昔乗ったクルマの話

そのアントニオのボルボV40に先日乗せてもらう機会があった。しばらく乗っていると、日本の話になった。するとアントニオがぽつりと、「日本といえば、若い頃は日本製バイクのファンだったよ」と言うではないか。「ホンダCB500」や「ホンダCB750 Four」などを手に入れては楽しんでいたという。

彼は振り返る。「1980年代、イタリア製バイクはほとんど技術的に成熟しきってしまった。というかイノベーションがストップしてしまっていた。それに対して当時の日本製バイクは、軽合金をエンジンに積極的に使うなど、新しいことに果敢にチャレンジしていた」というのが、夢中になった理由という。「オイル消費が欧州製バイクと比べて、極めて少ないのにも感激したね」

やがてアントニオは、さらなる昔を思い出したのだろう。V40のステアリングを握りながら、こう話を続けた。
「免許をとってすぐのクルマは、フォルクスワーゲン(VW)のトランスポーターだったな」
ボクがふざけて、「その昔ヒッピーが、でっかいお花とかボディーに描いて乗っていたヤツですね」と言うと、彼は笑いながらうなずいた。
聞けばアントニオは地元の人ではなかった。ミラノ生まれで、若き日に360km離れたシエナに来たのだという。

「トランスポーターに荷物を満載してやってきたのさ」
実際はヒッピー全盛時代からかなり後ではある。だが、楽しそうに話す彼を見て、若き日のアントニオがVWトランスポーターでアウトストラーダ・デル・ソーレ(太陽の道)を南下し、ひまわり咲き乱れるトスカーナの丘にたどり着いた姿が目に浮かんだ。

アントニオが若き日に乗っていたという「フォルクスワーゲン・タイプ2」の同型車。2012年にドイツ・エッセンで開催された「テヒノクラシカ」にて。
アントニオが若き日に乗っていたという「フォルクスワーゲン・タイプ2」の同型車。2012年にドイツ・エッセンで開催された「テヒノクラシカ」にて。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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