ベントレー・コンチネンタルGTマリナーV8(4WD/8AT)
凝縮された名門の美意識 2022.12.21 試乗記 16世紀に創立された英国のコーチビルダー「Mulliner(マリナー)」。その伝統と格式のある名を冠する「ベントレー・コンチネンタルGTマリナー」に試乗した。こだわりの素材とデザインによって仕立てられた2ドアクーペは、ぜいたく極まりない至高の一台だった。マリナーには3つの柱がある
コンチネンタルGTマリナーの車名は、ベントレー社内ブランドともいえるベントレーマリナーに由来する。
マリナーはもともと16世紀に馬車製造業者として創業したが、20世紀に入るとH.J.マリナーとして自動車架装業者=コーチビルダーに転身する。自動車の創成期にはベアシャシーを自動車メーカーがつくり、そこにコーチビルダーが顧客の要望に合わせて上屋を架装して、1台のクルマとして完成させるのが普通だったからだ。
H.J.マリナーは早くからロールス・ロイスを手がけて英国随一のコーチビルダーとして名をはせた。1960年代初頭になると、同じくロールス・ロイスの架装で知られるパークウォードと合併してマリナーパークウォードとなり、そのまま、当時ベントレーと一体だったロールス・ロイスの社内コーチビルダーとして傘下に入った。
その後は社内コーチビルダーとして活動するも、1990年代初頭にはロンドン郊外の専用工場も閉鎖。さらに、マリナーパークウォードが独自にボディーを手がけるモデルも2000年を前にほぼ姿を消す。また、1998年にロールス・ロイスの名がBMWグループにゆずられて以降、マリナーの名はベントレーのもとに残って、ときおり限定車や特別仕様車に名前が使われてきたのはご記憶のとおりだ。
ベントレーは現在、この伝統のコーチビルダーをあらためて有効活用しようとしており、マリナーのブランドで大きく3つの事業を展開しはじめている。ひとつが1台からのカスタマイズも請け負う“コーチビルド”で、その第1弾が2020年に世界12台限定で発売された「バカラル」だった。2つめの“クラシック”事業では、1939年式の「コーニッシュ」を復元したり、約100年前の「ブロワー」を復活・継続生産したコンティニュエーションシリーズなどを手がけたりしている。
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そのセンスには素直に脱帽
そんな新生マリナーの3つめの柱が“コレクション”である。これはいわばベントレーのカタログモデルをベースとした事業で、車体カラーからレザーやステッチの組み合わせ、特別な加飾パネルから特注装備など、これまで以上に自由度の高いカスタマイズ(英国流にいうとビスポーク)メニューを提供するという。また、コレクション事業には「ベントレーのラグジュアリーさに焦点をあてた派生モデルの製造」も含まれており、今回のコンチネンタルGTマリナーがその1台なのだ。
というわけで、試乗車のハードウエアは、おなじみコンチネンタルGTのV8モデルそのもの。しかし、その内外装備は伝統の職人技による贅(ぜい)が尽くされた仕立てとなっている。
エクステリアで目を引くのは、新生マリナーを象徴するためにデザインされた「ダブルダイヤモンドグリル」である。これはベントレー特有のキルティングパターン「ダブル・イン・ダイヤモンド」にヒントを得たものという。
ポリッシュ仕上げと塗装をからめた22インチホイールもマリナー専用だが、超絶敏感な人なら、そのホイールを含めた複数の外観写真を見て、センターのハブキャップにある「B」のロゴがすべて正立していることに気づいたかもしれない。これは中央部分がフリー回転して重りによって正立し続けるセルフレベリングタイプのキャップで、ロールス・ロイスではお約束のアイテムだが、他のメーカーが標準装備する例はめずらしい。
グリルやホイールのほかにも、エクステリアには精緻なメッキ部品が随所にあしらわれる。ただ、たとえばドアモールがきらびやかなクロームメッキなのに対して、ウィンドウモールやドアミラーカバーはツヤが控えめのマット調となるなど、同じシルバーメッキでも細かく使い分けるセンスには素直に脱帽である。
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細部まで凝りまくった使い分け
内装でマリナー特有なのはセンターコンソールのアルミパネルだ。精密機械加工でダイヤモンド柄を表現した「ダイヤモンド・ミルド・テクニカルフィニッシュ」というそうだが、ていねいに磨きこまれた手ざわりがたまらない。そこにブラックのウォールナットパネルを組み合わせるのもマリナー流だそうだ。
ヒシ形を重ね合わせたダブル・イン・ダイヤモンドのキルティングはマリナー専用ではない。ただ、ダイヤモンド1個あたりに712本のステッチが入っており、それぞれのステッチはダイヤモンドの中心を正確に指すように縫われている。そんなパターンがシートからドアトリム、さらには後席コンソールにまで、これでもかと繰り返されており、この1台だけで約40万針のステッチを要する……という秘話を知ると、ありがたみが何倍も増す。
