【F1 2017 続報】第3戦バーレーンGP「砂漠の奇襲」

2017.04.17 自動車ニュース
F1第3戦バーレーンGPを制したのは、フェラーリを駆るセバスチャン・ベッテル。開幕戦に次ぐ今季2勝目を飾り、単独でポイントリーダーとなった。(Photo=Ferrari)
F1第3戦バーレーンGPを制したのは、フェラーリを駆るセバスチャン・ベッテル。開幕戦に次ぐ今季2勝目を飾り、単独でポイントリーダーとなった。(Photo=Ferrari)

2017年4月16日、バーレーン・インターナショナル・サーキットで行われたF1世界選手権第3戦バーレーンGP。今季初めてフロントローを独占したメルセデスはタイヤでその速さを生かしきれず、背後からフェラーリの奇襲に遭い陥落した。

予選でメルセデス勢に0.4秒も離され3位に甘んじたベッテル(写真)は、大きなギャップに対するショックを隠さなかったものの、ロングランペースには自信を持っていた。その勝因は、スタートでルイス・ハミルトンを出し抜いたこと、そしてアンダーカットを狙い先んじてタイヤ交換に踏み切ったこと。終盤猛チャージを仕掛けるハミルトンに6.6秒もの差をつけての逆転優勝となった。(Photo=Ferrari)
予選でメルセデス勢に0.4秒も離され3位に甘んじたベッテル(写真)は、大きなギャップに対するショックを隠さなかったものの、ロングランペースには自信を持っていた。その勝因は、スタートでルイス・ハミルトンを出し抜いたこと、そしてアンダーカットを狙い先んじてタイヤ交換に踏み切ったこと。終盤猛チャージを仕掛けるハミルトンに6.6秒もの差をつけての逆転優勝となった。(Photo=Ferrari)
連続ポールポジション記録は「6」で終わり。メルセデスのハミルトン(写真)は、予選定位置のP1をチームメイトのバルテリ・ボッタスに譲り2番グリッドからスタート。ベッテルに先を越され3番手に落ちるも、終盤になんとか2位まで持ち直した。セーフティーカーラン中の不用意なスローダウンで5秒ペナルティーを受けていなければ、ベッテルとの優勝争いはより白熱したかもしれない。(Photo=Mercedes)
連続ポールポジション記録は「6」で終わり。メルセデスのハミルトン(写真)は、予選定位置のP1をチームメイトのバルテリ・ボッタスに譲り2番グリッドからスタート。ベッテルに先を越され3番手に落ちるも、終盤になんとか2位まで持ち直した。セーフティーカーラン中の不用意なスローダウンで5秒ペナルティーを受けていなければ、ベッテルとの優勝争いはより白熱したかもしれない。(Photo=Mercedes)
予選後、「今日の主役はこっちだよ」と言わんばかりのジェスチャーを見せたハミルトン(写真右)。だが、そのボッタス(同左)が主役だったのは土曜日の予選まで。GPキャリア5年目で取った初ポールポジションからのスタートでトップを守るも、タイヤとの格闘を余儀なくされ結果3位。ただ、前戦中国でセーフティーカーラン中にスピンするという失態を演じていただけに、バーレーンではその汚名は返上したといえるだろう。(Photo=Mercedes)
予選後、「今日の主役はこっちだよ」と言わんばかりのジェスチャーを見せたハミルトン(写真右)。だが、そのボッタス(同左)が主役だったのは土曜日の予選まで。GPキャリア5年目で取った初ポールポジションからのスタートでトップを守るも、タイヤとの格闘を余儀なくされ結果3位。ただ、前戦中国でセーフティーカーラン中にスピンするという失態を演じていただけに、バーレーンではその汚名は返上したといえるだろう。(Photo=Mercedes)

アロンソの決断、3戦目の2強対決

バーレーンGPを目前に控えた4月12日、マクラーレンは、エースドライバーであるフェルナンド・アロンソが5月28日に行われるF1第6戦モナコGPを欠場し、同日アメリカで開催されるインディアナポリス500マイルレースに参戦すると発表した。過去に前例がなかったわけではないが、それでも極めて異例といっていい決断である。

