ホンダ・フィットe:HEV RS(FF)/フィットe:HEVリュクス(FF)/フィットe:HEVクロスター(4WD)
追撃の準備は整った 2022.10.28 試乗記 ホンダのコンパクトカー「フィット」がマイナーチェンジ。パワーユニットの出力向上や運転支援システムの強化も話題だが、なんといっても注目はスポーティーグレード「RS」の新設定だ。伝統の名称を受け継いだそのRSを中心に、進化したフィットの走りを確かめた。マイナーチェンジのポイントは
日本自動車販売協会連合会の資料によると、 2022年1月から6月のホンダ・フィットの販売台数は2万9617台。一方、「トヨタ・ヤリス」を見ると8万1580台で、かなりの開きがある。ヤリスの販売数には「ヤリス クロス」「GRヤリス」も含まれるとはいえ、プロ野球で言えば8.5ゲーム差ぐらいか。
半導体不足で計画どおりに生産できないなど、ほかの要因もあるから一概に販売台数の比較はできない。けれども、2年前に現行フィットがデビューした時に、そのスペースユーティリティーの高さや、e:HEVと呼ばれるハイブリッドシステムのスムーズさ、そしてなにより、フランスのコンパクトカーを思わせる懐の深い乗り心地に感心したことを思い返すに、「売れ行きにこんなに差がついちゃったの!?」というのが率直な感想だ。ぶっちゃけ、出張でも家族旅行でも、レンタカーにフィットがあてがわれたら、「当たり!」だと感じるだろう。
そのフィットがマイナーチェンジを受けた。マイチェンのポイントは大きく3つで、まずひとつはパワートレインの強化。e:HEVは駆動用モーターの最高出力が従来型比プラス14PSの123PSとなったほか、エンジンと発電用モーターの発電能力もアップしている。ガソリンエンジン仕様は、エンジンの排気量が1.3リッターから1.5リッターに拡大され、最高出力と最大トルクは従来型の98PSと118N・mから118PSと142N・mに強化された。
マイチェンのポイントその2は、デザインの微修正。まず「ベーシック」「リュクス」「ホーム」は、フロントノーズの形状を改めた。具体的には、ちょっと出っ張っているようにも見えたフロントノーズを、ボディーと一体化したように見せることで、すっきりとした表情になった。歯列矯正が成功した感じ。「クロスター」に関しては、フロントバンパーの下にプロテクターを追加することで、よりSUV風味を強めた。
マイチェンのポイントその3は、スポーティー仕様の「RS」が新たに新設定されたこと。今回、御殿場で行われた試乗会では、まずそのRSのステアリングホイールを握った。
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キモはドライブモードと減速セレクター
専用の前後バンパーと16インチホイール、やはり専用のエキゾーストパイプまわりの造形、それにヘッドランプを囲むリングやドアミラーをブラックにすることによって、フィットRSの外観からは精悍(せいかん)な印象を受ける。
ただし外装デザインの担当者によれば、単にスポーティーな演出を施しただけでなく、“ジョイ耐”の愛称で親しまれるEnjoy耐久レースなどのモータースポーツ活動で得た知見を盛り込んでいるという。たとえばRS専用のフロントバンパーの形状は、走行中に両端から入った風が左右前輪の脇に流れるように設計されていて、これが空力性能の向上につながるとのことだ。
インテリアはグレー基調で、ステアリングホイールやシート、ドアアームレストのステッチにイエローの差し色が使われる。レイアウトは従来型から変更なく、わざわざ細身のフロントピラーを採用することで実現した、開放感と見晴らしの良さも変わらない。運転席に座って抱く印象は、ちょっとスポーティーに装った良心的な実用車、というものだ。
スターターボタンを押してハイブリッドシステムを起動。RSはe:HEV仕様のみの設定で、ガソリンエンジン仕様は用意されない。また、RSのハイブリッドシステムは最高出力、最大トルクとも他のe:HEV仕様と共通。
じゃあRSがほかの仕様と何が違うのかといえば、「NORMAL」「ECON」「SPORT」の3つから選ぶことができるドライブモードを採用することと、パドルシフトの操作により4段階で減速Gを変えられる減速セレクターを装備すること。また、サスペンションもRS専用にチューニングされている。というわけで、3ドライブモードと減速セレクターを切り替えながら、RSを走らせる。
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心地よいドライブフィールを優先
ホンダのe:HEVの仕組みを簡単に説明すると、普通に走っている時は、エンジンは発電機の役割に徹し、そこで生まれた電気でモーターを駆動して走る。フル加速をする時は、モーターとエンジンの両方で駆動。そして高速巡航時には、この領域では効率に優れるエンジンが主役になる。
ダッシュボードに埋め込まれた9インチサイズのディスプレイ横に配置された3ドライブモードのスイッチを操作して、「NORMAL」から「SPORT」に切り替えると、アクセルペダルを踏んだ瞬間の「バチン」という反応が素早く、力強くなる。じっくり観察すると、踏んだ瞬間のファーストコンタクトだけでなく、速度が積み上がっていく過程の伸び感がスムーズで、気持ちがいい。
「SPORT」といっても、刺激的な音や瞬間的なパンチ力でインパクトを与えようとするのではなく、人の感性に寄り添ったフィーリングを提供することで、心地よいスポーティネスを表現している点に感心した。
減速セレクターについては、4段階も設定されているという点に驚いた。というのも、先日試乗した「メルセデス・ベンツEQS」は3段階の設定だったからで、フィットRSのほうが減速Gをキメ細かくコントロールしようと試みていることになる。
ただし、減速セレクターを最も強く設定しても、いわゆるワンペダルドライブができるほどには減速Gは強くならない。どうせ4段階も設定するなら、最強モードはワンペダルドライブ仕様にしてもいいのではないかと思ってパワートレインの担当者に尋ねたところ、e:HEVの仕組みとしてはワンペダルドライブも可能だという。それでもあえて、心地よいドライブフィールを優先した結果が、現在の穏当なセッティングだったという言葉に、なるほどと納得した。
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RSは「レーシング・スポーツ」にあらず
RS専用サスペンションについても、「穏当な」という表現があてはまる。4本のサスペンションが上下によく動くことで路面からの衝撃の角をまるめて、まろやかな乗り心地を乗員に提供するというフィットの美点は損なわれていない。
