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オーストリアでデビューするや世界中の自動車ファンに衝撃を与えた、ジャガー初の電気自動車「I-PACE」。新たな時代を切り開く「エレクトリック・パフォーマンスSUV」の走りとは?
文=島下泰久/写真=荒川正幸
ジャガーI-PACEを語る上で外せないのが、自動車のグローバルマーケットにおける2大トレンド、「電動化」そして「SUV」というふたつのキーワードだ。マスではなくとも影響力のあるアーリーアダプター的なユーザーの心をつかむには、電動化を避けて通ることはできない。一方、目下の市場を見れば、セールス全体におけるSUVの割合が急上昇している現実がある。ジャガー自身も、ブランド初のSUVとなった「F-PACE」によってブランドの認知度を高め、販売量を一気に増加させたのだ。
このふたつの潮流を融合させることで、ブランドの先進性を強くアピールする。ジャガー初のEVのSUVとしてマーケットに送り出されたI-PACEに託されたのは、そんな役割である。
そうした狙いからしても必然だろう。I-PACEのデザインは誰の目にも未来志向と映る独創的な仕上がりだ。かつての多くのジャガーが、パワフルなエンジンの存在を想起させる長いボンネットを持っていたのに対して、もはや内燃エンジンを搭載していないのだと示すが如くの短いフロントフードと、そこからワンモーションでボディー後端まで流れが続くハッチバッククーペフォルムに、最大22インチの大径タイヤ&ホイールを組み合わせた外観は、高い地上高も相まって、「今までのクルマとは違う何か」という雰囲気を強くアピールしている。
それでも、ちゃんとジャガーに見えるのは、ひとつにはアイデンティティーを色濃く継承したフロントマスクのおかげだ。大きく口を開けたグリルはデザイン要件だけで付けられているのではなく、PCU(パワー・コントロール・ユニット)や電気モーター、駆動用バッテリー等々、EVにも冷やさなければならない部分がいくつもある故のこと。ここを通過した空気はフード上面から抜かれ、空力的にもメリットをもたらす。
リアもやはり機能性のあるデザインで、スポイラーの形状の工夫で空力によってリアウィンドウの汚れを防いでいる。おかげでリアワイパーは不要に。Cd値は0.29である。
インテリアも、やはり先進的な雰囲気だ。ダッシュボードはジャガーらしく、ドライバーを取り囲むようなレイアウト。計器は大画面のディスプレイ内に収められ、ナビゲーションやオーディオなどを操作するインフォテインメントシステムは中央の大型タッチスクリーンで、空調は同じく、その下にあるタッチパネルで機能を呼び出す。ナビゲーションシステムはEV専用で、目的地を設定すると、到着時点でどれぐらいのバッテリー残量になっているかまで算出できる。
ただし、すべての機能がこうして画面内に集約されているわけではない。直感的に手を伸ばしてすぐに操作できた方がいい機能については、タッチの良さにまで配慮されたハードスイッチに割り振られている。この辺りも、ジャガーらしいドライバーズカーの発想である。
SUVらしくユーティリティーにも配慮されている。前提条件として、何しろI-PACEは室内が広い。特にその恩恵が大きいのは後席。キャビンフォワードフォルムのおかげでホイールベースは2990mmと長く、全長は「XE」並みの4682mmなのに、レッグルームは最上級サルーンの「XJロング」とほぼ同等なのである。ラゲッジスペースも後席使用時で656リッター、最大で1453リッターにも達する。それだけじゃない。フロントのフード下にもさらに27リッターの空間が確保されているのだ。
このボディーはオールアルミ……厳密には全体の94%がアルミ製とされる。リチウムイオンバッテリーをホイールベース間のフロアに敷き詰めるようなレイアウトとすることで重心を下げ、また前後50:50という良好な重量配分を実現する。ボディーのねじり剛性値は3万6000Nm/degと、「F-TYPEクーペ」にも匹敵するほど高い。
電気モーターは前後アクスルにそれぞれ1基ずつの計2基。合わせて最高出力400ps、最大トルク696Nmを発生し、2.1tもある車重をものともせずに、車両を静止状態から100km/hまで4.8秒で到達させる。リチウムイオンバッテリーは容量90kWhで、航続距離はWLTPモードで最大470kmと発表されている。
サスペンションは、フロントがF-TYPE譲りのダブルウイッシュボーン、リアがF-PACE由来のインテグラルリンク式で、エアスプリングと組み合わされる。乗降時には車高が40mm下がり、オフロードモードでは50mm上がる。また高速走行中にも10mm、自動的に車高が低くなる。
その走りは月並みな表現だが、さすがジャガーとうならせる出来栄えだった。発進・加速は、EVだけに踏み込んだ瞬間から力強いトルクがもたらされ、しかも4WDシステムがそれを余すことなく路面に伝えて、まさにグイグイと速度を伸ばしていく。うれしいのは、単にトルクの出方がフラットなのではなく、アクセルペダルを踏み込むほどに伸びを感じさせる特性にしつけられていること。電動でも、加速にちゃんと味があるのだ。
アクセルペダルから足を離すと働く回生ブレーキは、利きを2段階に変更できる。「high」では高い減速Gによりブレーキペダルにほとんど触れる必要のないまま走行が可能。しかも減速力の98%を回生できるという高効率ぶりを見せる。また、クリーピングについてもそれとは別にオンオフを切り替えられる。
駆動、そして回生の効率が相当高いのだろう。走行中、電費計を注視していると、バッテリーの電気の減りは思った以上に遅いという印象だった。これなら額面の航続距離から想像する以上に、充電のことを考える必要なく使うことができそうである。
そしてハイライトは、何といってもフットワークの良さである。ステアリング操作に対するクルマの向きの変わり方は非常にナチュラルで、まさに意のまま、思いのままという感覚。スタビリティーも高く、実はサーキットで頑張って攻めてもなお、まったく危なげがない。「トルクベクタリングバイブレーキ」のような電子デバイスはもちろん、重心の低さ、優れた前後重量配分も貢献しているのは間違いなく、SUVということを意識せずにコーナリングに没頭できるのだ。
乗り心地も上々。22インチという大径タイヤ&ホイールのことは、走っている間は完全に忘れてしまう。これもまた、高いボディー剛性、そしてしなやかなサスペンションの恩恵だろう。
しかも、その上でI-PACEは、ランドローバーもかくやという想像を超えるオフロード性能まで獲得している。優れたトラクションにより雨でぬれた急斜面をまるで苦にせず登り、緻密なコントロール性のおかげで、ぬかるんだ山道でも安心感はたっぷり。しかも渡河深度は500mmを確保しているから、膝上までつかるような川にも入っていける。高電圧バッテリーを満載したクルマだけに、なおのこと入念に水の浸入が抑えられているのである。
実はジャガーはI-PACEの開発にあたって、1万1000時間のコンピューター上でのバーチャルテストに加えて、200台の試作車で延べ1万5000時間に及ぶ実走行テストを実施した。EVであれ何であれ、クルマはパーツを買ってきて組み立てればできるわけではない。丹念な作り込みこそが、I-PACEをこのようにプレミアムなEVのSUVに仕立てている。見た目も走りも、ジャガーらしいクラフトマンシップと先進性がうまく組み合わされ、“ジャガーならでは”の味わいと新しい魅力をさまざまな部分で感じさせるプロダクトが、このI-PACEなのだ。