メルセデス・ベンツA180セダン(FF/7AT)
軽快でさわやか 2023.05.16 試乗記 長年メルセデスの屋台骨を支えてきた「Cクラス」に迫る販売台数を誇る最新世代の「Aクラス」。マイナーチェンジしたエントリーモデル「A180セダン」のステアリングを握り、進化と仕上がり、そして人気の秘密をあらためてチェックした。メルセデスの売れ筋モデル
現行型で通算4世代目にあたるAクラスといえば、今も昔も、メルセデス・ベンツブランドでもっとも手ごろなエントリーモデルという位置づけである。ただ、フロアが2階建てとなる、独特のパッケージレイアウトだった初代~2代目はちょっと特殊な存在といえなくもなかった。実際、2代目の国内売り上げなどは、基本骨格を共有する「Bクラス」にゆずる状態だったから、エントリーモデルという役割を完全に果たしていたとはいいがたい。
しかし、それまでとは別物の一般的なFFレイアウトに脱皮してセダンも追加された3代目からは、Aクラスは一躍、メルセデス屈指の人気モデルとなった。
ところで“日本でもっとも売れるメルセデス”の座はすでに10年以上、基本的にCクラスの定位置である。しかし、2013年から2022年の10年間で、国内の年間販売でCクラスがメルセデス1位でなかった年が3回だけある。そのうちの2回で1位となったのはほかでもないAクラスなのだ。最初は先代の発売年だった2013年度、次が現行型の実質発売2年目となった2020年度である。ちなみに、残る1回が続く2021年度の「Gクラス」というのも、なかなか驚きの事実だが……。
それはともかく、Aクラスは現行型になってから人気にさらに拍車がかかり、実質的な発売初年度(厳密には2018年12月からデリバリー開始)となった2019年度には、台数だけなら2020年度以上となる1万2946台を売り上げた。この年の1位はいうまでもなくCクラスなのだが、その差はわずか492台。さらに前記の2020年度をはさんだ2021年度もGクラスに次いでメルセデス2位になっている。
もっとも、Cクラスが新型になって、「GLA」や「GLB」にエントリーグレードが追加された2022年度は勢いが少し落ち着いた感があるが、それでもメルセデスでは4番手、海外ブランド輸入車全体でも19位の売り上げだった。
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実利的なアップデート
今回マイナーチェンジを受けたAクラスについてはwebCGでも何度も取り上げているが、基本デザインになんら手が入っていないのは、現行Aクラスが日本のみならず、世界的に成功しているからでもあろう。アウターのプレスパネルでは唯一、「パワードーム」と称するボンネットが変更点といえば変更点だが、これも厳密にいえば、カリスマモデル「AMG A45 S」のそれをAクラス全車に拡大適用しただけと考えてもいい。
それ以外はフロントグリルや灯火類もすべて内部デザインのみの変更で、スリーポインテッドスターをあしらったグリルメッシュや、横長に見せる灯火デザインなども、Aクラスうんぬんというより、メルセデスの最新モチーフに統一したにすぎない。
インテリアもしかり。センターコンソール上のタッチパッドが省略されたことは、ドアを開けて運転席に座った瞬間に気づく。しかし、これもまた、これまでが不評だったというより、他モデルと共通する最新ステアリングホイールの採用に伴う操作性のアップデートである。新しいステアリングホイールでは、スポーク部分にセンターディスプレイのタッチ式のコントローラーを内蔵したことで、コンソールのタッチパネルが不要になったからだ。
10.25インチが2枚ならんだディスプレイも、内部システムは自慢の「ARナビゲーション」が使えるようになるなどの最新バージョンとなっているが、パネル自体は変わりない。また、タッチパッドの跡地は正直たいした工夫もなく(失礼!)、単純に小物トレイとしてのへこみが成形されているだけである。それだけなのだがリモコンキーや、あるいは(キャッシュレス時代に適した)小さな財布や小銭入れなどを置くのにちょうどよく、意外なほど重宝したのは本当だ。
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エンジンはルノーとの共同開発
AMGではないAクラスの最新日本仕様には、エンジンがガソリンとディーゼルの2種類があり、車体形式もハッチバックとセダンという2種類がある。今回試乗したのはガソリンを積むA180のセダン。同じA180のハッチバックと比較すると、車重は10kgだけ重く、価格は7万円だけ高い。というわけで、ハッチバックとどちらを選ぶかは、実質的に好みだけの問題といっていいだろう。
Aクラスが積むガソリンエンジンは厳密には1331ccという排気量をもつ直列4気筒直噴ターボで、ご承知の向きも多いように、これはフランスのルノーとの共同開発品だ。「ルーテシア」「キャプチャー」「アルカナ」「メガーヌ」、そして「カングー」と、日本で買える大半のルノーに使われるほどの主力ユニットと基本的には同じエンジンである。
