第375回:小林彰太郎氏はナウかった! 没後1周年寄稿(前編)
2014.11.28 マッキナ あらモーダ!気がつけば1年
早いもので、小林彰太郎カーグラフィック初代編集長があの世に旅立ってから1年が過ぎた。去年、筆者は自動車誌『SUPER CG』編集部員時代に上司だった小林さんの思い出を本欄につづった。
その後も、クルマを運転したり各地を旅したりしながら、「そういえば小林さん、こんなこと言ってたな」と思い出すことがたびたびあった。そこで今回と次回は、さまざまな小林さん名語録をオムニバス的に記すことで、氏の没後1周年をしのびたい。
小林さんと会話していると、話題はあちこちに飛んだ。それだけに、飽きることがなかった。そんな雰囲気も味わっていただけたらと思う。
小林さんが教えてくれたこと
まず、小林さんがたびたび繰り返して教えてくれたことに「どんなに下手な文章でもいいから、取材したその日のうちに書いておきなさい」というのがあった。小林さん自体は、その効果について言及しなかったし、当時のボクは面倒くさがって実行に移していなかった。だがフリーになってから、たしかにそうすると、後で読んだときに、文章に勢いや、事物に接したときの感動が乗り移っていることがわかった。日常生活全体がぐうたらなボクであるが、「すぐ書く」だけは守ることにしている。
しかし小林さんとの会話はデスクや会議中よりも、出張中のクルマや飛行機の中のほうが多かった気がする。思い出すのは、メルセデスに関する問答だ。
あるとき、小林さんとクルマに乗っていたら、ちょっと古いメルセデスが向こうから走ってきた。それを見たボクは「古いメルセデスって、新車のときの気負いのようなものが抜けて、いい味が出ますね」と、とっさに言った。
小林さんはというと、首を横に振って、こう言い放った。
「ベンツ――小林さんは、少なくとも編集部内では“メルセデス”と呼んでいなかった――は、いつでも一番新しいのがいいに決まってるんだ。徹底的に使って、最後はポーン! と捨てちまうのが正しい使い方だよ!」
すでに「190E」が出まわってメルセデスの敷居が低くなっていたとはいえ、「ポーン! と捨てる」という感覚にボクは度肝を抜かれたものだ。ただしメルセデスに関して、小林さんはこんなこともたびたび言っていた。
「もし無人島に住むことになって、クルマを1台しか持って行けないとしたら、いちばん小さい6発(6気筒)を積んだ『Eクラス』がいいな」
当時のEクラスとは「W124」である。今なお欧州でW124を高く評価する声を聞くたび、小林さんの「もしも無人島」発言を思い出し、小林さんの選択眼に恐れ入る。まあ当時のボクは、「無人島にガソリンスタンドはあるんですか?」という突っ込みを入れたくて仕方なかったのも事実だが。
常に謙虚だった
自動車ジャーナリストの草分けだからこそ知っている話も楽しかった。例えば1960年代、ある日本の自動車メーカーが、製品デザインレベル向上のため、イタリアのカロッツェリアをコンサルタントとして招聘(しょうへい)したときのエピソードである。
小林さんによると、「イタリア人社長は、東京にやってきて日本側の接待を受けていた。ところが宴たけなわの頃、社長は、ひとこと『われはイタリア男児なるぞ!!』とのたまうた。それを聞いた◯◯自動車の役員たちは、慌てて芸者を呼んだんだ」という。
今ふうにいえば、とっさに「空気」を呼んだ日本メーカーの役員もすごいが、イタリアのカロッツェリアが、日本の自動車産業にとって、明治時代に西洋印刷術を教えに来たキヨソーネに匹敵する「大先生」だった時代がしのばれる話である。同時に、それを語る小林さんの楽しそうな顔が思い出される。
「草分け」と記したものの、小林さん本人は至って謙虚であった。
もっともよく覚えているのは、とある都内一流ホテルのレストランで夕食をしたときである。
小林さんはジャケットこそ着ていたものの、ネクタイを締めていなかった。早速ウェイターがやってきて、いんぎん無礼な調子でタイ着用を言い渡した。ボクは「ようお兄ちゃん、その仕事何年やってるかわからないけど、ウチの親分の風格を見ろよ」と、任俠(にんきょう)映画の若造のごとく抗議の言葉が喉から出かかった。
しかし当の小林さんはといえば何も言うこともなく、席に臨むべくレストラン備え付けの青い貸しネクタイを締め始めた。
どんな場面でも紳士的に振る舞う小林さんと対照的な、自分の品格の欠如を猛省したものだ。
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聞き正し忘れた、あの一言
同様に、カーグラフィック誌に関しても、創刊者である自身の功績を人前で吹聴することはなかった。ただしボクにはたびたび、1970年代初頭を回想しながら、こんな話をしてくれたものだ。
「当時はな、『メンズクラブ』と『カーグラフィック』を抱えて歩くのが、ナウかったんだ」
それを聞くたび、ボクとしては両誌の厚みからして、昔の若者はかなり腕力があったんだな、などというたわいもない想像をしたものだ。
それはさておき「ナウい」は、その時点において、もう十分に死語だった。当時のムードを出すため意図的に用いていたのか、それとも、廃れたことも知らず使い続けていたのか。ついぞ聞き正す機会がなかった。
ちなみに小林さんは「オバタリアン」という、漫画のタイトルを起源とする言葉も長年会話に使用していたことからも、「ナウい」の使用期限切れに気づいてなかった疑いがある。
ボクとしては、いつかあの世に行ったら、川上 完氏や徳大寺有恒氏がいない場所で、こっそり聞こうと思っている。小林さんに恥をかかせないように。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ、ラムダインク>
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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