マニュアルトランスミッションは消えて当然?

2023.09.19 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉

マニュアルトランスミッション(MT)のクルマは大変少なくなっています。ニーズがないからといえばそれまででしょうが、多田さんご自身は、ほとんどのクルマがAT仕様になった現状や、MT車の存在意義についてどのように思われますか? 消えて当然でしょうか、それとも残されるべきでしょうか?

私はトヨタ在籍中の2007年にスポーツカー開発の部署に異動したのですが、その当時、社内を見回すとMT車の設定があったのは商用車の「プロボックス/サクシード」くらいという状況で……。「これはとんでもないことだな」と思った記憶があります。

で、異動後に開発したスポーツカー「86」はMTがメイン。それ以降、トヨタ車ではMT車が増えました。とはいえ、実用車・乗用車で言うと、変速がマニュアル式でなければならない理由は極めてとぼしいですね。

内燃機関車は、エンジンの特性上、変速機が必要です。でもモーターは回転の守備範囲がはるかに広いので、極端に言えば変速機は2段もあれば十分。変速機なしでも製品として成り立ちます。つまり、EV時代になってしまうと、ますますMTのニーズがなくなるのは仕方ありません。EVにだって、MTのような操作感覚が味わえる“必然性のない装置”を付けることはできますが……。

私自身、退職前にMT車については相当研究したのですが、HパターンのMTよりむしろ、シフトレバーを前後に動かして操作するシーケンシャルタイプのMTに対するニーズはありますね。オートバイのトランスミッションを想像していただくといいのですが、“ドライバーが操っている感じ”が得られるのはもちろん、シフトトラベルが短い、つまり駆動トルクの断絶が短くて済むというメリットがあるからです。

そうしたシーケンシャル化のような発展をしつつ(従来とは違うかたちで)、MTが残っていくことは十分考えられます。スポーツカーが存続する限りMTがなくなることはない。趣味の領域で続いていくのではないでしょうか。

多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。