と、アルトゥーラの受注状況を分析する。
レーシングフィールドで培った技術やノウハウを市販車に生かすというのがこのブランドの存在意義であり、一丁目一番地である。機能美や洗練をうたうブランドは少なくない。けれども、レーシングマシン由来のハイテクを市販車にうまく落とし込んだマクラーレンを前にすると、「本物はひと味違うな」と思わずにはいられない。サーキットの汗臭さをみじんも漂わせないハイブリッドスポーツの新たな世界観は、想像した以上にスマートである。
(文=櫻井健一/写真=マクラーレン・オートモーティブ/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
マクラーレン・アルトゥーラ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4539×1913×1193mm
ホイールベース:2640mm
車重:1395kg(乾燥重量)
駆動方式:MR
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
モーター:アキシャルフラックスモーター
トランスミッション:8段AT
エンジン最高出力:585PS(430kW)/7500rpm
エンジン最大トルク:585N・m(59.7kgf・m)/2250-7000rpm
モーター最高出力:95PS(70kW)
モーター最大トルク:225N・m(22.9kgf・m)
システム最高出力:680PS(500kW)/7500rpm
システム最大トルク:720N・m(73.4kgf・m)/2250rpm
タイヤ:(前)235/35ZR19 91Y/(後)295/35ZR20 105Y(ピレリPゼロ)
燃費:4.6リッター/100km(約21.7km/リッター、WLTPモード)
価格:3070万円/テスト車=--万円
オプション装備:--
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:139km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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櫻井 健一
webCG編集。漫画『サーキットの狼』が巻き起こしたスーパーカーブームをリアルタイムで体験。『湾岸ミッドナイト』で愛車のカスタマイズにのめり込み、『頭文字D』で走りに目覚める。当時愛読していたチューニングカー雑誌の編集者を志すが、なぜか輸入車専門誌の編集者を経て、2018年よりwebCG編集部に在籍。