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2台の「F-PACE」で、上質なワインディングロードを駆けるドライブへ。「究極の実用的なスポーツカー」として開発されたSUVのパフォーマンスには、新たな発見があった。
文=サトータケシ/写真=花村英典
2016年より日本に導入されたジャガーF-PACEは、ジャガーというブランドが初めて手がけたSUVとして話題となった。特筆すべきは、世の中のSUVのほとんどが第2次世界大戦で活躍した「ウィリス・ジープ」の末裔(まつえい)であるのに対して、ジャガーF-PACEは同社のスポーツカーである「F-TYPE」のDNAを持つSUVとして開発されていることだ。
つまり、スポーティーに走るSUVではなく、スポーツカーにSUVの機能を持たせたモデルだということができる。残念ながら筆者はその機会に恵まれなかったけれど、ツインリンクもてぎでF-PACEをテストした信頼できる旧知のジャーナリストは、「クローズドコースだったら自信を持ってテールアウトの姿勢に持ち込める。こんなSUV、見たことない」と、その操縦性に大いなる感銘を受けていた。
ジャガーF-PACEのその類いまれなる個性は、エクステリアのデザインにも表れている。デザインというと、「ラジエーターグリルがガバッと開いていて目立つ」とか、「ヘッドランプがシャープな形でカッコいい」といったディテールに目を奪われがちである。
けれども自動車デザインとは、内に秘めた機能や性格を形として表現すべきだと考えるし、実際にそういう考えでデザインされたクルマを美しいと感じる。
ジャガーF-PACEも、ただカッコいい/カッコ悪いというレベルではなく、自身が内側に持つキャラクターを形にしているように思う。優雅な弧を描くルーフラインや、深い陰影のあるドアパネルは、パーソナルで贅沢(ぜいたく)な乗り物であるクーペの性格を持っていることを予感させる。ボンネットやボディーサイドのエッジィなラインは、風を切り裂いて走ることを予感させる。ありていに言えば、SUVなのにずんぐりむっくりしていない。
そうしたひと塊のフォルムに、ジャガーF-TYPEを連想させるヘッドランプやリアのコンビネーションランプといったディテールを組み合わせて、スポーツカーから生まれたSUVという個性を表現しているのがデザイン上の特徴だ。
ジャガーF-PACEの外観を眺めながら、このような意味のあるデザインはイギリスの伝統ではないかとも思うのだった。たとえばツイードという素材はもともとイギリスの漁師の防寒着だったし、タータンチェックは家紋のようなものだった。つまりどちらも、まず機能や意味がありきのデザインで、それが後におしゃれだと評価されるようになったのだ。
F-PACEのインテリアも同様で、機能的でシンプルだ。無駄なお飾りや派手な色で演出するのではないところに好感が持てる。もうひとつ好ましいと思うのは、指先で触れて操作するイマ風の液晶パネルと、ステッチの美しいレザーが調和していることだ。ただ斬新なだけでなく、そこに培ってきた伝統を組み合わせることで、モダンなのに不思議と落ち着く、新しいタイプのインテリアとなっている。
目の前には、2台のジャガーF-PACEがスタンバイしている。本日の試乗の目的は、2リッターの直列4気筒ディーゼルターボ(最高出力180ps)と、同じく2リッターの直列4気筒ガソリンターボ(最高出力250ps)の2台を乗り比べることだ。ちなみにグレードはどちらもスポーティーな装いを与えられる「R-SPORT」。価格はディーゼルが729万円、ガソリンが737万円と、ほとんど差がない。
まずはディーゼルのステアリングホイールを握る。エンジンを始動、アイドリングの状態ではディーゼルとかガソリンとか、パワートレインの違いは感じない。違いを感じないというか、ほぼ無音、無振動なのでパワートレインの存在感があまりないのだ。
試しに運転席側の窓を開けてみると、昔のディーゼルのガラガラ音よりボリュームは大幅に小さいながら、乾いたカラカラ音が聞こえてくる。ここから判断するに、かなり入念に遮音が施されているようだ。窓を閉めると、再び外界と遮断されているかのような無音が訪れる。
ブレーキペダルから足を離すと、すーっとクリープする。そこから右足にじんわりと力を込めると、最初のタイヤのひと転がり、ふた転がりあたりまではディーゼルっぽい少し目の粗い回転フィールと音を感じさせる。けれども、それもほんの一瞬で、すぐに滑らかに回転を上げるようになり、1.9t超の車体を力強く押し出す。
人間の感覚はいい加減というかよく出来ているというか、これを何度か繰り返すと体が慣れてしまうのか、粗さは気にならなくなる。そして、頼りがいのある発進加速だけが心に残るようになる。
