第761回:テイン中国工場訪問記(その1) ~中国の自動車マーケットの最前線を知る~
2023.09.15 エディターから一言何しろ巨大なマーケット
ラリーやレースに参加している人はもちろん、スポーツカードライバーならグリーンのダンパーを知らない人はいないだろう。サスペンションメーカー「テイン」のスポーツ車高調ダンパーの国内シェアは5割というから圧倒的だ。それに加えて今年発売された「EDFC5」(電子制御減衰力可変システムの第5世代)は、室内のコントローラーでダンパー減衰力を容易にコントロールできる便利なシステムであり、快適性と洗練度を重視するユーザー向けにも市場を拡大している。もう少しで創業40周年を迎える株式会社テインの本社工場は今も横浜市にあるが、メインの工場は中国にある。以前から機会をうかがっていたのだが、今回ようやく2015年に開設した江蘇省宿遷市の中国工場、天御減振器制造(江蘇)有限公司を訪問することができた。
高品質・高性能なダンパーで知られるテインが中国で何をやっているのか? と首をかしげる人も多いかもしれない。確かに中国ではホイールベースを伸ばして立派に見えるセダンや押し出しの強いSUVばかりが売れているんでしょう? と捉えると、テイン得意のスポーツサスペンションの出番はなさそうに思えるが、そのためにもあらためて中国および中国自動車界の現状をおさらいしておこう。
このところ中国関連のニュースを見ない日はないほどで、直近でも東京電力福島原発の処理水放出に反発して日本の水産物を輸入禁止したことが大きく取り上げられている。ニュースになるのは、言うまでもなく日本の産業界に大きな影響があるからだ。まさにどんなに厄介でも付き合わざるを得ない隣人、それほど今や日本と中国は互いに経済的に依存しているのである。
中華人民共和国の国土面積は約960万平方キロメートルで日本のおよそ26倍、およそ14億人が22省と5自治区、4つの直轄市(北京、上海、重慶、天津)および特別行政区(香港&マカオ)に住んでいる。昨2022年の自動車販売台数は2686万台と文句なしに世界一の市場である。2000年はわずか200万台だったが、2010年には1800万台、そして2017年のピーク時には2888万台と驚異的な成長を見せてきた。グローバルでの年間新車販売台数はざっと8000万台といわれるから、一国でそのうちの3割以上を占めていることになる。米国でさえ昨年は1432万台、日本は438万台(うち170万台が軽自動車。コロナ禍前の2019年は計503万台。ピークの1990年は777万台)である。この圧倒的に巨大なマーケットを無視してビジネスは成り立たない。日本の貿易相手国としても中国がダントツ1位である。
EVだけで550万台!
その巨大なマーケットで猛烈に勢力を拡大しているのが今や世界一の電気自動車(BEV)メーカーと呼ばれるBYD(比亜迪)や上海に工場を持つ米テスラをはじめとしたBEVである。上記2686万台の販売台数のうちの2割、約550万台がBEVという(プラグインハイブリッド車と燃料電池車を含めたNEV<新エネルギー車=新能源車/BEV、PHEV、FCVの総称>全体では688万台)。BEVだけで軽自動車を含む日本の国内販売台数を軽く上回るのだから、とんでもない数だということを理解してほしい。もちろんその背景には政府の後押しがある。2016年に打ち出されたNEVに対する補助金は2022年末で終了したが(そのためPHEVが急拡大している)、そもそも中国の大都市圏では大気汚染や渋滞対策のため台数制限が以前から導入されており、新規のナンバープレート取得が難しい。例えば上海では入札制で平均およそ200万円(1とか8などの縁起の良い数字が並ぶとはるかに高額)というが、NEVではこれが免除される。強力なインセンティブである。
ただし、これは主に沿岸部のメガシティーに限られ、地方都市では普通にガソリン車が買えるという。地域によって事情は大きく異なるのだが、外国人にとって詳細を知るには高いハードルが存在する。まず中国では外国人が簡単にクルマを運転することができない。特別な限定免許証を取ることもできるが、非常に手間暇がかかり、要するに観光旅行でレンタカーを個人で借りるようなことは非現実的。さらにメディア規制が厳しい中国では取材で勝手に走り回るようなこともまず無理だ。モーターショー会場や観光地周辺を訪れただけでは、巨象の一部をなでるだけ、というようなことにならざるを得ない。自動車販売台数世界一、自動車輸出台数も今や日本を抜いて世界一(もちろんロシアのウクライナ侵攻の影響もある)、BEVの販売台数も世界一でBEVの中心地として世界の注目を集める中国だが、まだまだ知られていないことは多い。
しかも盛衰が激しいダイナミックな市場である。私は最近では5年前の2018年にはキルギスから新疆ウイグル自治区のカシュガルに入り、北京までおよそ5000kmの中国の道を実際に走ったことがあるが(これについては後述)、その当時既に新興BEVメーカーの急増が伝えられていたものの、現実にBEVを見かけることはほとんどなく(西安で1台、北京で2台の「テスラ・モデルS」を見かけた程度)、高級SUVばかりが目立った。サービスエリアに並ぶ充電器もくもの巣だらけのありさまだった。ところが今回は、上海から江蘇省宿遷市のテイン中国工場に移動する途上の風景で、あるいは上海の虹橋空港周辺ではまさにBEVとPHEVだらけという状況だった。嫌でも変化の速さを実感させられたのである。
テインは2008年に香港に販売拠点を設立し、そんな中国への進出に取り組んだ。だがそれから工場開設にこぎ着けるまではかなりの年数がかかったという。
(その2に続く)
(文=高平高輝/写真=テイン、高平高輝/編集=藤沢 勝)
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