もう一度スロットマシン
しかし、こうした華やかなコンセプトカーや新型車以上に興味深かった3つの事象を筆者は挙げたい。
第1は内燃機関に関してだ。コンセプトカーや新型車の主流は、やはりBEVである。VWブランドは、近い将来のBEV戦略として、2026年に「ID.2 all」を2万5000ユーロ(約395万円)以下で発売することを明らかにした。ルノーは会場で公開した新型「セニック」を、BEVのみで展開する。
ただし、VWブランドはオデオン広場の一般会場の展示を紹介するプレスリリースで、「新世代の『パサート 』や『ティグアン』など、効率的な内燃機関車を提供し続けます」と記している。そして実際にそれらのモデルを出展したことも事実である。ルノーにしてもサブブランドであるダチアは、内燃機関中心で今後もラインナップを展開することは変わりないと思われる。
また、ボッシュ・モビリティーのマルクス・ハインCEOは、筆者の「EUによる2035年の内燃機関車販売禁止撤回をどう受け止めるのか?」との質問に対し、「電動化はこれからも成長すると強く信じ、市場が加速することを助けていきます」と答えるとともに、「これから2年間は、内燃機関および燃料電池に関する技術の提供にも力を入れていきます」と回答した。
いずれも、数年前のBEV化一色だった時代とは違う空気感が感じられた。同時に、ドイツ系メーカーやサプライヤーが市場動向や世界各地域の実情に合わせて対応していくしたたかさを垣間見た。
第2に興味深かったのは、VWブランドやアウディが市内会場で人材募集のコーナーを設けていたことだ。対応してくれたVWブランドのスタッフは、「事務職、エンジニア、ラインワーカーいずれも歓迎です」と話す。参考までに、ミュンヘンを本拠とするIfoインスティテュートによる2023年7月にドイツ国内約9000社を対象にした調査では、43%以上の企業が資格のある労働者の不足に直面している。
第3は、中国ブランドの高価格シフトである。彼らが欧州で販路を拡大しようとしているのは、もはや今日のような格安車ではない。例えばBYDの新型BEV「シール」の4WDモデルは、5万0990ユーロ(802万円)である。いっぽう上海汽車グループ傘下のMGは今回、2023年の上海ショーで発表したスポーツEV「サイバースター」を、欧州で初公開した。生産国にこだわらないZ世代の富裕層が中国系高級車を買い始めたら、これは脅威だろう。
しかしながら、このショーを最も象徴する言葉は、VWグループのラルフ・ブラントシュテッター中国担当執行役員が、それもあえて中国語で発したひとことだろう。それは「在中国、為中国(中国で、中国のために)」だ。ブラントシュテッター氏は「スピード、顧客中心主義、収益性が重要であり、VWは引き続きこれに対応してゆきます。そのために、私たちは中国で、中国のための開発に注力してゆきます」と解説した。
VW、ダイムラー、BMW各グループが2020年に世界で販売した乗用車のうち、実に38%が中国で売られている(データ出典:CAR ドイツ自動車調査センター)。また2022年の中国の自動車販売台数は約2686万台で、新型コロナ後の回復基調がうかがえる。しかし、ピークである2017年の約2887万台にはいささか及ばない。減速する中国経済を目の当たりにしつつも、VWをはじめとするドイツの自動車産業は、再びスロットマシンのレバーを握ろうとしている。少なくとも筆者の目にはそう映ったのである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)
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◆ギャラリー:大矢アキオの「ミュンヘンIAAモビリティー」探訪記 未来への予習と復習できます
「ルノー・セニックE-Techエレクトリック」。新型はBEVオンリーで、 最大出力220cv(160 kW)のモーターを搭載。航続距離は620km以上とされている(WLTPモード)。
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「フォルクスワーゲン・パサート ヴァリアント」。9代目は最新の内燃機関車用プラットフォーム「MQB evo」を採用。車形はステーションワゴン、トランスミッションはATのみで展開される。パワーユニットはガソリンエンジン2種類、ディーゼルエンジン3種類、マイルドハイブリッド1種類、プラグインハイブリッド2種類の計8種類。
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VWは新型「フォルクスワーゲン・ディグアンeハイブリッド」をカムフラージュしたまま一般パビリオンに展示した。全長と全高は増加しているが、ホイールベースと全幅は先代と同じだという。
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ボッシュ・モビリティーのプレスカンファレンスで。マルクス・ハインCEOが展示を解説する。
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VWブランドの市内パビリオンにて。人材募集のコーナーのスタッフ。
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BYDのプレスカンファレンスにて、「シールU」(手前)と「シール」(奥)の特徴を解説する、同社のヘッド・デザイナー、ヴォルフガング・エッガー氏。
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「BYDシールU」。バッテリーセルを車台構造の一部として用いることで軽量化を図る“セル・トゥ・ボディー”構造を採用している。
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VWグループのラルフ・ブラントシュテッター中国担当執行役員によるスピーチの様子。
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以下、その他の出展車両から。VWグループの1ブランドで創設5年のクプラが公開した「ダークレーベル コンセプト」。
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「クプラ・ダークレーベル コンセプト」は、メタバース空間に寄せられた27万以上のコンフィギュレーションの希望も参考にして誕生した。
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「オペル・エクスペリメンタル」。ステランティスのBEVプラットフォーム上にブランドの新デザイン・アイデンティティーである「Bold and Pure」を具現したモデルだ。
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「オペル・エクスペリメンタル」では、CセグメントのボディーサイズでDセグメントの室内空間を実現したことも強調されている。
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「メルセデス・ベンツEクラス オールテレイン」。足まわりにはエアサスペンション「エアマティック」を採用。パワーユニットは4気筒ディーゼル、4気筒ガソリン、ディーゼルハイブリッドの3種。
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「メルセデス・ベンツ・エレクトリックGクラス」。ラダーフレームを持ち、各輪に近い位置にモーターを搭載すると解説されている。
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「テスラ・モデル3」の2024年モデル。外観では、ヘッドライトやバンパーの意匠を変えるなど、フェイスリフトが行われた。
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