アロンソは、かつてマクラーレンでF1をドライブしたこともあるインディシリーズの元王者で現チームオーナー、マイケル・アンドレッティが用意するマシンで、今年101回目を迎える伝統のオーバルレースに初挑戦する。インディ用のホンダ製エンジンを搭載した「マクラーレン・ホンダ・アンドレッティ」としてのエントリーだ。1970年代にジョニー・ラザフォードとともに優勝を経験しているマクラーレンにとっては、およそ40年ぶりの“ブリックヤード”への復帰である。

冬のテストから不調にあえぐマクラーレン・ホンダで奮闘を続ける、2005年と2006年のワールドチャンピオンであるアロンソは、開幕戦オーストラリア第2戦中国とポイント圏内を力走しながらトラブルによりリタイアを喫していた。それでもアルバートパークでは「キャリアベストのレースだった」、上海では「開幕戦以上の出来だった」と、チームと自らを鼓舞するかのような前向きな発言を繰り返していた。

パワー不足のホンダユニットでも入賞の可能性が高いとみられているモナコを欠場してまでインディ500に打って出ようとするアロンソの真意はどこにあるのか? 2006年と2007年にモナコを制しているアロンソは、インディ500とルマン24時間レースでも勝ち、グラハム・ヒル以来の「世界3大レース制覇」という夢を実現させたいのかもしれない。

またマクラーレンやホンダは、今季末に契約が切れるエースを残留させるべく、アロンソの望みを後押ししているのかもしれない。あるいは、マーケティング畑を歩いてきたマクラーレンの新しいボス、ザック・ブラウンのPR戦略と合致したことも考えられる。いずれにしろ、今回のニュースがモータースポーツ界に衝撃をもって伝わったのは事実である。なお代役は、昨季までレースを戦い、契約上いまもマクラーレンに属しているジェンソン・バトンになることが決まっている。

話題を今年のチャンピオン争いに移せば、メルセデスのルイス・ハミルトンとフェラーリのセバスチャン・ベッテル、2人のチャンピオン経験者が過去2戦で1位と2位を分け合い、同点でポイントリーダーとして名を連ねていた。

温度が上昇した開幕戦ではメルセデスがタイヤの問題を露呈させ星を落とし、雨が絡み気温も低かった中国では、シルバーアローが跳ね馬を上回るパフォーマンスを披露した。今年で13回目となるバーレーンGPの舞台は砂漠の中のコース。2014年からナイトレースとなったものの、当然気温は高めで雨の可能性も低く、フェラーリ有利との声が多く聞かれた。銀と赤の真っ向勝負、3戦目の行方は果たして……。

開幕戦オーストラリアで4位、続く中国で5位だったキミ・ライコネン(写真)。僚友ベッテルと比べれば寂しい結果しか残せておらず、過去8回も表彰台に上がっているバーレーンで復活への糸口をつかみたいところだった。だが予選5位からスタートで7位に後退。レース終盤は3位ボッタスの2秒後方まで追い上げるも脅威を与えるまでには至らず、結果4位でチェッカードフラッグを受けた。(Photo=Ferrari)
開幕戦オーストラリアで4位、続く中国で5位だったキミ・ライコネン(写真)。僚友ベッテルと比べれば寂しい結果しか残せておらず、過去8回も表彰台に上がっているバーレーンで復活への糸口をつかみたいところだった。だが予選5位からスタートで7位に後退。レース終盤は3位ボッタスの2秒後方まで追い上げるも脅威を与えるまでには至らず、結果4位でチェッカードフラッグを受けた。(Photo=Ferrari)

ボッタス、自身初のポールポジション

3回のフリー走行では、メルセデス、フェラーリにレッドブルを加えての三つどもえの様相を呈した。ベッテルが金曜日の2回のセッションでトップを取れば、予選目前の3回目ではレッドブルのマックス・フェルスタッペンが最速。メルセデスは1度もタイムシートの最上段に名前を載せられなかったものの、チャンピンチームが“最後の武器”をポケットに忍ばせていることは容易に想像できた。

土曜日夜の予選では、Q1、Q2とハミルトンが1位。そしてQ3でもメルセデス同士が僅差で首位争いを繰り広げ、バルテリ・ボッタスがメルセデス移籍後3戦目、GPキャリア5年目にして初めてポールポジションを獲得した。2位ハミルトンの連続ポール記録は6戦止まり。2人のタイム差はわずか0.023秒だった。

