フォルクスワーゲンID.4プロ ローンチエディション(RWD)
あくまで実直 2022.11.29 試乗記 「フォルクスワーゲンID.4」でロングドライブへ。上位モデルでは561kmの一充電走行距離がうたわれているが、果たして実際のところはどうなのか!? 紅葉を求めて栃木の霧降高原を目指した。2017年の打ち上げ花火
「現時点ではe-ゴルフをいいゴルフと言い切ってしまうことにはためらいを覚える。この後何年か、あるいは十何年か後には、名実ともにe-ゴルフが最もいいゴルフになるのかもしれない」
これは、2017年11月に公開した「e-ゴルフ」の試乗記の一節である。フォルクスワーゲンが日本で初めて世に問うた電気自動車がe-ゴルフ。その名のとおり、「ゴルフ」をベースにして電動パワートレインを搭載したモデルだ。当時は内燃機関車の終了が近いという主張がさかんに行われていて、各自動車メーカーが急いでEVを市場に投入していた。フォルクスワーゲンはEV専用プラットフォーム「MEB」をベースにした次世代EVを2020年に発売すると発表していたが、取りあえず有り物を使って電動化戦略の第一歩を踏み出したのだ。
まだEVとしての完成度は高いとはいえず、担当者もe-ゴルフがアーリーアダプター向けの商品であることを認めていた。「フォルクスワーゲンの電動化戦略の第一歩として重要なモデル」という位置づけで、通常のゴルフに取って代わることは想定されていなかったのだ。フォルクスワーゲンは2018年にMEBを発表し、2021年に「ID.3」を発売する。その後も着々とMEBを用いた「ID.」シリーズラインナップを広げていて、日本ではこのID.4が初めて導入されることとなった。
まだEVが珍しかった5年前とは違い、現在では国産車でも輸入車でも豊富な選択肢がある。e-ゴルフは打ち上げ花火的な存在だったが、ID.シリーズはフォルクスワーゲンの本気が詰まったグローバルモデルである。なかでもID.4は売れ筋のミドルサイズクロスオーバーSUVであり、気合を入れた主力商品のはずだ。すでにヨーロッパと北米、中国で販売されており、順調に売れ行きを伸ばしている。
合理性を極める
ID.4のボディーサイズは、「ティグアン」に近い。大きく異なるのはホイールベース。ティグアンより95mm長くなっているのは、エンジンを持たないメリットが生かされた結果だ。軽量でコンパクトなモーターをリアに搭載し、後輪を駆動する。バッテリーはアンダーボディーに搭載されており、下からのぞくとまったく凹凸のないフラットな面が見えた。
エクステリアデザインは、一見して新しさを感じる。ゴルフや「ポロ」などの実直なイメージから意図的に離れようとしているのだろう。リアクオーターの複雑な面構成は躍動感と優婉(ゆうえん)な印象を作り出していて、従来モデルとははっきりと一線を画している。ID.シリーズは、新世代フォルクスワーゲンのブランドイメージを先導していかなければならないのだ。
内装も新鮮だ。過剰な装飾を排しているところはいつもどおりだが、温かみと未来感を両立させているのが面白い。ブラウンの人工皮革とグレーの起毛素材の組み合わせにシルバーのアクセントを効かせている。前方視界がいいことで開放感が得られるうえに、運転席まわりは実際に広々としている。センターには大型のモニターが備わるが、メーターパネルはシンプルだ。シフトセレクターがステアリングコラムの右側に配置されるのは「ヒョンデ・アイコニック5」と同じ。センターコンソールが空いたことでドリンクボトルは入れ放題だ。
サイドウィンドウの開閉ボタンは2つだけで、リアを操作する際には前後切り替えスイッチにタッチする方式。合理性を極めて無駄なものは極力排除するという明確な方針がみえる。カーナビは設定されておらず、スマートフォンと連携することが前提となっている。試乗時にはタイプAのコネクターしか持ちあわせていなかったので、タイプCに統一されているポートに接続できなかった。EUでは2024年までにスマホにタイプCを採用することが義務づけられ、もうすぐタイプAは役たたずになる。
インパクトよりナチュラルさ
シフトセレクターの下にボタンがあり、「START/ENGINE/STOP」と記されている。もちろんエンジンは搭載されていないのだが、今までのパーツを流用することでコストダウンを図っているのだろうか。理不尽だと感じるならボタンを押す必要はない。ブレーキを踏むとシステムは始動した。
日本で発売されたID.4は2グレード。容量52kWhのバッテリーと最高出力170PSのモーターを持つ「ライト ローンチエディション」と、77kWhのバッテリーと204PSのモーターを搭載した「プロ ローンチエディション」である。試乗したのはプロ ローンチエディションで、一充電走行距離はWLTCモードで561kmだ。東北自動車道の佐野ICで受け取ったときは、充電が80%で走行可能距離が295kmと表示されていた。目指すのは約90km先の霧降高原。山登りのルートで、EVにとっては試練の道である。
