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日産の名工を育てた「R32スカイラインGT-R」が復活! 名車再生クラブのテスト走行に密着

2022.11.25 デイリーコラム 鈴木 ケンイチ

日産の“トップガン”を鍛えたマシン

富士山もくっきりと望める秋晴れの2022年11月9日、富士スピードウェイにて日産名車再生クラブによるテスト走行が実施された。車両は1990年式の「R32スカイラインGT-R N1耐久仕様車」だ。

日産名車再生クラブとは、日産と日産関連会社の社員による“クラブ活動”だ。就業後や休みの日に集まって車両のレストアを行う。2006年の発足から、ほぼ毎年1台のペースで、日産が所有する歴史的な名車を再生してきた。例年、春に各年の活動開始を宣言するキックオフ式を開催し、夏から秋にかけてレストアを行い、冬の「ニスモフェスティバル」などで完成車をお披露目するのがルーティンである。

ただ、近年はコロナ禍の影響でスケジュールがズレ込んでおり、本年度は前年、すなわち2021年の暮れにキックオフ式を開催(参照)。2022年6月ごろの完成を目指していた。しかしやはり日程は延び、結局は例年どおりに12月の「ニスモフェスティバル」(本年は12月4日開催)がお披露目の場となるようだ。今回の取材会は、そのお披露目に際して実際にサーキットを走れるかを確認するテスト走行に合わせて実施された。

ちなみに、本年のレストア車両としてR32スカイラインGT-R N1耐久仕様車が選ばれた理由は、レースでの成績ではない。「誰がつくって走らせたか」がポイントとなった。具体的には、日産のクルマを開発する実験部のメンバーが手づくりし、自らの運転でレースに参戦した車両であること。これが選定された理由だ。1990年当時、R32スカイラインの実験主担であった渡邊衡三氏が、社内テストドライバーの評価能力向上を目的にN1耐久レース参戦を企画。栃木にある日産実験部のメンバーが車両を製作し、「現代の名工」である加藤博義氏や、後の「R35 GT-R」の開発ドライバーである松本孝夫氏、神山幸雄氏といった面々がドライバーとなり、1990年から1992年までの3年間にわたってレースに参戦したのだ。

1990年式の「R32スカイラインGT-R N1耐久仕様車」と、同車のレストアに携わった日産名車再生クラブのメンバー。
1990年式の「R32スカイラインGT-R N1耐久仕様車」と、同車のレストアに携わった日産名車再生クラブのメンバー。拡大
今回再生された「スカイラインGT-R」のレースカーは、日産社内の実験部メンバーが自ら製作し、自らハンドルを握ってレースに参戦した車両である。後にエース級の人材となるテストドライバーが、このクルマで鍛えられた。
今回再生された「スカイラインGT-R」のレースカーは、日産社内の実験部メンバーが自ら製作し、自らハンドルを握ってレースに参戦した車両である。後にエース級の人材となるテストドライバーが、このクルマで鍛えられた。拡大
かつて加藤博義氏や神山幸雄氏がレースで握ったステアリングホイール。インテリアでは、レストアに際してシートをクリーニング。また助手席側には古いクルマ用のカンガルーウオッシャーバックが設置されていた。エンジンルーム内のウィンドウウオッシャータンクが、ブローバイガスのタンクに改装されたためだ。
かつて加藤博義氏や神山幸雄氏がレースで握ったステアリングホイール。インテリアでは、レストアに際してシートをクリーニング。また助手席側には古いクルマ用のカンガルーウオッシャーバックが設置されていた。エンジンルーム内のウィンドウウオッシャータンクが、ブローバイガスのタンクに改装されたためだ。拡大
リアクオーターウィンドウには、日産名車再生クラブの青いステッカーが、ちなみに緑・赤・黄の3つのランプは、ドライバーとピットの意思疎通のために使われたものだ。
リアクオーターウィンドウには、日産名車再生クラブの青いステッカーが、ちなみに緑・赤・黄の3つのランプは、ドライバーとピットの意思疎通のために使われたものだ。拡大
日産 の中古車

テストには当時ステアリングを握った面々も参加

今回のテスト走行では、当時のレースでステアリングを握ったメンバーのなかから、“確認役”として加藤博義氏と神山幸雄氏が栃木から駆けつけた。加藤氏は現在も日産所属となるが、神山氏は同じ栃木でもNMC(日産モータースポーツ&カスタマイズ)の所属となっており、NISMOの車両担当を務めている。