メルセデスから0.4秒も離されてしまったベッテルは3位、僚友キミ・ライコネンは5位。スクーデリアはここでも一発の速さではかなわなかった。赤いマシンの間に割って入ったのはレッドブルのダニエル・リカルドで4番手。そのチームメイトのマックス・フェルスタッペンは6番手だった。

激しい中団争いの中でルノーの健闘が光り、ニコ・ヒュルケンベルグが7番グリッド、ジョリオン・パーマーは自身初Q3進出で10番グリッドを得た。ウィリアムズのベテラン、フェリッペ・マッサは8位、ハースのロメ・グロジャンが9番グリッドを獲得した。

オーストラリア、中国と、メルセデスおよびフェラーリの後塵(こうじん)を拝することが多かったレッドブルはバーレーンで好調な出だしを見せ、予選ではダニエル・リカルド(写真)が4位。ポールシッターのボッタスから遅れること0.7秒と、過去2戦に比べて2強との差を縮めてきた。しかしレースではそうはいかず、リカルドは5位フィニッシュ。前戦中国で3位表彰台に上がったマックス・フェルスタッペンは予選6番手からブレーキトラブルでリタイアした。(Photo=Red Bull Racing)
オーストラリア、中国と、メルセデスおよびフェラーリの後塵(こうじん)を拝することが多かったレッドブルはバーレーンで好調な出だしを見せ、予選ではダニエル・リカルド(写真)が4位。ポールシッターのボッタスから遅れること0.7秒と、過去2戦に比べて2強との差を縮めてきた。しかしレースではそうはいかず、リカルドは5位フィニッシュ。前戦中国で3位表彰台に上がったマックス・フェルスタッペンは予選6番手からブレーキトラブルでリタイアした。(Photo=Red Bull Racing)
フェルナンド・アロンソのインディ500参戦という衝撃的なニュースで注目を集めたマクラーレン。筆頭株主がいるバーレーンは隠れたホームレースでもあったが、トラブルが相次いだ。アロンソ(写真)は予選Q2まで進出するもパワーユニットのMGU-Hの不具合でアタックできず予選15位、ストフェル・バンドールンはQ1どまりの17位。レースではバンドールンがMGU-Hトラブルでスタートを断念。孤軍奮闘となったアロンソは非力なパワーユニットでも中団グループで格闘、54周でリタイアしたものの14位完走扱いとなった。(Photo=McLaren)
 
フェルナンド・アロンソのインディ500参戦という衝撃的なニュースで注目を集めたマクラーレン。筆頭株主がいるバーレーンは隠れたホームレースでもあったが、トラブルが相次いだ。アロンソ(写真)は予選Q2まで進出するもパワーユニットのMGU-Hの不具合でアタックできず予選15位、ストフェル・バンドールンはQ1どまりの17位。レースではバンドールンがMGU-Hトラブルでスタートを断念。孤軍奮闘となったアロンソは非力なパワーユニットでも中団グループで格闘、54周でリタイアしたものの14位完走扱いとなった。(Photo=McLaren)
	 

ベッテル、アンダーカットに成功し首位へ

夜の帳が下りた日曜日の現地時間18時に57周のレースがスタートした。ボッタスが首位を守りターン1へ進入し、ベッテルが2位の座を得て、ハミルトンは3位に後退。以下フェルスタッペン、リカルド、マッサときて、ライコネンは7位にまで順位を落とした。予選での大敗を決勝での優勝で返したいベッテルにとって、まずはハミルトンの前に出たのは大きかった。

レース序盤はメルセデス、フェラーリ、レッドブルのトップ5台が3秒以内で数珠つなぎになりながら周回。トップのボッタスは、機器の故障により間違ったタイヤ空気圧でスタートしてしまい、ペースが上がらないでいたのだ。

そんな状況で先手を打ったのはまたしてもベッテルだった。11周目にタイヤ交換を敢行し、スタートタイヤ同様のスーパーソフトタイヤを履きコースに復帰。フェラーリが2ストップ作戦を選択したことが明らかになった。この動きにフェルスタッペンもならい、翌周ピットへと飛び込んだのだが、レッドブルの方はアウトラップでブレーキトラブルが発生。コースを飛び出し手痛いリタイアを喫した。

