メルセデスAMG SL43(FR/9AT)
生粋のスポーツカー 2023.02.25 試乗記 1954年に初代が誕生して以来、メルセデスの最上級オープンカーと位置づけられてきた「SL」。その新型たる「メルセデスAMG SL」は、乗るほどに優れた技術力を実感させる、極めて完成度の高いスポーツモデルだった。今度のSLも「最新=最強」
高平高輝さんも書かれていたように(参照)、戦後初のメルセデス製レーシングカーにしてスポーツカーだった初代の系譜を70年間も受け継いできたSLは、メルセデスの象徴であり、特別な存在である。
10年ぶりの完全刷新で通算7代目となる新型SLは、高性能スポーツ専業ブランドである「メルセデスAMG」を名乗り、設計開発もAMGが担当。AMGの最速スポーツカーといえば「GT」であり、そのGTにもオープン2座の「GTロードスター」が用意される。では、新型SLはそのGTロードスターのスキンチェンジ版、あるいはディチューン版かというと、そうではない。
新型SLの骨格構造には、先代からはもちろん、GTからの流用部品も皆無だそうだ。というか、この新型SLの骨格こそが、この2023年にも姿を現すとされる次期GTのベースとなるらしい。それもあって、新型SLの車体はGTロードスター比で、ねじり剛性で18%、曲げ剛性で40%、じつはステアリングレスポンスに最も強く影響するという横曲げ剛性で50%も高い。SLは登場した時点で最新・最強であることが宿命づけられてきたが、今回の新型も例外ではないということだ。
新型SLのもうひとつのハイライトは、もはやSLの代名詞にもなっていた電動格納メタルトップを4代目以来、3世代ぶりに捨てて、伝統的なソフトトップに回帰したことだ。
ちなみに、最新スーパースポーツカーでは、見た目はソフトトップでも実際は分割パネルが内蔵(されていて、クローズ時は前後が剛結)されるタイプも多いが、新型SLのそれはZ字に折りたたまれる伝統的な構造である。しかし、トップを上げたときの“パンッ”とタイトに張って美しく、小ぶりにまとまった形状は、それが骨組みに布を張った伝統的構造だと考えると、素晴らしいデキというほかない。
驚異の“硬さ”と“しなやかさ”
というわけで、まずはそのソフトトップを上げたクローズド状態で走りだす。初代「300SLロードスター」にインスパイアされたというインテリアデザインは、ハードなスイッチ類を極限まで省いたシンプルなものである。後席が設けられたのも、ソフトトップと同じく4代目(ただし、当時の正規日本仕様は2人乗りのみ)以来のことだが、当時のリアシートはオプション。標準仕様としてSLが4人乗りになったのは今回が初である。正直いって大人は足を踏み入れることすら遠慮したくなるせまさだが、荷物置き場としては素直に便利だ。
新開発アルミスペースフレーム車体の剛性感は非常に高い。オープンカーにありがちなステアリング周辺の振動も皆無といってよく、走行中はミシリともいわない。連続可変ダンパーには「コンフォート」「スポーツ」「スポーツプラス」という3つのモードがあるが、どのモードを選んでも基本的に引き締まった俊敏な身のこなしであるところに、SLはやはり生粋のスポーツカーとしてつくられていることを再確認する。
先代のようなメタルトップや昨今のパネル内蔵トップと比較すると、走行中のロードノイズが少し気になるのは事実ではある。しかし、オープンスポーツカーとは、そもそもそういうものだ。しかも、純粋なソフトトップとしては、新型SLのそれはすこぶる静かな部類に入るし、強風下を120km/hで駆け抜けてもいっさいバタつかないのは素直に感心する。
どのダンピングモードを選んでもスポーツカーらしいタイトな乗り味なのは前記のとおりだが、いっぽうでコンフォートモードの乗り心地には落ち着きがあり、スポーツモードはさらに俊敏になるが、しなやかさも確実に残される。もっとも硬いスポーツプラスモードだと、少しドスドスするが、それでも揺すられるような上下動はない。いずれにしても、硬いけどしなやか。その高精度な調律や剛性感は“いいクルマ”としかいいようがない。
トップの上げ下げで味が変わる
続いてトップを下げる。トップの作動時間は片道で約15秒、車速60km/hなら走行中も開閉可能だ。ロードスター本来の開放的な姿になった新型SLも、相変わらずしっかりとした肌ざわりではあるが、いっぽうで、クローズ時の圧倒的な剛性感から味わいが変化するのも否定できない。
ステアリングレスポンスは明確にマイルドになり、荒れた路面では上屋の動きが少し大きめになる。これは新型SLのトップが、一般的なソフトトップでありながら、想像以上に高剛性な構造体になっているからだろう。いずれにしても、新型SLはトップの上げ下げで、意外なほどの二面性を見せる一台だ。