ステアリングやシートの「ホットスパー」と呼ばれるレッド以外のレザーはほぼグレーで統一されているのだが、そのグレーもダッシュボード上端とセンターコンソールでは色合いが異なっている。さらにはその「メインハイド」と「セカンダリーハイド」の間を取り持つかのように、ダッシュボードやドアポケットのエッジ部分には、シルバーがかったこれまた別色のレザーが使われる。こういう細部まで凝りまくった使い分けなのに、視覚的にはまるでうるさくないのが素晴らしい。
繰り返しになるが、マリナーといえどもハードウエアに特別なところはない。今回も走らせれば、コンチネンタルGTとしては基本形ともいえるV8クーペそのものだ。
筆者の個人的な話で恐縮だが、『webCG』でコンチネンタルGTに試乗させていただくのは、この2022年だけで3回目になる。しかも、7月の「V8コンバーチブル」、9月のW12の「スピード」に続いて、今回はV8の「クーペ」。バリエーションに富んでいるのもありがたい。
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唯一引っかかるのは?
あらためて1年のうちに3台を経験させていただくと、今回のV8のクーペがもっとも機動性に富むコンチネンタルGTなのは間違いない。車検証の前軸重量を比較すると、コンバーチブル比で100kg以上、W12と比較すると160kgも軽いのだから当然か。
コンバーチブル単独ではその高い剛性感に目を見張ったが、クーペは確実にその上をいく。スピードでは12気筒のフロントエンジン車でありながら意外なほどノーズヘビー感が薄くて驚いたが、やはりV8のほうが圧倒的に鼻先の軽い動きをする。ターンインがいかにも素直で軽快で、FRベースとなった現行コンチネンタルGTの美点が際だつのだ。
アクティブエアサスペンションと可変ダンパー、48Vの電動スタビライザーを組み合わせたフットワークも、このV8クーペがもっとも完成度が高い。「コンフォート」や「ベントレー」モードでは、やんごとなき乗り心地を披露しつつ、「スポーツ」でも快適性はほとんど損なわれない。
V8ツインターボも単独では優秀さが印象的だが、どこまでも滑らかなW12ツインターボと比較すると、ブロロロローというV8特有の振動がどことなく不良っぽくて、そこが逆にいとおしく思えてくる。トルク増幅効果も期待できないDCTとの組み合わせなのに、ターボラグめいたレスポンス遅れがほとんど感知できない。その徹底してリニアなパワーフィールにもあらためて感心した。
今回のコンチネンタルGTマリナーは、その走りといい、内外装の仕立てといい、現代ベントレーの美点がすべて詰まったクルマといっていい。個人的に唯一引っかかるのは“マリナー”という呼び名だけだ。そのつづりは“MULLINER”で、イギリスの現地発音に近いマリナーが現在の正式なカタカナ表記となっている。しかし、少なくとも1990年代のロールスとベントレーが一体だった時代までは、日本では「ミュリナー」だったよなあ……と、50代半ばの年齢だけはベントレー顧客層ど真ん中であるクルマオタクオヤジは、思いをはせるのだった。
(文=佐野弘宗/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
ベントレー・コンチネンタルGTマリナーV8
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4880×1965×1405mm
ホイールベース:2850mm
車重:2200kg
駆動方式:4WD
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:550PS(405kW)/5750-6000rpm
最大トルク:770N・m(78.5kgf・m)/2000-4500rpm
タイヤ:(前)275/35ZR22 104Y/(後)315/30ZR22 107Y(ピレリPゼロ)
燃費:12.1リッター/100km(約8.2km/リッター、WLTPモード)
価格:3710万円/テスト車:3834万1080円
オプション装備:ツーリングスペック(116万9900円)/バッテリーチャージャー<ソケット付き>(1万8830円)/ワイヤレスフォンチャージャー(5万2350円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:1056km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(5)/山岳路(3)
テスト距離:323.4km
使用燃料:47.8リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.8km/リッター(満タン法)/7.0km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。