ポルシェ・タイカンGTS(4WD)
ひとつの完成形 2023.05.30 試乗記 いまやポルシェの代名詞たる「911」以上の台数を売り上げるまでに成長したピュアEV「タイカン」。最新の追加モデルにしてタイカンシリーズの中間グレードに位置づけられる「GTS」に試乗し、既存モデルとの違いやパフォーマンスをチェックした。満を持してGTSグレードを設定
ポルシェ車で初めて“GTS”の名称を用いたのは、1960年代に活躍した往年の名レーシングモデル「904カレラGTS」である。それを祖としてコンペティションとの関連性を示唆しつつ、そのラインナップのなかで特に熱い走りをイメージさせるのが、GTSのグレード名を与えられた各モデルということになる。
過去には「シリーズ最強の自然吸気エンジンを搭載し、足まわりや装備にもそれにふさわしいアイテムが厳選されたモデル」と紹介できる時代も存在したが、環境対応として多くのモデルがターボチャージャー付きエンジンを搭載するようになると、そうした方程式は必ずしも当てはまらなくなった。
現在では、モデルラインナップの拡充がひととおり済んだ段階で、最後に登場するのがGTSにおけるひとつのお約束になっている。それまでオプションとして設定されていた走りの性能やスポーティーな雰囲気を高めるアイテムの多くを標準装備とすることで、相対的に高いお値打ち感を発揮するバージョン……と紹介したほうが、よりキャラクターや立ち位置がわかりやすくなるかもしれない。
そうした背景と現行モデルのなかにあって、最後までGTSグレードをラインナップしていなかったのがタイカンである。ポルシェ唯一のピュアEVにして実用的な4ドアモデルにも満を持してGTSが設定され、予約注文受け付けが始まったのは2021年11月であった。
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小技でGTSらしさを演出
テスト車のタイカンGTSに対面すると、まずは鮮やかな「カーマインレッド」のボディーに目がとまる。この塗色は各モデルのGTSグレードでコミュニケーションカラーとして展開されており、そうした不文律に慣れるとカーマインレッド=GTSグレードと短絡させられてしまいそうにもなるが、これは他のグレードでも選択が可能。すなわち単にボディーカラーのみでグレードを識別することはできない。
そんなタイカンのGTSグレードにおける外観上の特徴的ポイントは、専用デザインのフロントエプロンや「GTS」の文字が刻まれたサイドステップ、ブラックアウト化されたエンブレムなど。これを含め、さまざまなディテールがブラックもしくはダークカラーで統一されるのがこのグレードの流儀で、確かにそうした“小技”が各モデルに共通する「GTSらしさ」というものをさりげなく、しかし見事に表現している。
インテリアは、クレヨンもしくはカーマインレッドをアクセントカラーに用いた「GTSインテリアパッケージ」の採用などによって、やはり各GTSモデルに共通するスポーティーかつ上質な雰囲気が巧みに演出されている。
特にシート表皮に合わせて「Race-Tex」と名づけられたマイクロファイバー素材をシートコンソールやルーフライニング、センターコンソールトリムなどに用いた今回のテスト車では、より統一感の高いプレミアムなキャビンに仕立てられていた。
また、同じく今回の車両に装着されていた頭上を覆う「パノラマルーフ」も注目したい最新のオプションアイテムだ。独特の外観をアピールするととも共に、「バリアブルライトトランスミッション」と呼ばれる電子調光機能を採用。セグメントごとに照度を変更することができるため、従来のガラスルーフとは異なりサンシェードを必要としないのもセリングポイントである。
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スペックは「4S」と「ターボ」の中間
こうして、さまざまな部分で新たなプレミアム感を表現したタイカンのGTSグレードだが、やはり最も気になるのは向上された走りのポテンシャルだろう。
ピュアEVの場合、パワーユニットに構造上の差別化を求めるのは難しく、実際このモデルの場合にも既存の「4S」グレードと「ターボ」グレードの中間に意図的に落とし込んだ出力スペックを並べているという印象は否定のしようがない。ポルシェに限らずメルセデス車における「AMGモデル」や同じくBMW車における「Mモデル」の場合にも、ピュアEVのパワーユニットの差別化には難しいかじ取りが要求されるだろう。
タイカンGTSの場合は、ベーシックモデルとのパワーユニットの差別化として「GTS特有の個性が際立つポルシェエレクトリックスポーツサウンド」という表記がカタログ上に見られるが、これについても他グレードとは異なる人工的な音色によって特別感を醸し出そうとするのかと、議論のネタになる可能性がありそうだ。ピュアEVの動力性能にまつわる独自性の演出には、エンジンにはなかった高いハードルが存在している証左であろう。
それゆえに……というわけではないだろうが、一方でこのグレードのフットワークに対する演出と味つけには、かなりのこだわりが認められる。
電子制御式の可変減衰力ダンパー「PASM(ポルシェ・アクティブ・サスペンション・マネジメント)」を含むアダプティブエアサスペンションは当然のように専用のチューニングが施されているし、テスト車にも装着されていたオプションのリアアクスルステアリングも、「よりスポーティーなテイストが志向された」というセッティング。さらに「PDCC(ポルシェ・ダイナミック・シャシー・コントロール)スポーツ」もオプション装着し、標準比プラス1インチの21インチシューズを履いたテスト車の場合には、走りに対する構えはどこにも隙のない仕様に仕上がっていた。
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回生ブレーキには否定的?