しかし、トップを上げたクローズ状態と比較して、オープン状態での走りが純粋に劣るのかというと、そうではない。もちろん、運転操作に対するクルマの反応はゆったりしたものになるのだが、その走りの印象が“鈍い”ではなく“上品”になるのがすごい。
これはお世辞ではない。上屋の動きが大きくはなるのだが常に抑えは効いているし、ステアリング周辺にわずかな振動が看取できるようになるが、そこにはしっかり潤いがある。つまり、車体全体にえもいわれぬ“減衰”が効いているのだ。こういう味わいは偶然にできるものではない。おそらく高度に計算された設計と調律によるものだろう。
また、前後のグリップバランスが安定一辺倒でないところも、好事家心をくすぐるポイントだ。アクセルを積極的に踏みながら曲がっていくと、新型SLは前後がほどよくバランスした軽快な旋回姿勢となる。そこまでの過程は、クローズドだとしっかりと安定しながらもいかにも鋭い。対して、濃厚な接地感を伴いながらジワリとクリッピングを射るオープンの走りは、軽快ながらも安心感が高い。
事務的ながらデキるエンジン
メルセデスSLといえばV8あるいは12気筒という固定観念がある50代オヤジの筆者としては、この2リッター4気筒には違和感というか、一抹のさみしさをおぼえるのは否定しない。しかし、それはF1技術をダイレクトに投入した初の市販ユニットという触れこみだ。ターボチャージャーの排気側タービンと吸気側コンプレッサーの間に挟み込まれた約4cm厚のモーターが、あのアクセルを踏んだ瞬間の宿命的な過給ラグを解消するという。
もっとも、エンジン自体のフィーリングは誤解を恐れずにいえば、少しばかり事務的である。サウンドもいかにも4気筒らしく、そこにいろいろな制御によるものか無機質な電気的ノイズが加わったものだ。ただ、切れ味バツグンの9段「MCT」がそこに少しだけハナを添えてくれるのが心地よい。
381PS、480N・mという最高出力と最大トルクも、同じメルセデスAMGの「A45 S」の421PS、500N・mと比較すると“ちょい落ち”ではある。なので控えめと錯覚しがちだが、いずれにしても、2リッターとしては他社ではほとんど例を見ない超ハイチューンなのだ。
A45 Sのエンジンはいかにも絞り出す感覚だが、F1直系のモーター内蔵ターボにベルト駆動のマイルドハイブリッドも追加した新型SLのそれは、冷静かつ事務的、なんら神経質なそぶりも見せず粛々と働く。いかにアクセルをオンオフしても、なるほどラグめいた“間”がまるでない。考えてみれば、A45 Sと大差ない超ハイチューンエンジンで、A45 Sより約100kg重い車体をこれだけ速く走らせる新型SLのほうが、仕事の内容としては過酷といえる。
新型SLのパワーユニットは表面的には事務的でも、いやだからこそ、やっていることは逆にすさまじい。それに加えて、素晴らしくよくできたソフトトップといい、車体やシャシーの見事な完成度といい、SLはいつの時代も、メルセデスの技術力を見せつける、やはり特別でハンパないクルマである。
(文=佐野弘宗/写真=花村英典/編集=関 顕也)
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テスト車のデータ
メルセデスAMG SL43
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4700×1915×1370mm
ホイールベース:2700mm
車重:1780kg
駆動方式:FR
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:9段AT
エンジン最高出力:381PS(280kW)/6750rpm
エンジン最大トルク:480N・m(48.9kgf・m)/3250-5000rpm
モーター最高出力:13.6PS(10kW)
モーター最大トルク:58N・m(5.9kgf・m)
タイヤ:(前)265/40ZR20 104Y XL/(後)295/35ZR20 105Y XL(ミシュラン・パイロットスポーツ4 S)
燃費:10.8km/リッター(WLTPモード)
価格:1648万円/テスト車=1662万5000円
オプション装備:ヘッドアップディスプレイ(14万5000円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:1486km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(5)/山岳路(4)
テスト距離:580.0km
使用燃料:67.9リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.5km/リッター(満タン法)/8.8km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。