アストン・マーティンDBSクーペ(FR/6AT)【試乗記】
強者の余裕 2010.06.08 試乗記 アストン・マーティンDBSクーペ(FR/6AT)……3476万9700円
「ヴァンキッシュ」に代わる旗艦モデルとして、2007年にデビューした「DBS」。500ps超のV12エンジン、カーボンやアルミを多用した軽量ボディなど、スペックは当代一流。だが、思わず乗り逃げしたくなる(!?)このクルマの魅力は、それだけでは言い尽くせそうにない。
男のクルマ
もし今、3300〜3500万円ほど、クルマを楽しむ予算があったとしたら、「アストン・マーティンDBS」など、かなり真剣に検討する値打ちはある。89年もの経験に裏打ちされた重厚な存在感だけでも、成熟した大人のエンスージアストにふさわしい。しかも、その歴史を通じて数多くの困難に遭遇しながらも、骨太なスポーツカーの美意識を曲げなかったのがアストンのアストンたるところ。これぞ正真正銘「男のクルマ」だ。
そういえば、イギリスは男の道楽の天国だ。ウィスキー、パイプ、上質のスーツから猟銃に至るまで、至高の逸品にはイギリス生まれが多い。それをスポーツカーに求めればアストン・マーティン、それもDBS になる。そこで「スポーツカーならジャガーもあるじゃないか」と思ったら、まだまだ若い。頑迷なほど伝統を重んずる立場から見れば、ジャガーなど第二次大戦後にうまく商売を成功させた成り上がり者にすぎないのだ。
さて、ここでやっと本題。DBS は現在のアストン陣営の頂点を守る超高級GT。思う存分アルミとカーボンを駆使した流麗なボディに、ドイツ・ケルンの専門工場で熟練工が組み立てるV型12気筒エンジン(総軽合金製/ツインカム48バルブ/5935cc/517ps)を積み、ファイナルと一体化したトランスアクスル方式の6段ギアボックス(3ペダルのほかセミATも選べる)を介して後輪を駆動する。もちろんサスペンションは前後ともアームの長いダブルウィッシュボーンで、ダンパーの減衰力は電子制御付き、ブレーキローターはカーボンセラミックス製と、隅から隅までスーパーカーの条件を満たし尽くしている。諸元表マニアなら、これだけでヨダレを止められないだろう。
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その奥をのぞきたくなる
乗った瞬間すぐわかるDBSの本性は「ネコ科の肉食獣」。角張ったアクリルのキーを押すと同時にヴァラララッ!と周囲を圧する咆哮(ほうこう)の演出はDBSの先輩にあたる「ヴァンキッシュ」に始まり、今ではほかの高級スポーツカーにも模倣されている。そしてダッシュボードに並ぶセミATモード選択のボタンを押し(MTなら重いクラッチを踏んでシフトレバーを1速に押し込み)、おもむろにアクセルを開けていくと、そこから荘重なドラマの幕が開く。
気楽に踏むと、やおらズザッと飛び出したがるのだ。多気筒ならではの御利益で超低回転まで粘るから、どこで加速を開始しても、アッという間に吹けきって心臓が爆発しそうになる。セミATでもスポーツモードを選ぶと自動的なシフトアップが抑制され、本物のレースのスタートのようにバラバラッとせき込む。日本の公道を元気よく飛ばせる範囲では、ほとんど2速か3速でしかこの息吹を満喫できない。
シャシーの作りはたくましさの塊で、よほど滑らかな舗装でない限り、ガツンと硬質の路面感覚が常に伝わって来る。ダンパー制御をスポーツモードにすると、さらに硬くなる。しかし、それはけっして不快な突き上げではなく、全長4.7m以上もあるクーペ全体が、信じられないほどソリッドな一体感を持つ実感に直結する。言うなれば「洗練を極めた粗さ」だろうか。
前輪が245/35ZR20(95Y) 、後輪が295/30ZR20(101Y)と極太の「ピレリP-Zero」であるにもかかわらず、下品なドタバタ感などみじんも感じられない。ステアリングは軽いが、なぜかしっかり腕の筋肉を使っているような気にさせられる。つまり、どこから見ても伝統的なスポーツカーそのものなのだ。「スポーツドライビングってのは、こういうものなんだよ」と、創始者ライオネル・マーティンの霊が語りかけているのかもしれない。
飛ばさずとも幸せになれる
しかし、最初の興奮からさめて、あらためて峠道を攻めてみると、意外にも普通の顔が出て来たりする。全体の身のこなしが、それほどスパルタンではないのだ。強力無比のブレーキに任せてガッとコーナーに突っ込み、しっかり向きを変えてからアクセルを踏み込む瞬間、予想より大きめにロールしていたりする。感じとしては、姿から想像するより、フロントの重心が高めなのかもしれない。
同じ大排気量のV12でも、「フェラーリ599」はエンジンルームの底に沈んでいるのに対し、DBSはボンネットすれすれまで巨大なエンジンが詰まっているのが、その差の遠因とも考えられる。だからドライバーとしても、両側が大きく盛り上がったバックレストに、体の側面を寄り掛からせたままコーナリングすることになる。もちろん、だからといってそれが弊害になるわけではない。トランスアクスル方式のため、これほどのエンジンをフロントに配置しても、前後の重量配分は50.3%対49.7%とスポーツカーの理想値を保っているのだから。
いや、こんなに攻めて乗るのは大人の流儀に反する。激しさとたくましさを知ったうえで、あえて余裕で流してこそ、本当のアストン乗りと言える。なにしろ「戦う前に勝っている」クルマなのだから。
(文=熊倉重春/写真=郡大二郎)
