スズキ・アルト ターボRS(FF/5AT)
軽さは正義 2015.04.01 試乗記 その出来栄えは、標準車の素性のよさがあればこそ? 64psのターボエンジンを搭載した「スズキ・アルト ターボRS」の実力を試す。“ワークス”ではなく“RS”
クルマをああだこうだ書く仕事を続けていると、ずうずうしくも多少のことでは驚かなくなるものだが、2014年末に登場した新型「アルト」には素面(しらふ)で仰天させられた。
その車重、610kg~700kg。思わず調べてみれば、軽規格が改定される以前、つまり全長3295mm時代のアルトにほぼ等しい。どうなってるんだこれ……と乗ってみれば、ボディーの剛性感などは先代をむしろ上まわっている。足まわりの設定やタイヤの選定でフィーリング的には損している感もあるが、体幹の方は十分にやってくれそうな資質を感じさせてくれた。
こうなるとおのずと期待が高まるのが、その発表時に後々の追加が公言されていたターボモデルの存在だ。うまいこと600kg台の車重でそれが実現するとあらば、軽カテゴリーの競技ベース車としても垂涎(すいぜん)の存在となるだろう。またしても思わず調べてしまったのは、2000年末で生産終了となった「アルトワークス」の車重だ。軽規格改定前のFF/5MTモデルで、その数字は650kg。路上にいながら“マッパで素振り”しているようなあの「軽さ」が21世紀によみがえるのか。参考車の姿をみてキャッキャと盛り上がっていたのは、それを知る僕のようなクルマ好きのオッさんに多かったように思う。
そして正式発表された新型アルトのターボRS。“ワークス”の名で別物感を際立たせることなく、“RS”の名でこのクルマが標準車の延長線上にあることを示している。「スイフト」には「スポーツ」と標準車の間に、サスペンションをスポーティーに味付けした「RS」というグレードがあるが、その流れにのっとったというわけだ。
果たしてこの後に、ワークスが登場するか否かはわからない。が、現在の市場環境を思えば、アルトにターボモデルが追加されただけでも相当なミラクルだというべきだろう。あるいは「ダイハツ・コペン」や「ホンダS660」に対するスズキの回答と思えば、その存在意義はわかりやすい。
いやいや、走り的には別物でしょうという話もあるかもしれないが、専用設計のリスクを背負ってまで両車にガチで当たるつもりなど、スズキにはハナッからないはずだ。そこを割りきって得られたのは、670kgという最終型のアルトワークスを下回る車重だけではない。値札においても驚くほどの軽量化に成功している。
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仮にMTが追加されたとしても……
アルト ターボRSに搭載されるトランスミッションは5段AGS、つまりシングルクラッチ式のロボタイズドMTのみ。その気になれば5段MTを搭載することは難しくはないが、スポーツドライビングを志向したMTのキャリブレーションにはそれなりに手間を要することもあり、現状は需要の多い2ペダル、つまりAGSの側に集中したかったというのが実情のようだ。モータースポーツでの使用をもくろむ向きには残念な話だが、もちろん販売動向次第ではMTが追加される可能性はある。
ちなみに5段AGSの自動変速機構を供給するサプライヤーは、標準車と同じくマニエッティ・マレリとなる。「フェラーリF355」のF1マチックで初めてそれを市販車向けに開発し、直近ではフィアットのデュアロジックを手がけているのはご存じの通り。ロボタイズドに対する知見が最も豊富なメーカーのひとつである。ターボRS用にチューニングが施されたそれは、変速時のトルク変動を感じさせないよう丁寧にしつらえられており、シングルクラッチ系としてはかなり優れた快適性を備えていた。スポーツモードなどは持たないため、さすがにシフトアップ時のレスポンスにややダルさはあるが、ブリッパーを働かせてのシフトダウンは実に素早く、変速の多いタイトなワインディングを走る上でも総じて不満のないものとなっている。
個人的には、仮にMT仕様が登場したとしてもAGSの方を選ぶかも……と思ったのは、アルト ターボRSのキャラクターがかなり守備範囲の広いものに仕上がっていたからだ。吸排気系やタービン形状などが最適化された「R06A」ユニットは、7000rpmのレッドゾーン手前まできちんとパワーをつないでいく一方で、低回転域でもしっかりとトルクを発生させる扱いやすいものだ。レスポンスにも過激さはなく、どちらかといえばフラットな性格に感じられる。加えて、くだんの軽さだ。低中回転域でトントンとギアをつないでもグングン押し出される車体を気持ちよく走らせるのに、AGSのリズム感にはまったく不満がない。クリープ機能も備わっており、渋滞の多い街中ではその快適さが長所となる。
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優れた基本設計がもたらす好循環
見どころだったサスペンションのセットアップも、64psのパワーに対応した柔軟なものとなっていた。コーナリングでのロールこそ大きめながら、タイヤのグリップをきちんと使いぬき、こじるようなステアリング操作を避けてクルマなりに走らせることを心がければ、スラスラと気持ちよくつづら折れを駆け抜けてくれる。最終的にはアンダーステアをESPが抑えるかたちとなるが、その介入にも無粋さはない。限界域も決して低くはないが、カリカリのホットハッチからは一歩退いた仕上がりになっていることは、その名からも想像できることだ。
むしろ、一歩退いたことにより、日常域での乗り心地ががぜん標準車よりも上質に仕上がっているなど、幅広いユーザーに実利をしっかりもたらしている。今回の試乗では“高速巡航”は試せなかったが、全般的な落ち着きから推するに、高速域での乗り心地やスタビリティーにも不満はないはずだ。
イニシャルの重量が軽いからこそ、ボディーを必死に固めずとも万人が楽しいと思える領域まで運動性能を高められる。とあらば、サスやブレーキも必要以上に強化することなく全体最適をはかることができる。仕立てるにあたっての物量がトータルで抑えられるという利点は、消耗品の費用や交換頻度にも反映される。
出発点が優れていると、こういった好循環が生まれるということをアルト ターボRSは体現している。さらなる走りの鋭さを求める向きには、アフターマーケットが応えてくれるだろう。FFで130万円以下という車両価格は、ユーザーだけでなくパーツメーカーやチューニングショップにとっても魅力的だ。
キロなんぼの話でいえば、クルマは軽いほど安いってことにつながるんですよ。スズキのエンジニアが時折口にするセリフは、乱暴だが正論だと思う。そして軽さは走りにおいても劇的なメリットを生み出してくれるわけだ。どちらが正しいという話ではない。が、ダイハツとホンダの目に、スズキの戦法は相当厄介に映っていることだろう。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏)
テスト車のデータ
スズキ・アルト ターボRS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1500mm
ホイールベース:2460mm
車重:670kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:5AT
最高出力:64ps(47kW)/6000rpm
最大トルク:10.0kgm(98Nm)/3000rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)165/55R15 75V(ブリヂストン・ポテンザRE050A)
燃費:25.6km/リッター(JC08モード)
価格:129万3840円/テスト車=152万3340円
オプション装備:ボディーカラー<パールホワイト>(2万1600円)/バックアイカメラ(1万800円) ※以下、販売店オプション カーナビゲーションシステム(15万8382円)/フロアマット(1万6902円)/ETC車載器(2万1816円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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