ただ、日本で販売されるルノー名義の同エンジンは最大トルクが240~270N・mというチューンなのに対して、今回のA180のそれは少し控えめな200N・mとなっているのが特徴といえば特徴だ。1370kgというA180セダンの車重は、ルノーでいうと240N・m版を搭載するカングーよりは軽いが、270N・mのメガーヌやアルカナとほぼ同等になる。
つまり、トルクウェイトレシオは同じエンジンを積むルノー各車よりは控えめだ。しかし、このエンジンはもともと他車同クラスより明確にトルキーでパワフル、しかも低速からフラットなトルク特性が身上である。A180も単独で乗るかぎりは積極的に“速い”と評したくなるくらいには力強い。変速機もディーゼルよりギアがひとつ少ない7段DCTだが、よほど無粋なアクセル操作をしないかぎり、ギクシャクすることもほとんどない。
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街なかで乗るならAクラス
燃費経済性ではもちろんディーゼルが有利だが、それ以外の部分については、少なくともAクラスでは今回のガソリンのほうに好印象の部分が多い。前記のように動力性能は十二分に活発であり、車重もガソリンのほうが100kg以上軽い。このクラスでこれだけの重量差があると、乗り心地や身のこなしは、このA180のほうが圧倒的に軽快でさわやかである。
現行Aクラスで新開発されたリアのトーションビームサスペンションも、以前の(というか、今も4WDでは使われている)独立マルチリンクよりグレードダウンといえなくもない。ただ、先代では乗り心地の評判があまり芳しくなかったこともあり、現行Aクラスの乗り心地が明確に快適になったのは間違いない。
「AMGラインパッケージ」が装着されていた今回の試乗車には、そのパッケージオプションのひとつとして、車高が標準より15mm低い(が、快適性は損なわれないという)「ローダウンコンフォートサスペンション」も装着されていたが、少なくとも良路での乗り心地は後席も含めて悪くなかった。さらにいうと、非公開の改良が施されたのか、あるいは個体差か、いずれにせよ、さらに少しだけ乗り心地が改善した気すらした。
圧倒的に小回りがきくのも、FFレイアウトとなっても変わらぬメルセデス伝統の美点だ。このクラスの17インチ(試乗車は18インチだったが)で5.0mという最小回転半径は、国産車を含めても優秀というほかない。
もっとも、Aクラスの乗り心地を正しく評価するには、この小回り性能を差し引く必要があるかもしれない。というのも、ざらついた舗装やうねりなど、路面状況が悪くなるとステアリング振動がいきなり大きくなり、乗り心地も素直に悪化して、その落差が同クラス競合車より大きい……というAクラス特有のクセは、今も完全には解消されていないからだ。しかし、せまい路地や駐車場に出くわすと、細かいことは忘れて「街なかで乗るならAクラスかなあ」と、最近すっかり面倒くさがりになってしまった筆者のような中高年オヤジは、思わず日和(ひよ)ってしまいそうになるのだ。
(文=佐野弘宗/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
メルセデス・ベンツA180セダン
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4565×1800×1430mm
ホイールベース:2730mm
車重:1390kg
駆動方式:FF
エンジン:1.3リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:136PS(100kW)/5500rpm
最大トルク:200N・m(20.4kgf・m)/1460-4000rpm
タイヤ:(前)225/45R18 91W/(後)225/45R18 91W(コンチネンタル・エココンタクト6)
燃費:15.4km/リッター(WLTCモード)
価格:505万円/テスト車=576万1000円
オプション装備:ナビゲーションパッケージ(31万9000円)/AMGラインパッケージ(39万2000円)
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:996km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(5)/山岳路(3)
テスト距離:409.7km
使用燃料:28.4リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:14.4km/リッター(満タン法)/14.7km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。