スズキ・ワゴンR FXリミテッド(FF/CVT)/ワゴンRスティングレー T(FF/CVT)【試乗記】
進化は止まらない 2012.10.01 試乗記 スズキ・ワゴンR FXリミテッド(FF/CVT)/ワゴンRスティングレー T(FF/CVT)……132万3000円/158万250円
低燃費がウリの新型「ワゴンR」。5代目となったベストセラーはどのような進化を遂げたのか。
停まっている時の能力
クルマにとって大切なのは、もちろん走りだろう。でも、新しい「スズキ・ワゴンR」は、停まっている時に素晴らしい能力を見せる。進化したアイドリングストップシステムが、驚くべき性能なのだ。
もともと、アイドリングストップに関しては、日本の自動車メーカーは圧倒的なアドバンテージを持っている。最近では輸入車にも装備されているが、残念な出来であることが多い。エンジン停止、再始動のスムーズさでは、なべて日本車は高い水準を達成している。そしてワゴンRは、アイドリングストップの持続時間を大幅に延ばした。いったんエンジンが停止しても信号待ちの間に再始動してしまうのが普通だが、今回の試乗では一度もそんなことがなかった。
路肩に停車して、どのくらいアイドリングストップが続くか試してみた。時計の針が1周しても、エンジンはかからない。エアコンの吹き出し口からは、涼気が流れ続けている。再びエンジンに火が入ったのは、ちょうど2分を経過した時だった。これほどまでに長い停止時間は、ハイブリッド車でも経験した記憶がない。
走りだして100mほどすると、メーター内にアイドリングストップが可能になったことを示すアイコンが点灯した。すぐさままた停車して時計を眺める。条件が厳しいから、今度は長くは停止していないはずだ。それでも、エンジンが再始動するまでには1分10秒を要した。意地悪をしてみたつもりだったのに、見事な返り討ちだ。
1割近く軽い
この日は曇りで気温は27度と低めだったから、条件がよかったとは言える。ただ、スズキのテストでは、気温35度でカンカン照りの中でも1分間アイドリングストップが続くというから大したものだ。バッテリーの容量が低下すると、スターターのための電力を残すためにエンジンを回して電力を補充しなくてはならない。エアコンをつけている状態だと、特に条件は悪化する。
この問題を克服したのが、「エコクール」という技術だ。空調ユニット内に「蓄冷エバポレーター」と呼ばれる装置を採用したのだ。蓄冷剤を冷やしておき、エンジン停止中にも冷気を供給できるようにした。アイドリングストップ時間の延長には、これが大きく貢献しているらしい。
そして、従来に比べてエンジンが停止するタイミングも早くなった。「アルト エコ」では時速9km/hだったが、ワゴンRは13km/hでエンジンが止まる。わずか4km/hだが、その分だけ確実に燃料消費は減る。そして、「エネチャージ」と呼ばれるエネルギー回生システムの役割も大きい。減速時にオルタネーターで発電してリチウムイオンバッテリーに充電するので、電力に余裕ができるのだ。リッター28.8kmという低燃費を実現するには、“良く停まる”性能が必要である(頻繁にではなく、文字通り良く)。停まっている間にガソリンを消費するのは、いかにも無駄だ。
もちろんずっと停まっているわけにはいかない。もうひとつ低燃費に寄与している大きな要素が、軽量化である。最大70kg軽くなっているというから尋常ではない。なにしろ1割近く軽いのだから、乗ってみてすぐに実感できる。これが燃費に好影響を与えないはずがない。
13km/hでも大丈夫
当然ながら、軽さは走りにも果報をもたらす。特にターボ版の「スティングレー」に乗った時には、軽やかさが印象的だった。アルト エコに乗った時にはもっとどっしりとした感覚があったのに、ずっと大きなワゴンRのほうが軽快に感じられるのは不思議だ。3000rpmで最大トルクの9.7kgmを発生させているというエンジン特性が、鋭い加速感を演出しているせいかもしれない。
このターボモデルにはパドルが装備されていて、マニュアルモードで運転することもできる。使ってみると特にどうしても必要とは感じなかったが、それはCVTのデキのよさの裏返しでもあるだろう。先代ではATやMTのモデルもあったが、今回はすべて副変速機付きのCVTに統一された。燃費で有利なのはもちろんだが、スムーズさや加速感でもこのクラスのクルマには相性がいいトランスミッションなのだ。
自然吸気モデルが非力かというと、そんなことはない。やはり軽量化の恩恵で、十分な力強さを見せる。難点は、ちょっとうるさいことだ。エンジンの回転数が上がりがちなだけでなく、遮音性もスティングレーには及ばない。エンジンフードの裏側を見ても、遮音材が張られているのはスティングレーだけだ。
ひとつ心配だったのは、アイドリングストップの機能が走りに及ぼす影響である。13km/hという比較的高い速度でエンジンが停止してしまうと違和感があるかと思ったのだが、特に問題はなかった。アルト エコの試乗会では9km/hがギリギリという話を聞いたような気がするが、人間の感覚には限界がないようだ。
果てのない欲望に応える
アクセルを離すと、エネチャージインジケーターが点灯して充電が行われていることを知らせる。オルタネーターが発電しているわけだが、運転していてそれが気になることはない。減速時に発電するおかげで走行時の発電を減らすことができるのだから、ありがたい話だ。
スピードメーターは通常はブルーの照明だが、エコドライブ状態に入るとグリーンに変化する。イグニッションを切ると100点満点でエコドライブ度が採点され、アイドリングストップで節約した燃料の量も表示される。こうしたエコドライブ支援のシステムは、まったく当たり前の装備になったようだ。
エコ機能のことばかり書いてきたが、ワゴンRといえば、広さと使い勝手のよさだ。もちろんその基本がなおざりにされるはずもなく、相変わらずのいたれりつくせりだ。ただ、伸びしろが小さいから、横に置いて乗り比べてみなければ変化を実感するのは難しい。前後の乗員間の距離が25mm長くなったと言われても、さすがに違いがわからないのだ。とにかく十分な広さであることは間違いない。助手席下のバケツは健在だし、収納力は相変わらず強大だ。
前席にカップホルダーがひとつしかない「フォルクスワーゲンmove up!」などとは、土台から考え方が違うのだ。軽自動車の枠内で広さと使い勝手を極限まで追求し、質感にも気を配る。燃費がよくて、走りだって悪くない。果てのない日本のユーザーの欲望に応えて作り上げたのが軽ワゴンであり、今や日本車のスタンダードとなった。新しいワゴンRには、東芝のリチウム電池、デンソーの蓄冷エバポレーター、新日鉄のハイテンプレス工法という、日本の技術の粋が惜しげもなくつぎ込まれている。特殊な進化をガラパゴス化と呼ぶこともできるだろうけれど、それは誇るべき称号なのかもしれない。
(文=鈴木真人/写真=菊池貴之)