加藤氏は「クルマそのものが残っていることは、うすうす知っていましたけど、名車再生クラブで再生してもらえると聞いたときはうれしかったですね。神山や松本に話したら『え~、まだ残っていたの(笑)』って。『そうなのよ。残ってたのよ(笑)』と。グループAとかはなくなってしまう車両も多いですし、俺らの車両は、あまり注目を浴びなかったのがよかったのかもしれませんね。ただ、『これで、いいの?』っていう部分もありました(笑)」と、最後は照れ笑いを浮かべつつ、同車の再生を知らされた当初を振り返った。

テスト走行は、富士スピードウェイの午前中の走行枠を借り切って行われた。走行前には集まったメディアのために撮影タイムが用意されたが、そこで加藤氏が「おお、光り輝いている!」とひとこと。「仕上がったのを見たのは、今日が初めてなんですよ。まさに光り輝いていますね。俺らのときは塗装にツヤなんかなかったよ(笑)」と破顔した。

その後、富士スピードウェイのレーシングコースでいよいよテスト走行がスタート。まずは神山氏のドライブでコースイン。数周ごとにこまめにピットインを繰り返して、不具合がないかを確認してゆく。30分ほど走行した後に、ドライバーを加藤氏に交代。やはり数周ごとにピットインを繰り返して走行を重ねる。トータルで1時間ほど走ったところで、クラッチにトラブルが発生したようで、テストは終了に。クラブとしてはマイナートラブルであり、それほど大きな問題ではなかったという。

富士スピードウェイに搬入される「R32スカイラインGT-R N1耐久仕様車」。
富士スピードウェイに搬入される「R32スカイラインGT-R N1耐久仕様車」。拡大
走行へ向け準備が進められるピット。タイヤは当時と同じファルケン製のものを選択した。(もちろん“当時もの”ではなく現代のスポーツタイヤだが)
走行へ向け準備が進められるピット。タイヤは当時と同じファルケン製のものを選択した。(もちろん“当時もの”ではなく現代のスポーツタイヤだが)拡大
テスト走行でハンドルを握った、加藤博義氏(写真向かって右)と神山幸雄氏(同左)。あまたの日産車の開発に携わった2人も、当時はこの「R32スカイラインGT-R N1耐久仕様車」で腕を磨いていた。
テスト走行でハンドルを握った、加藤博義氏(写真向かって右)と神山幸雄氏(同左)。あまたの日産車の開発に携わった2人も、当時はこの「R32スカイラインGT-R N1耐久仕様車」で腕を磨いていた。拡大
ルーフには当時のドライバーの名前が。ボディーはすべて塗装をやり直しており、30年前のレースカーとは思えない美しさだった。
ルーフには当時のドライバーの名前が。ボディーはすべて塗装をやり直しており、30年前のレースカーとは思えない美しさだった。拡大

当時のフィーリングを見事に再現

最初にドライバーを務めた神山氏に話を聞くと、皆で再生してくれたクルマとのことで、まずはとにかく緊張したという。

「最初の1周目はかなり緊張しました。私は普段、ほとんどプレッシャーを感じないほうなんですけれど、皆さんに一生懸命再生してもらったというのがありますから。壊してはいけないなと、丁寧に丁寧に、大丈夫だよねと確認しながら、徐々にスピードを上げてゆきました」

では、レストアされた車両の走りは、どのようなものであったのだろうか。30年前にレースで戦っていたころのフィーリングも再生されていたのだろうか。

「走りだす前、シートに座ってステアリングを握り、ドラインビングポジションをとったときに、『30年ちょっと前に乗っていたクルマなんだよね~』と、すごくしみじみとさせていただきました。そして、徐々にエンジンの回転を上げながら走っていくと、『前(=当時)にほぼほぼ近いなあ』と。加速の仕方とか、回転の伸び、クルマの前後バランスとかが、よく似ているんですね。そして、最近のクルマは大きいですから、『やっぱり、この軽快な動きだよね』と、途中からワクワクしてきましてね。もっと速く走らせようかなとも思いましたよ。でも、やめました(笑)。抑えましたよ」(神山氏)

「昔の雰囲気は出ていますね。エンジンは俺らが乗ってたときよりも調子がいいかもしれませんよ。ストレートで225km/hくらい出ましたから。昔は最高でも230km/hくらいしか出ませんでしたから。それに近いスピードがすぐに出ましたからね。今日のタイヤは昔履いていたものよりも溝が深いので、モニョモニョした感じがします。でも、やっぱり楽しいですね。30年ぶりに乗れるとは思っていませんでしたから。こんなクルマで9時間も12時間も走ってたんだな~」(加藤氏)