ディーゼルというと、トコトコと遠くを目指すのにふさわしいパワートレインだというイメージがある。ただしF-PACEのディーゼルで都心を走ると、ストップ&ゴーが連続する都心部をストレスなく走ることができるという美点もあることがわかる。
信号が青に変わったのに気づかずに、慌ててアクセルペダルを踏むと、大トルクが255/50R20サイズの「ピレリPゼロ」をキュキュッと鳴かせる。あまりお行儀が良くないので、発進時のアクセル操作はジェントルに行いたい。
というところで、ガソリンに乗り換える。乗り換えた直後は、アイドル回転から力がモリモリ湧いてきたディーゼルの感覚に慣れていたせいで、ちょっと頼りなく感じる。
スペック的にはガソリンエンジンも1300rpmという極低回転域から最大トルク365Nmを発生しているのだけれど、タウンスピードでは発進加速で余裕を持って前に出る感じにおいても、アクセル操作に対する反応においても、ディーゼルに一歩譲る。
しかし慣れとはおそろしいもので、10分も乗り続けているとガソリンに対するこの不満を感じなくなってしまう。同条件で、同時にディーゼルとガソリンを乗り比べなければ、この市街地でのドライバビリティーの違いはわからなかったはずなので、この直接比較には意味があったといえるだろう。
高速道路の料金所を抜けてアクセルペダルを踏み込むと、市街地ではやや劣勢だったガソリンが輝く。3000rpmぐらいからタコメーターの盤面を駆け上がる針が勢いを増し、4000rpmを超えるとエキゾーストノートも「カーン」と抜けが良くなる。
こうした場面で、ディーゼルの加速にも不満はないというか、タイムを計ったらもしかするとディーゼルのほうが速いかもしれないけれど、ドラマを感じさせるのはガソリンのほうだ。ディーゼルは実直な実務派で、黒子に徹する。対するガソリンはエンターテイナーである。
高速巡航時には、大きな違いは感じられない。どちらも十分以上にスムーズで、静かだ。ここで感じるのは、ガソリンにしろディーゼルにしろ、乗り心地のよさ。近年のジャガーは、スポーツカーのF-TYPEにしろ、スポーツサルーンの「XF」や「XE」にしろ、乗り心地がいいのが特徴だ。切れ味鋭いハンドリングと、速度域を問わないしなやかな乗り心地が両立している。
ジャガーは最適解を見つけたのではないか、という印象はF-PACEでも同じだ。市街地ではゆったりと4本の足が動いて路面からの衝撃を吸収し、速度が上がるにつれ、衝撃を吸収した後の足の動きを上手に収束させてフラットな姿勢を保つ。あともうひとつ、静かな車内で聴くMERIDIANのサウンドシステムのクリアでクセのない音は、ドライブをさらに楽しくさせるものだった。
SUVでありながらワインディングロードでの試乗がハイライトになるというのが、ジャガーF-PACEの個性でありおもしろいところだ。
四駆システムのトルク配分は通常だと前10%:後ろ90%と後輪駆動に近く、また前後重量配分はほぼ50:50。さらに基本骨格の80%にアルミを使って軽量化したボディーなどが織り成す、このクルマのハンドリングのよさはよ?く知っている。知っているけれど、今回はガソリンとディーゼルを同条件で比較できるというので楽しみだった。
まずディーゼル。ディーゼルの見せ場は、コーナーから脱出する際の加速だ。コーナー出口でアクセルペダルを踏むと、グッと力強く前に出る。しかもそれほどエンジン回転を上げなくてもタイヤが路面を力強く蹴る。ガソリンエンジンでのスポーツドライビングに慣れた身には、エンジン音が高まらないのに力感がみなぎる重厚なフィーリングは新鮮だ。新種のファン・トゥ・ドライブを提供してくれる。
続いてガソリン。ガソリンの見せ場は、コーナーから脱出する際の加速だ。って、ディーゼルと同じだ。同じなんだけれど、ちょっとだけタイミングが違う。ディーゼルがアクセルペダルを踏んだ瞬間にグッとくるのに対して、ガソリンはアクセルペダルを踏んで回転が上がる過程で、その伸びやかな回転フィールやサウンドで楽しませてくれるのだ。ガソリンの脱出加速のほうが、にぎやかで華やか。やはり存在感を主張するエンターテイナーだ。
というわけで、都心部を走る機会が多い方にはディーゼルの低速域でのドライバビリティーがうれしいだろうし、遠出をする機会が多い方にも経済性を考えればディーゼルをおすすめしたい。
一方、ワインディングロードでスポーツドライビングを楽しむ方や、深夜の首都高速を走って気分転換をするような方は、ガソリンが気持ちを盛り上げてくれる。
個人的には、重厚なディーゼルは、ユーミンの『BLIZZARD』を聴きながら雪山に向かうのが似合うと思う一方で、ガソリンは桑田佳祐の『波乗りジョニー』を聴きながら湘南に行きたくなった。