BMW120iクーペ(FR/6AT)【試乗記】
出色の出来栄え 2010.08.05 試乗記 BMW120iクーペ(FR/6AT)……476万8000円
燃費性能を向上した2リッター直4エンジン搭載モデルが1シリーズクーペに登場。コンパクトボディとの相性を試す。
身分相応のモデル
数年前からBMWが提唱してきたスローガン「Efficient Dynamics(エフィシェント・ダイナミクス)」。最初はピンとこなかったこの言葉が、今春になって一気に現実味を帯びてきた。
「マイクロ・ハイブリッド・テクノロジー」と名づけたエネルギー回生システムを多くの車種に搭載し、MTやDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)にはアイドリングストップも装備。3/5シリーズにはエコカー減税認定車が登場した。国産車に対する反撃のようにも受け取れる。
そのなかで個人的に興味を持ったのは、BMWでは脇役に追いやられがちな直列4気筒エンジンの刷新だ。1.6/2リッターともに最大200気圧の直噴システムとリーンバーン方式を導入して、2リッターでは170ps/6700rpm、21.4kgm/4250rpmという平均以上の性能を手にしながら、「120iハッチバック」で25%、「320iセダン」ではなんと45%の燃費アップを実現している。しかもインポーターはこのエンジンを楽しんでもらおうと、コンパクトなクーペボディとの組み合わせを用意した。これが「120iクーペ」だ。いままで1シリーズクーペは3リッター直列6気筒ターボを積んだ「135i」しかなかった。ようやく身分相応の心臓を持つモデルが登場したともいえる。
白いボディは見慣れた1シリーズクーペなので、オプションの赤いレザーインテリアが目を引くキャビンに乗り込み、早速走り始めた。数分後に頭に浮かんだのは「出色の出来」という古典的な褒め言葉だった。
BMWの実力
数ある4気筒でも最上級のスムーズネスを味わわせつつ、7000rpmまでストレスなしに駆け上がっていく。ストレート6みたいに積極的にマニュアルシフトしたくなる。環境性能を抜きに考えても、いまある自然吸気4気筒で最良のひとつではないだろうか。エンジン屋BMWの実力を思い知らされた。
車重はハッチバックと同じ1410kgで、旧エンジン時代に乗ったカブリオレより150kg軽いので、6段ATでも加速に不満はない。ただここまですばらしいと、「320i」で選べるアイドリングストップつきMTが欲しい。
ギア比は同じなのに、「320iクーペ」のリッター15.2kmを下回る14.4kmの10・15モード燃費も気になる。
でも120iクーペには兄貴にはない武器がある。それは全長4370mm×全幅1750mm×全高1385mmのサイズだ。3シリーズクーペより240mm短いそれは、感覚的には3世代前の「E30」系を思わせる。おまけに後ろ2気筒がスカットルに隠れるほど奥に積まれるエンジンは、720:710kgというほぼイーブンの前後重量配分をもたらす。
試乗車のタイヤサイズがノーマルの前後205/55R16ではなく、オプションのフロント205/50R17、リア225/45R17だったこともあり、身のこなしの軽快感はほどほどだ。でもアクティブステアリングではないからこそ自然な操舵(そうだ)感が得られ、それに続いて教科書的なハンドリングが味わえる。しかも適度なサイズとパワーのおかげで、日本の箱庭的峠道でもその走りを心ゆくまで満喫できる。素性のよさに感謝したくなるほどだった。
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子育て世代でも使える1台
乗り心地は135iよりストローク感があるものの、街中から高速道路まで、総じて当たりが硬めだ。ここもまたE30っぽいといえばそれまでだが、現状では長旅が得意とはいえない。この点でもタイヤはオリジナルサイズのほうがいい。
もっとも高速道路では、車格が車格だけにどっしり感は得られないが、ステアリングの落ち着きはいいし、100km/hでのエンジン回転数は2200rpmに抑えられ、音は軽くハミングしている程度なので、整備された路面での快適性は不満なかった。
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クーペとしては実用性が高いのもこのボディの美点だ。身長170cmの僕が後席に座ろうとすると、頭が天井に触れてしまうけれど、足元は余裕があるし、トランクは370リッターもの容量を持つから、子育て世代ならこれ1台ですべての用途をこなすことも可能だろう。
それが最上級の4気筒エンジンと教科書的な後輪駆動ドライブトレイン、水準以上のエコ性能を併せ持つ。しかも価格は385万円だ。絶対的には高価だが、前輪駆動の「フォルクスワーゲン・シロッコ」や「アウディTT」より安いと聞けば、考えが変わるのではないだろうか。
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環境問題が深刻化し、経済状況が混沌(こんとん)としても、「駆けぬける歓び」はあきらめない。そんなBMWの強烈なメッセージが、120iクーペから伝わってきた。
(文=森口将之/写真=荒川正幸)

森口 将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。ヒストリックカーから自動運転車まで、さらにはモーターサイクルに自転車、公共交通、そして道路と、モビリティーにまつわる全般を分け隔てなく取材し、さまざまなメディアを通して発信する。グッドデザイン賞の審査委員を長年務めている関係もあり、デザインへの造詣も深い。プライベートではフランスおよびフランス車をこよなく愛しており、現在の所有車は「シトロエンGS」と「ルノー・アヴァンタイム」。