ピットを出てテスト走行へと臨む「R32スカイラインGT-R N1耐久仕様車」。このクルマがサーキットを走るのは、何年ぶりのことだろうか。
ピットを出てテスト走行へと臨む「R32スカイラインGT-R N1耐久仕様車」。このクルマがサーキットを走るのは、何年ぶりのことだろうか。拡大
数週ごとにピットに戻ってはクルマの状態を確認。最後はクラッチに不具合が生じて走行終了となったが、大きなトラブルではなかったようだ。
数週ごとにピットに戻ってはクルマの状態を確認。最後はクラッチに不具合が生じて走行終了となったが、大きなトラブルではなかったようだ。拡大
テストではまず神山氏がドライバーを担当。最初は緊張したものの、最後はもっと速く走らせようかと思うほどワクワクしたという。
テストではまず神山氏がドライバーを担当。最初は緊張したものの、最後はもっと速く走らせようかと思うほどワクワクしたという。拡大
神山氏の走行を見守る加藤氏。テスト後は「当時の雰囲気がちゃんとある。レストアされた今のほうが、当時より調子がいい」と語った。
神山氏の走行を見守る加藤氏。テスト後は「当時の雰囲気がちゃんとある。レストアされた今のほうが、当時より調子がいい」と語った。拡大

“手づくりの車両”だからこその再生の難しさ

さらに神山氏は、「レストアされた車両を見るのは今日が初めてなんですけれど、素晴らしいですよね。本当に当時が再現されていましたし、乗っても前の味が出ています。つくってくれた方の思いがこもっているんだなと感じながら走りました。よくここまで再生してくれたなあと、感謝しかありません。これができるクラブの技術も素晴らしいと思います」とクラブへの感謝を述べる。

相好を崩すのはドライバーだけではなく、クラブを率いる代表者・木賀新一氏も同様だ。

「今日は大満足ですよ。やはり(当時の)ドライバーが来て、乗ってもらって、『当時の雰囲気は再現できてますか?』と聞いたら、『大丈夫』『よかった』と。それがなによりの賛辞ですからね」

ちなみに、今回のレストアで苦労したところは? と聞けば「苦労はあまりありませんでした」という。R32スカイラインGT-Rであれば、まだまだ部品はそろっているのだろう。それよりも「けっこう車体がゆがんでいて、フックがうまく入らなかったりして、4~5回やり直しました。マフラーも独特の付け方で、まさに手づくり感満載なんですよ」とのこと。手づくりの車両だからこそ、オリジナルを再現するのに手間がかかったというのだ。

レストアされたR32スカイラインGT-R N1耐久仕様車の“本番”のお披露目は、2022年12月4日の「ニスモフェスティバル」である。どんなクルマなのかをチェックしたい方は、ぜひとも同日、富士スピードウェイに足を運んでみよう。

(文=鈴木ケンイチ/写真=鈴木ケンイチ、日産名車再生クラブ/編集=堀田剛資)

◆関連記事:今回の再生車は「R32スカイラインGT-R」のレースカー! 日産名車再生クラブが2021年度の活動を開始

テスト走行を担当した加藤氏、神山氏と、日産名車再生クラブの木賀新一代表(中央)。
テスト走行を担当した加藤氏、神山氏と、日産名車再生クラブの木賀新一代表(中央)。拡大
トランク内の燃料タンクは、外側はそのままに中のタンクを100リッターから57リッターに縮小。まわりのホース類は加藤氏の手づくりで、マーカーなども残されていた。
トランク内の燃料タンクは、外側はそのままに中のタンクを100リッターから57リッターに縮小。まわりのホース類は加藤氏の手づくりで、マーカーなども残されていた。拡大
エンジンルームでは手前のオイルクーラーに注目。実は残っていた車両にはオイルクーラーが付いていなかったのだが、レース車両でそれがないのは考えられないので「保管中に取り外されたのではないか?」と考察。レストアに際してオイルクーラーを追加した。
エンジンルームでは手前のオイルクーラーに注目。実は残っていた車両にはオイルクーラーが付いていなかったのだが、レース車両でそれがないのは考えられないので「保管中に取り外されたのではないか?」と考察。レストアに際してオイルクーラーを追加した。拡大
レストアされた「R32スカイラインGT-R N1耐久仕様車」は、2022年12月の「ニスモフェスティバル」で正式にお披露目される予定だ。(写真:日産名車再生クラブ)
レストアされた「R32スカイラインGT-R N1耐久仕様車」は、2022年12月の「ニスモフェスティバル」で正式にお披露目される予定だ。(写真:日産名車再生クラブ)拡大
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