そんなタイカンGTSでゆっくりと走り始めると、まず感じさせられたのは少々重々しいばね下の動き。前述の大径シューズを装着していたことも多分に影響していそうではあるものの、少なくとも街なかのちょっと荒れ気味の路面を低い速度で走行する限りは、正直なところ、これはあまりうれしいものではなかったと報告の必要がある。
けれども、そこから速度が高まるにつれて印象は一気に好転。タイカン元来の低重心感とフラット感に富んだ、これまでの4ドアモデルでは味わったことのないシャシー能力の高さに、タイカン初ドライブの際に味わった感動が、あらためて昨日の出来事のようによみがえる。
そのうえで、「あ、やはりGTSだな」と感じられたのが、ステアリングの操作に対するダイレクト感あふれる応答性。過度にシャープというわけではないし、極端に人とクルマの一体感が味わえるわけでもないのだが、それでも右に左にとステアリングを操り、アクセルとブレーキを踏み替えながらアップテンポな走りを続けていると、じきにこのモデルが全長5m、全幅2mに近い巨体の持ち主であるということを忘れてしまいそうになるのだ。
反面、今回も「ここはタイカンのちょっと気になるポイントだったな」と感じられたのは、任意に調整しづらい回生減速力である。
ポルシェは、運動エネルギーをキープできるコースティング走行こそが効率的だと考えているようで、いわゆる“ワンペダルドライビング”の採用やステアリングパドルを用いての回生力のコントロールには否定的な立場だ。そうした主張があるのは承知していても、「任意に回生力を調整ができればな」と思えるシーンにたびたび遭遇したことも事実である。
ただ、このモデルには、先行車との距離や速度差を勘案しながら自動的に回生の強弱をコントロールする「惰性走行」というメニュー内に「自動」のポジションがあり、それを選択すると前述のような不満の多くを解消させることが可能となる。しかしせっかくのそのシステムも、メインスイッチをオフにするたびにリセットされ、乗り始めにいちいちあらためて選択する必要があるのは残念。さまざまなメニューがプリセット可能となるなかで、これはひとつの盲点ではないだろうか。
とはいえ、こうしてGTSグレードが登場した段階で、熟成が進みひとつの完成形に達したと思えるのがタイカンシリーズの走りへの評価となる。もちろんフォルクスワーゲン/アウディとのアライアンスによって、テスラと同様に独自の急速充電網拡充が進んでいきそうな点も、この先の“タイカン乗り”にとっての朗報であることは間違いナシである。
(文=河村康彦/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
ポルシェ・タイカンGTS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4963×1966×1381mm
ホイールベース:2900mm
車重:2370kg(DIN計測値)
駆動方式:4WD
モーター:永久磁石同期式電動モーター
最高出力:517PS(380kW)/598PS(440kW)(ローンチコントロール時)
最大トルク:850N・m(86.7kgf・m)(ローンチコントロール時)
タイヤ:(前)265/35ZR21 101Y/(後)305/30ZR21 104Y(ピレリPゼロELECT)
燃費:23.3-20.3kWh/100km(約4.3-4.9km/kWh、WLTPモード)
価格:1841万円/テスト車=2317万2000円
オプション装備:ボディーカラー<カーマインレッド>(39万6000円)/GTSインテリアパッケージ<カーマインレッド>(66万4000円)/リアアクスルステアリング<パワーステアリングプラス含む>(38万9000円)/サイド「electric」ロゴ(0円)/ポルシェダイナミックシャシーコントロールスポーツ(54万5000円)/イオナイザー(4万8000円)/ステアリングホイールリム コントラストカラーステッチ(0円)/固定式パノラマルーフ<バリアブルライトトランスミッション付き>(84万円)/21インチRS Spyder Designホイール(43万8000円)/リアシート用サイドエアバッグ(6万9000円)/マットカーボンインテリアパッケージ(0円)/フロアマット<Race-Texエッジ付き/カーマインレッド>(9万7000円)/Race-Texルーフライニング グラブハンドル(13万9000円)/Race-Texシートコンソール<フロント>(19万7000円)/Race-Texセンターコンソールトリムパッケージ(19万7000円)/Race-Tex Bピラートリム(7万8000円)/Race-Texインテリアミラーパネル(5万8000円)/シートベルト<コントラストカラー>(0円)/パッセンジャーディスプレイ(17万1000円)/4ゾーンオートクライメートコントロール(13万7000円)/アクティブレーンキーピングアシスト(9万6000円)/アンビエントライト(7万1000円)/「PORSCHE」ロゴLEDドアカーテシーライト(4万8000円)/スポーツクロノストップウオッチ<カーマインレッド>(0円)/プライバシーガラス(8万4000円)
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:1423km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:309.6km
消費電力量:--kWh
参考電力消費率:4.3km/kWh(車載電費計計測値)

河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。