記念コイン騒動

携帯電話問題は毎年のことだが、今年は別のちょっとした困難にも直面した。発端はこの夏、イタリアのわが家から1枚の記念硬貨が出てきたことであった。
硬貨とは、1985年に製造された「筑波科学万博記念500円硬貨」である。恐らくその昔、ボクの親が銀行とのおつきあい上、手に入れたものであろう。今回東京都内の金券ショップに持っていくと、「ウチでは硬貨の引き取りはしていません」と、スタッフのおばさんにあっけなく通告されてしまった。
コイン収集の世界においては27年前といっても昨日のようなことなのであろう。そもそもコイン収集の趣味自体がなくなっているのかもしれない。今風に言うと「オワコン」とでもいうのか。

記念硬貨は牛丼を食べようとしても自動食券機が受け付けてくれない。ボクがそう訴えると「通貨として500円の価値は不変なので、銀行に行けば口座に振り込んでもらえるはず」と教えてくれた。

それを聞いたボクは、早速自分の口座がある外資系の銀行に赴いた。すると戸惑った女子行員は「確認してみます」と言って、裏に引っ込んでしまった。10分ほど経過したあとだ。彼女は「誠にすみませんが、当行では扱えません」と言って、ボクに万博硬貨を返した。説明によると、その銀行が日本での業務を開始する前の時代に発行されたものなので、対応できないのだそうだ。

たとえ500円といえども、お金ゆえ粗末に扱うことはできない。困り果てた末に思い出したのは、イタリアに行ってからも放置しておいた邦銀の睡眠口座だった。ところが最寄りの支店を探そうとインターネット検索しても銀行名そのものがなかなか出てこない。しばらくしてわかったのは、その銀行は合併によって行名が変わっていたという事実だった。

以前、JRの駅で「Suica(スイカ)」の存在を知らず、切符を買おうとした欧州在留経験の長いおじさんを心の中で笑っていたが、気がつけばボクもその類いだったのである。
翌日、新名称が冠せられたその邦銀の支店に赴いた。万博500円を出すと、窓口の行員はやはり一瞬戸惑っていたが、外資系銀行ほどは待たせなかった。そしてボクの知らない間に付いていた過去の利息とともに「残高542円」と記された通帳をボクに戻してくれた。
気がつけば、500円を始末するのに、500円以上の電車賃を使ってしまっていた。とほほである。

【その4】これが今回問題の筑波科学万博記念硬貨(1985年)。
【その4】これが今回問題の筑波科学万博記念硬貨(1985年)。 拡大
【その5】都バスのシート。このデザインこそ、石原前知事から何とか言ってほしかった。
【その5】都バスのシート。このデザインこそ、石原前知事から何とか言ってほしかった。 拡大
【その6】原付バイクの祖先、ホンダの自転車バイク「バタバタ」が復活? と思ったら、単に小型の灯油輸送用タンクだった。
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大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。1996年からシエナ在住。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとして語学テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。19年にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストなど、ラジオでも怪気炎をあげている。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり】(コスミック出版)など著書・訳書多数。YouTube『大矢アキオのイタリアチャンネル』ではイタリアならではの面白ご当地産品を紹介中。

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