走りだすと、まるで違和感がない。外観や内装デザインは新世代志向なのに、乗り味は至って普通なのだ。EVらしさを意図的に抑えているように感じる。モーターの瞬発力をそのまま使うのではなく、内燃機関車とあまり変わらないマイルドな方向にしつけているようだ。e-ゴルフはもう少し電動車の特性を感じさせる方向だった記憶がある。ファーストモデルでは爪痕を残すための演出を仕掛けるのが常道である。本格的なEV計画の策定にあたっては、フォルクスワーゲンというブランドの方向性をあらためて考えたのだろう。広いユーザーに向けたモデルなのだから、インパクトよりナチュラルさを優先すべきなのだ。
e-ゴルフと大きく異なるポイントがある。e-ゴルフが前輪駆動だったのに対し、ID.4は後輪駆動なのだ。正反対なのに、さほど違いは感じられなかった。発進ではトルクの伝達に有利なはずだが、それを強調してはいないようだ。とはいえ、街なかで狭い道を走っていて取りまわしのよさを感じたのは、前輪のキレ角の大きさが影響したのかもしれない。山道のコーナリングでオーバーステアになるようなことはもちろんなく、落ち着いた動きを示す。
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充電要らずのドライブ
高速道路ではアダプティブクルーズコントロールやレーンキープアシストがいい働きをした。反応の俊敏さは、モーター駆動のメリットである。EVにはもうひとつアドバンテージが期待される。重いバッテリーを積むことで重心が低くなり、安定感が増して快適な乗り心地が得られるはずなのだ。しかし、この点に関しては残念な気持ちになった。高速巡航でのフラット感は乏しく、低中速でも路面の悪いところでは突き上げが大きかった。
ドライブモードが選べるようになっていて、ワインディングロードでは「スポーツ」モードを試してみた。少しばかりパワー感がアップしたようだったが、目の覚めるような加速が得られるわけではない。上り坂で加速を続ければ、バッテリーはすぐに空になってしまう。特にエコ運転を心がけることもなく普通に走り、目的地に到着すると充電が71%で走行可能距離が240km残っていた。悪くない数字である。
撮影を終えて山を下る際には、回生機能を使ってバッテリー回復を試みた。シフトセレクターをもう一度前に回すと「B」レンジになり、自己発電能力が向上する。日光の市街地まで降りると、走行可能距離は278kmまで戻っていた。webCG編集部までは180kmだからそのままでも帰り着くことはできそうだが、念のために充電を行うことにする。
フォルクスワーゲンではポルシェやアウディと「プレミアムチャージングアライアンス(PCA)」を組んで専用の充電ネットワークを利用できる仕組みがあるが、このときはまだサービス開始前。街の充電所を探し、出力40kWの充電器を35分間使うと走行可能距離は384kmに。高速道路を走って314kmまで減った蓮田サービスエリアで再度40kW、30分の充電を行うと417kmまで回復。webCG編集部に到着した時点で、まだ384km残っていた。次の日にまたこのクルマを使う予定があるというので2回充電したが、帰宅して夜間に普通充電ができる環境ならばその必要はなかった。ちょっとしたドライブなら、充電の心配をせずに出かけられそうである。
2017年から5年、EVの進化は著しい。自家用車として選択することにためらいは薄れ、購入を考える人は増えているだろう。先進性を前面に押し出したアイオニック5、イタリアンな楽しさを満喫できる「フィアット500e」といったEVが登場しているなかで、ID.4はフォルクスワーゲンらしい穏健で保守的なモデルだった。SUVという主流の車型で実用性と安定性を追求したEVであり、「いいゴルフ」になる資質を備えている。
(文=鈴木真人/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
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テスト車のデータ
フォルクスワーゲンID.4プロ ローンチエディション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4585×1850×1640mm
ホイールベース:2770mm
車重:2140kg
駆動方式:RWD
モーター:交流同期電動機
最高出力:204PS(150kW)/4621-8000rpm
最大トルク:310N・m(31.6kgf・m)/0-4621rpm
タイヤ:(前)235/50R20 100T/(後)255/45R20 101T(ハンコック・ヴェンタスS1 evo3 ev)
交流電力量消費率:153Wh/km(WLTCモード)
一充電走行距離:561km(WLTCモード)
価格:636万5000円/テスト車=638万7000円
オプション装備:フロアマット<テキスタイル>(2万2000円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:2042km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:768.0km
消費電力量:--kWh
参考電力消費率:5.8km/kWh(車載電費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。