ポルシェ718ボクスター(6MT/MR)/718ボクスターS(7AT/MR)
抜群の完成度 2016.04.30 試乗記 従来の6気筒自然吸気エンジンに代えて、新たに4気筒ターボエンジンを搭載した「ポルシェ718ボクスター」シリーズ。ダウンサイジングターボ化による恩恵はどれほどのものか、そして失ったものは? ポルトガルの公道で確かめた。車名に見るポルシェとミドシップの歴史
一般論として、リアミドシップが運動性能的に最善のパッケージとして広まり始めたのは、F1で1950年代後半から、スポーツカーで1960年代後半からという流れになる。前者はクーパーが、後者はさまざまな意見があるだろうが、マトラやデ・トマゾ、ロータスやランボルギーニなどがゲームチェンジャーとして名を連ねるに値するだろう。
そのミドシップレイアウトをポルシェが最初に採ったのが、「550」シリーズとその派生モデルである「718」シリーズだ。出自的には“レーシングモデル”であるこれらは、当時盛んだった公道レースや耐久レースで活躍し、ポルシェによれば大小含め実に1000もの勝利をもたらしたという。
さらに、戦前にさかのぼればフェルディナント・ポルシェ博士がアウトウニオンの依頼で作り上げたレーシングカー「Pヴァーゲン」があり、身近なところではご存じ「914」があり、あるいはリミテッドモデルの「カレラGT」や「918スパイダー」があり……と、実はポルシェとミドシップをひも付けるキーワードは数多い。
もちろん、世代によっては「904」や「917」、「956」や「962」をその代表として挙げることもあるだろう。今回“718”がポルシェの市販ミドシップを代表するコードとしてピックアップされたのは、ストリートに軸足を残しつつ数々の栄光を得ていること、そして社内で最後まで採用検討された550に対しては、戦績の豊かさや言葉の響きの非凡さなどで優位にあるという理由から、それが選ばれたという。つい先日、北京モーターショーでは新型「718ケイマン」が発表されたが、今後は「ポルシェ911」と同様、ポルシェ718という看板の下にボクスターとケイマンがぶら下がることになるわけだ。他に何かが加わる可能性があるかはまったく定かではないが。
“フラット6”から“フラット4ターボ”へ
技術面における718ボクスターの最大のトピックは、なんといってもエンジンの変更だ。これまでのフラット6に代わって搭載されるのは、シングルターボで過給されるフラット4。ポルシェいわくの「ライトサイジング・コンセプト」にのっとったそれは、同じくターボ化された「911カレラ」の3リッターフラット6をベースとしている。よって、718ボクスターに積まれる2リッターフラット4のボア×ストロークは911カレラと同一。そして「718ボクスターS」に積まれる2.5リッターフラット4の排気量は、ボア側の拡大で稼ぎ出している。
リアエンジンの911とは違い、ミドシップの718では幅の広い水平対向エンジンの吸気や冷却に用いる外気導入口をボディーの側面に確保しなければならず、両バンクにおのおのターボを用いた等長排気レイアウトはスペース的に難しい。ゆえに、切り落とされた2気筒ぶんの空きスペースを活用してエキマニを前方へと導き、触媒とタービンを並べて配置している。結果、エキマニは不等長となるわけだが、これについては相当な検証を重ね、ベストなパフォーマンスを得るに至ったということだった。ちなみに、2リッターの718ボクスターは300psの最高出力でもって0-100km/hは4.7秒。2.5リッターの718ボクスターSは350psで4.2秒(共に7段PDK仕様の数値)と、そのパフォーマンスは従来型より著しく向上しており、911カレラに限りなく近いところ……といっても大げさではないところに位置している。そしてもちろん、718ボクスターシリーズには6段MTの用意もある。
この動力性能の向上に対応すべく、シャシーの側ではコイルやスタビライザーのレートを強化。ダンパーは大径化に伴い特性も最適化している。サスペンション骨格についてもクーリングチャンネルの拡大に合わせてアーム長に若干の修正を施したほか、ラテラルメンバーの追加やホイールの0.5インチのワイド化など、主にリアまわりを中心に強化している。
ブレーキは718ボクスターが先代「ボクスターS」のシステムを、718ボクスターSが現行911カレラのシステムをベースにしており、動力性能に見合った実力が持たされていることがうかがえる。
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幅広い回転域で実感するターボ化の恩恵
「キャリーオーバーされたのは幌(ほろ)とトランクリッドのみ」というエクステリアの印象は、先代に対して随分とシャープだ。ややデジタライズされた雰囲気を感じるのは、4ドットのLEDマーキングを持つヘッドランプの冷涼感によるものだろうか。インターフェイスでの大きなトピックは、360φというポルシェとしては小径のスポーツステアリングが新たにオプション設定されたことと、PDK仕様に右が+、左が-のシフトパドルが標準化されたことだろうか。前者は運動性能の変化を代弁するものだろうと思われる。
ターボ化による恩恵をことさら感じるのは、低・中回転域のトルクの厚みだろう。小気味よい加速を求めれば従来のフラット6だとシフトダウンを余儀なくされた2000~4000回転付近における力強さはやはり相当なもので、特に2.5リッターの718ボクスターSであれば、42.8kgmという額面を超えた“蹴り出し”が伝わってくる。一方で1300rpm以下のごく低回転域では、やはり4気筒なりの粘りの弱さが振動などに表れるのも否めなく、PDKのオートモードでも使用回転はそこより上となるよう制御しているようだ。
