第798回:俺たちの「ミト」! イタリアの若者が熱くなる理由
2023.03.09 マッキナ あらモーダ!スーパーの駐車場で突然に
日本でも2023年1月に発売されたSUV「アルファ・ロメオ・トナーレ」。筆者が住むシエナの街なかでも数日に1台といった感じで見かけるようになってきた。自動車業界団体UNRAEによれば2023年1月のイタリア国内登録台数は1129台で、全体の32位であった。
いっぽう、セグメントBの3ドアハッチバック車「ミト」は、2018年にカタログから消え、気がつけば5年がたとうとしている。今回はそのミトの愛好家にまつわるお話である。
2023年2月末、シエナ郊外にあるスーパーマーケットの駐車場でのことだ。渋めながら大胆なカッティングシートが施されたミトを発見した。リアウィンドウには「ALFA MITO CLUB SIENA」とサインが貼られていた。
間もなくオーナーの青年が買い物を終えて戻ってきた。こちらが何者であるかを明かすと、アリンと称する彼は、クラブのリーダー役であることを教えてくれた。さらに、その週末にはわざわざ筆者のために仲間を呼び寄せてくれるという。ありがたい話だ。
「路上勧誘」も実施中
ところが約束の前日になって、問題が浮上した。集合場所の選定に関してだった。雨の予報が出ていたので、地下駐車場で撮影しようということになっていたのだが、アリン君が「やっぱり難しいかもしれない」と言い出したのである。数々のエアロパーツを装着しているために、出入り口のスロープを通過できないことが判明したのだ。電話で連絡を取り合い、地下駐車場の外にある駐車場に決まったのは、撮影直前のことだった。
約束の夕方4時、アリン君は他の3台を先導するかたちで登場した。
まずはクラブ設立の経緯から話してもらう。アリン君は1996年生まれ。普段は金属関係の工場に勤務している。免許を取得後、最初は生まれ年に限りなく近い「オペル・アストラ」(1997年)に乗っていたが、「ありとあらゆる故障にさいなまれて」愛想を尽かした。その後、現在の愛車である2013年式「ミト1.4ターボ135HP」を、フォード系ディーラーの中古車コーナーで見つけた。
当初は近所の若者が他ブランド車でやっているのを手本にチューニングを楽しんでいた彼が、クラブ結成に動いたのは1年半くらい前のことだった。「ボクの元カノを通じて、エリック(後述)がミトに乗っていることを知ったんだ」。
2人に影響されて中古のミトを購入する知り合いが現れ、仲間が増えていった。目下、メンバー数は7~8人といったところで、仲間を増やすべく、常に目撃情報を交換している。「街なかでミトを見かけて、呼び止めることもあるよ」とアリン君は語る。かなり積極的な勧誘活動だ。
数々の個性的な出会い
他のメンバーが語る、ミトとの出会いも個性的だ。
エリック君(2000年生まれ)は、4つ星ホテルのレセプション係だ。「19歳のとき、初任給で買ったのが、この『ミト1.4 105HP』だったんだ」。
3カ月の捜索ののち、フィレンツェで見つけた個体だった。「元オーナーは女性で、妊娠を機に、子どもを乗降させにくい3ドアのミトを手放すことにしたんだよ」
赤のレザー内装にひと目ぼれして即決した。
2014年式「1.3ディーゼル85HP」のオーナーで、警備員とホテル勤務を掛け持ちするヴィジェイ君(1998年生まれ)がミトを知ったきっかけも興味深い。「中学生時代、マックス・ペッツァーリというシンガーが歌う『Sei un mito(キミは伝説)』というカンツォーネが好きだったんだ。だから免許を取ったらすぐにミトを買ったんだよ」。
自動車整備工として働くガブリエレ君(1999年生まれ)は、免許取得直後は母親の「トヨタ・アイゴ」(筆者注:チェコにあるPSA<現ステランティス>との合弁工場製欧州専用車)に乗っていた。しかし「1.4ターボ仕様のミトと決めてインターネットで丹念に捜索したんだ」。ようやく見つけたのは隣州ウンブリア州のペルージャで販売店にあった2009年式だった。お気に入りは「ネロ エトナ」といわれるメタリックカラーだ。ブラックだが、強い光の下では深い赤に光る。「もともとその塗色だったけど、あえてリペイントしたよ」。