今回あわせて試乗した、e:HEVのリュクスとクロスターに比べると、凸凹を乗り越える瞬間のショックの大きさは大差がないものの、乗り越えた後の上下動がすっきり収まるという印象だ。余韻を残さず、すすっとフラットな姿勢に戻る。だから硬い足まわりというよりも、上質な足まわりだと感じる。
上下動がすっきりと収まることは、ワインディングロードで心地よく走れることにつながる。きゅんきゅん曲がるというよりは、すいすいと曲がると表現したほうが近いだろう。やはりホンダのRSは「レーシング・スポーツ」ではなく、「ロード・セイリング」なのだと実感するし、気持ちよく走ることを第一義にしたRSと、速く走ることを極める「タイプR」との違いもあらためて理解することができた。
フィットRSは、ルックスも中身も過激な演出でアピールするのではなく、控えめながら丁寧に作り込まれていて、234万6300円からという価格も含めて、良心的だと思った。
e:HEVのリュクスとクロスターについてふれておくと、正直に言って、駆動用モーターが14PSパワーアップしたことは体感できなかった。けれども、アクセル操作にリニアに反応してくれることや、路面からの突き上げを上手にいなす足まわりなど、全体に洗練されたコンパクトカーであることはよくわかった。
こう言っちゃなんですが、売れない理由がわからない、というのが試乗を終えての率直な感想だ。
(文=サトータケシ/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
ホンダ・フィットe:HEV RS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4080×1695×1540mm
ホイールベース:2530mm
車重:1210kg
駆動方式:FF
エンジン:1.5リッター直4 DOHC 16バルブ
モーター:交流同期電動機
エンジン最高出力:106PS(78kW)/6000-6400rpm
エンジン最大トルク:127N・m(13.0kgf・m)/4500-5000rpm
モーター最高出力:123PS(90kW)/3500-8000rpm
モーター最大トルク:253N・m(25.8kgf・m)/0-3000rpm
タイヤ:(前)185/55R16 83V/(後)185/55R16 83V(ヨコハマ・ブルーアースGT AE51)
燃費:27.2km/リッター(WLTCモード)
価格:234万6300円/テスト車=260万5900円
オプション装備:Honda CONNECTディスプレイ+ETC2.0車載器(19万8000円) ※以下、販売店オプション フロアカーペットマット<プレミアムタイプ>(2万8600円)/ドライブレコーダー<DRH-224SDフロント用>(3万3000円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:1161km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:--km/リッター
ホンダ・フィットe:HEVリュクス
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3995×1695×1540mm
ホイールベース:2530mm
車重:1200kg
駆動方式:FF
エンジン:1.5リッター直4 DOHC 16バルブ
モーター:交流同期電動機
エンジン最高出力:106PS(78kW)/6000-6400rpm
エンジン最大トルク:127N・m(13.0kgf・m)/4500-5000rpm
モーター最高出力:123PS(90kW)/3500-8000rpm
モーター最大トルク:253N・m(25.8kgf・m)/0-3000rpm
タイヤ:(前)185/55R16 83V/(後)185/55R16 83V(ヨコハマ・ブルーアースA AE50)
燃費:27.6km/リッター(WLTCモード)
価格:249万9200円/テスト車=294万1400円
オプション装備:ボディーカラー<ミッドナイトブルービーム・メタリック>(3万3000円)/Honda CONNECTディスプレイ+ETC2.0車載器(19万8000円)/マルチビューカメラシステム・ブラインドスポットインフォメーション(10万5600円)/キルティングパーフォレーション本革シート(4万4000円) ※以下、販売店オプション フロアカーペットマット<プレミアムタイプ>(2万8600円)/ドライブレコーダー<DRH-224SDフロント用>(3万3000円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:783km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:--km/リッター
ホンダ・フィットe:HEVクロスター
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4095×1725×1570mm
ホイールベース:2530mm
車重:1280kg
駆動方式:4WD
エンジン:1.5リッター直4 DOHC 16バルブ
モーター:交流同期電動機
エンジン最高出力:106PS(78kW)/6000-6400rpm
エンジン最大トルク:127N・m(13.0kgf・m)/4500-5000rpm
モーター最高出力:123PS(90kW)/3500-8000rpm
モーター最大トルク:253N・m(25.8kgf・m)/0-3000rpm
タイヤ:(前)185/60R16 86H/(後)185/60R16 86H(ダンロップ・エナセーブEC300+)
燃費:24.2km/リッター(WLTCモード)
価格:262万0200円/テスト車=296万2300円
オプション装備:ボディーカラー<フィヨルドミスト・パール&ブラック>(8万2500円)/Honda CONNECTディスプレイ+ETC2.0車載器(19万8000円) ※以下、販売店オプション フロアカーペットマット<プレミアムタイプ>(2万8600円)/ドライブレコーダー<DRH-224SDフロント用>(3万3000円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:782km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:--km/リッター

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。