高回転域の伸びは直噴ターボエンジンとして文句のつけようがない。7000rpmの直前までパワーの伸びは衰えず、7500rpmのレッドゾーンまで急激なドロップ感もなくきれいに吹け切るあたりはさすがだと感心させられる。そして中間域のアクセル操作に対するターボラグのなさに関しても、ドライバーの期待にしっかり応えてくれる。この点、可変ジオメトリータービンを用いる718ボクスターSはもちろんだが、普通のボクスターについてもダイナミックブーストなどの独自制御により、微細な踏み込みにも間髪入れず応答するレスポンスを実現している。
ちなみに、今回のモデルではドライブモードの切り替えが従来のコンソールからステアリング据え付けのロータリースイッチに改められ、スポーツクロノパッケージの選択時には中央のボタンを押すことで最大ブーストのモードを20秒間維持する機能が用意されている。918スパイダーの「Eブースト」機能を思い起こさせるギミック……と、正直軽く受け止めていたのだが、これが使ってみるとなかなか有効で、例えば高速巡航時に前車をパスする際など、シフトダウンよりも簡単かつ有効な手段として用いることができた。
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高い完成度を誇るものの……
固められた足まわりなどから予想はしていたが、シャシーのタッチは先代に対して明らかにマッシブな印象になっている。先代に対して低速域における“突き上げ”や“揺すり”がちょっと増えたのは、試乗車がオプションの20インチタイヤを履いていたからだけではないだろう。一方でロール量は抑えられ、旋回時の剛性も明確に向上と、アジリティー的には大きな変化がある。操舵(そうだ)応答性が10%ほど高められていることもあって、クルマの横方向の動きははっきり体感できるほど素早くなった。個人的に19インチのバランスが非常に高いと感じた一方、試乗車が用意されなかった718ボクスターに標準の18インチでは、曲がりで力不足を感じる場面もわずかながら出てくるだろうと想像する。
従来型がそうであったように、718ボクスターのオープンスポーツカーとしての完成度は相変わらず抜群だ。価格帯的にも、ライバルの追従を許さないところにいるのは間違いない。それについては太鼓判を押せる。が、同時にエンジンの変化が絶対性能ではなく官能性において賛否を呼ぶことになるだろうことも予想できる。かつてのスバルにも似た不等長排気のエキゾーストサウンドは、回すほどにかつてのスバルではかなえられなかった高回転のボクサーサウンドを聞かせてくれる。が、さすがにこれまでのフラット6の澄んだ音、そして振動環境にはかなわない。それが果たしてどのような評価となるかは、僕自身も想像がつかないというのが正直なところだ。ちなみに試乗車の大半には、かなりたくましいサウンドを奏でるスポーツエキゾーストが装着されていたが、個人的にはノーマルエキゾーストの方がフラットエンジンならではの純度を感じさせる音を聴かせてくれていたように思う。
(文=渡辺敏史/写真=ポルシェ)
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テスト車のデータ
ポルシェ718ボクスター
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4379×1801×1281mm
ホイールベース:2475mm
車重:1335kg
駆動方式:MR
エンジン:2リッター水平対向4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:300ps(220kW)/6500rpm
最大トルク:38.8kgm(380Nm)/1950-4500rpm
タイヤ:(前)235/40ZR19 92Y/(後)265/40ZR19 98Y(ピレリPゼロ)
燃費:7.4リッター/100km(約13.5km/リッター、欧州複合モード)
価格:658万円
オプション装備:--
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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ポルシェ718ボクスターS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4379×1801×1280mm
ホイールベース:2475mm
車重:1385kg
駆動方式:MR
エンジン:2.5リッター水平対向4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:350ps(257kW)/6500rpm
最大トルク:42.8kgm(420Nm)/1900-4500rpm
タイヤ:(前)235/35ZR20 88Y/(後)265/35ZR20 95Y(ピレリPゼロ)
燃費:7.3リッター/100km(約13.7km/リッター、欧州複合モード)
価格:904万4000円
オプション装備:--
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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