情熱と堅実さと
アリン君は自分たちを、「カーアクション映画『ワイルド・スピード』の登場人物のようなバガボンド(放浪者)だから」と謙遜する。だがミトを愛好する理由を聞いてゆくと、実は彼らが極めて堅実であることが分かってくる。
アリン君は続ける。「ボクたちは同じ境遇だったんだ。つまり親の脛をかじってクルマを買えなかった」。自分の稼ぎだけが頼りだったのだ。「そうしたなか、ボクたちの目に十分個性的に映り、イカしていて、かつ値段が手ごろなクルマを探したら、自然とミトに行き着いたんだよ」。
参考までに2023年3月現在、欧州を縦断する中古車検索サイト『オートスカウト24』でイタリア国内のミトを調べてみると、最安は走行20万kmのディーゼル仕様で4290ユーロ(約62万円)の車両がある。いっぽう、この国では走行距離が少ない部類に入る4万km台だと1万1000ユーロ(約169万円)といったところだ。
念のため第792回で協力してくれたステランティス系中古車センターに赴き、セールスパーソンのアンドレア氏に聞いてみた。彼は「今でも3人くらい『ミトの出物があったら知らせてほしい』というお客さまを抱えていますよ」と教えてくれた。それなりに人気が継続しているようだ。
加えてアリン君は「もともとエンジンのサウンドやエキゾーストノートもいい」と語る。彼の場合、さらにそのクオリティーを上げるべく、排気系をマニエッティ・マレリ製に換えている。
メンバーからは、「サッシュレスのドアがいい」といった細部への指摘も聞かれた。さらに「いずれも価格比で考えればよい設計のプラットフォームで、3つの走行モードが選択できる『アルファD.N.A.システム』に代表される装備が豊富なのも魅力」という声も挙がった。
純正パーツが豊富なこともチャームポイントだという。「1.4リッターエンジンは、より高価だが、より高性能なアバルト系パーツが流用できるのがうれしい」とアリン君は語る。
同時に社外品にも事欠かない。彼らによると、ミトの「マルチエア」エンジンには急所がある。それはバルブ調整装置の故障で、今回集まってくれた4人中、ディーゼルに乗るヴィジェイ君以外の全員が経験していた。「正規ディーラーに見積もりを依頼したら交換部品のみ・工賃別で3000ユーロだったけど、社外品は1000ユーロ(約14万5000円)だよ」とアリン君は証言する。
余談だが、ミトには2気筒0.9リッターの「ツインエア」仕様も存在した。かつて試乗したことがあるというガブリエレ君に感想を聞けば「まさに『(フィアット)パンダ』だったよ」と笑った。
ともあれ総括すれば、今日の若者が手ごろな価格で入手でき、格好よく、かつパワーアップ&ドレスアップ用パーツが豊富であるところが、ミト最大の魅力なのだ。
切に実現を願うドライブ
最後に、アルファ・ロメオに言いたいことは? と彼らに聞くと「『GTA』(筆者注2009年のジュネーブモーターショーに展示された1.75リッター・240HPのコンセプトカー)を発売してほしかった」という声が挙がった。
同時に「ボクたちは小さく、軽くて、スポーティーなクルマが好きなんだ。ミトや『ジュリエッタ』のようにコンパクトで手に入りやすかったアルファ・ロメオは、より若者好みで、かつ年配層の街乗りにも便利だったはずだ」という意見も。
アルファ・ロメオだけでなく世界のプレミアムブランドは、より収益性の高いSUVに注力するようになって久しい。だが、将来有望なカスタマーとなる、彼らミレニアル世代やZ世代の意見を聞いておくのは無駄ではなかろう。
ところで前述のオーナーのひとりであるエリック君は、伊英露西仏独語に加えてハンガリー語も話すマルチリンガルだ。聞けば、母親とともにイタリア在住11年のウクライナ人であった。夢は、故郷で待つ父に、ミトをひと目見せることだという。「往復で2600kmの旅だよ」と教えてくれた。エリック君の祖国に早く平和が訪れ、そのツーリングが実現できることを願わずにはいられなかった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。