“トヨタの顔”が人知れずピンチに 「プリウス」に一体何があったのか?
2022.12.07 デイリーコラムいつまでハイブリッドをつくるんだ
5代目となる新型「プリウス」は2022年11月16日にワールドプレミアされた。新型プリウスはとてもスタイリッシュだが、ハイブリッド専用の5ドアサルーンというクルマの基本構成に変わりはない。デザインはかなりインパクトがあるものの、クルマ自体はいわゆる正常進化。まあ、プリウスといえば“トヨタの顔”ともいうべき存在なわけで、正常進化なのはしごく当然か……。
と思っていたら、そのワールドプレミア発表会に登壇したトヨタのデザイン担当シニアゼネラルマネージャーのサイモン・ハンフリーズ氏は「いま、BEV(バッテリー電気自動車)が注目を集めるなか、この言葉を聞かない日はありません。『いつまでハイブリッドをつくり続けるんだ……』」という、やけにネガティブなくだりからスピーチをはじめた。
さらに、そのスピーチのなかには「タクシー専用車にしてはどうか」とか「OEM車として、他メーカーからも販売してはどうか」など、新型プリウスの企画初期段階における豊田章男社長の発言も明かされた。また、開発責任者の大矢賢樹氏は同日、報道陣の質問に答えて「BEVという選択肢も考えた」とも語った。
こうした発表会での発言の数々を聞いて「プリウスはいつの間に、崖っぷちの存続の危機におちいっていたのか?」と驚いた。
販売台数に見る危機的状況
プリウスの最大の個性といえば、皆さんご承知のとおり、ハイブリッド専用車であることだ。しかし、その個性は今後急速に薄れていくことは間違いない。国内ではトヨタ以外も含めて、ハイブリッドしか用意されない車種がどんどん増えている。今後の各国の環境規制を見るかぎり、近い将来に世界のクルマは“最低でもハイブリッド”になり、その上にBEVが位置づけられるのは必至の情勢である。このままではプリウスが、あえて“エコカー”と呼ばれるようなクルマでなくなる日は近い。
プリウスは販売台数もじつは厳しい。先々代にあたる3代目プリウスが、リーマンショックを機に導入された“エコカー減税”を追い風に、日本で売れまくった。その3代目プリウスは発売された2009年から2012年まで、4年間にわたって国内登録車販売ランキング1位に君臨。その後も4代目に切り替えられる2015年末まで2~3位をキープした。
続く4代目=先代も前衛的なデザインに賛否は分かれたものの、発売直後の2016年と翌2017年は安定の1位を獲得。2018年には3位に落ちたものの、2019年はマイナーチェンジ効果で、きっちり1位に返り咲いた。しかし、続く2020年には12位に急落。2021年は16位とさらに落ち込んでしまっている。
この現象は国内にとどまらない。北米でのプリウス販売のピークは3代目時代の2012~2014年で年間20万台を超えていたが、その後は徐々に減少。2016年に新型にフルモデルチェンジしても、台数自体は右肩下がりが続いた。2021年はさすがにコロナにあえいだ2020年よりは上がっているが、6万台には届かず。2019年以前の水準には戻っていない。
欧州もしかり。欧州での全盛期は2代目から3代目にかけた2008~2010年で年間4万台をオーバー。続く2011~2012年も2万台以上を維持したが、その後は減少。4代目が登場した2016年は巻き返すものの、年間2万台に達することはなく、それ以降は3代目のモデル末期以上のペースで落ち込んでしまっている。2021年には3000台を割った。
唐突ではない「タクシー専用車に……」発言
こうしてハイブリッドを取り巻く環境や、販売台数の推移を見ると、プリウスの将来は安泰とはいいがたい。トヨタや開発陣が危機感をにじませるのも理解できる。ただ、こうして世界のクルマが“最低でもハイブリッド”になりつつあるということは、プリウスは世界初の量産ハイブリッドカーとして、歴史的役割をまっとうしたともいえる。
また、章男社長の「タクシー専用車に……」という発言に唐突感を抱く向きも少なくないかもしれないが、よくよく考えると、これも理にかなったものだ。その発言の背景には「エコカーは普及してこそ」というトヨタの基本思想に加えて、今のトヨタにタクシーにちょうどいいセダンがプリウス以外に見当たらないという現実もある。プリウスは2代目以降リアゲートを持つ5ドアではあるが、クルマのつくり、トヨタ内部の位置づけとしてはあくまでサルーン≒セダンである。
現在のトヨタは「ジャパンタクシー」という小型スライドドアワゴンのタクシー専用車を用意する。しかし、運転手やタクシー会社の好みもあり、まだ現役で大量に走っている「コンフォート」および「クラウンコンフォート」に完全に取って代われるか……というと、微妙なところはある。となると、ジャパンタクシーよりひとまわり立派なタクシー専用車が必要かもしれない。その場合、ジャパンタクシーとの差別化のためにも、伝統的なサルーン形式にする手もあるが、それには「カローラ」は小さすぎるし「カムリ」は大きすぎる。
いずれにしても、当のプリウスは危機感をにじませつつも、その活路をタクシーに見いだしたわけでもないし、「自分の役割は終わった」と消えるつもりもまだまだないらしい。そのかわり、新型プリウスはフロントウィンドウが「ランボルギーニ・カウンタック」ばりに傾斜したスタイリングになり、性能面では「燃費はあえて先代なみでよしとして、そのぶん加速性能を引き上げた」という。もしかしてプリウスはエコカーからスポーツカーに転身するつもりだったりして?
(文=佐野弘宗/写真=トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。