13周目、ランス・ストロールのウィリアムズとカルロス・サインツJr.のトロロッソが接触しセーフティーカーが出た。このタイミングでメルセデスが2台同時ピットストップを行うと、1位ベッテル、2位ボッタス、3位リカルド、4位ハミルトンという順位に。先んじてニュータイヤを履き快調に飛ばしていたベッテルが、見事にアンダーカットを成功させた。

17周目にレースが再開すると、ハミルトンが早々にリカルドを抜き3位に。2位ボッタスもトップのベッテルをオーバーテイクしようとするが、こちらは順位が変わらなかった。レース折り返し間近の27周目、ハミルトンはボッタスを抜き2位に上がると、6秒先行する1位ベッテルを追った。しかしハミルトンには、セーフティーカーラン中のピット進入で必要以上にスピードを落とし、後方のリカルドを抑えたということで、5秒加算のペナルティーが科されることになってしまった。

「マクラーレン・ホンダ・アンドレッティ」として、101回目のインディアナポリス500マイルレースにフェルナンド・アロンソとともにエントリーすることを発表したマクラーレン。アロンソにとっては初インディとなるが、チームとしては、1974年と1976年にジョニー・ラザフォード(写真)のドライブで伝統の“ブリックヤード”を制した戦績を残している。インディ500は1950年から1960年まで世界選手権の一戦に組み込まれていた歴史があり、またその後においてもF1のスタードライバーが数多く参戦。中でも1963年と1965年のF1チャンピオンであるジム・クラークは、1965年シーズンにアロンソと同じくモナコGPを欠場してロータスでインディ500に参戦し、見事優勝。さらにこの年のGPも席巻し、インディ500とF1のタイトル同時制覇を成し遂げた唯一のドライバーとして名を残している。(Photo=McLaren)
「マクラーレン・ホンダ・アンドレッティ」として、101回目のインディアナポリス500マイルレースにフェルナンド・アロンソとともにエントリーすることを発表したマクラーレン。アロンソにとっては初インディとなるが、チームとしては、1974年と1976年にジョニー・ラザフォード(写真)のドライブで伝統の“ブリックヤード”を制した戦績を残している。インディ500は1950年から1960年まで世界選手権の一戦に組み込まれていた歴史があり、またその後においてもF1のスタードライバーが数多く参戦。中でも1963年と1965年のF1チャンピオンであるジム・クラークは、1965年シーズンにアロンソと同じくモナコGPを欠場してロータスでインディ500に参戦し、見事優勝。さらにこの年のGPも席巻し、インディ500とF1のタイトル同時制覇を成し遂げた唯一のドライバーとして名を残している。(Photo=McLaren)

ハミルトン、終盤の猛チャージで2位

3位ボッタスは引き続きタイヤの状態が思わしくなくペースを上げられず、31周目に2度目のタイヤ交換に踏み切る。一方トップのベッテルは、ボッタスが手を焼いていたスーパーソフトタイヤでも順調に走行を続けていた。

フェラーリは34周目に1位ベッテルをピットに呼び、スーパーソフトからソフトに換装させた。その後コース上では、まだ最後のタイヤ交換とペナルティーを受けていないハミルトンが暫定首位につけていたのだが、41周目にソフトタイヤからソフトタイヤに履き替えると、ベッテル、ボッタスの後ろ、3位でコースに復帰した。

今季ベッテルとタイトルを争っているハミルトンにとっては、3位は受け入れがたい結果だった。ハイペースで飛ばし、47周目にチームメイトのボッタスをオーバーテイクし2位となったハミルトンはベッテルを追いかけた。だがこの時点でベッテルの貯金は10秒以上もあり、最終的には6.6秒にまで減ったものの、今季2勝目はベッテルの手中におさまることとなった。

優勝ベッテル、2位ハミルトン、3位ボッタスと表彰台の顔ぶれは開幕戦と同じ。そしてメルセデスがタイヤに苦戦するという展開も、また同様だった。現行1.6リッターターボ+ハイブリッド規定が始まる前、つまり独走劇を見せる前のメルセデスは「速いが、タイヤに厳しく、勝てない」という弱点を持っていた。そんな悪癖の再発が強く印象付けられた一戦だった。そして、1周の速さはともかく、レースにおけるフェラーリの強さがどうやら本物らしいということもしかりだった。

次の第4戦ロシアGPは、4月30日に決勝が行われる。

(文=bg)

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