第439回:日本人よアストンに学べるか? 「シグネット」で感じたブランドビジネスの本質
2011.11.04 小沢コージの勢いまかせ!第439回:日本人よアストンに学べるか?「シグネット」で感じたブランドビジネスの本質
家族的なスタッフにビックリ
人生日々これ勉強! ひさびさ考えさせられましたよ。アストン・マーティンの新マイクロ4シーター「シグネット」! ご存じ「トヨタiQ」ベースの“3mコミューター”で、ユニークな出来もさることながら、それ以上に香港で行われたアジア試乗会で実感しました。「ブランドビジネスの本質は“ファミリー”にある」と。
インプレは後に回すとして、今回は俺自身初のアストン試乗会で、スタッフがヤケにフレンドリーで家族的なところに感激。日本人の広報スタッフからして、アマチュアバンドマンの心優しきTさんと、香港では会えなかったが小柄で可愛らしい女性のAIさんで。さらに香港で出迎えてくれたスタッフのインパクトが大!
まずはメチャクチャな日本語を話す、ヘタすっと青い眼の落語家でもやれそうなマシュー・ベネットさんが出てきて、多少スカしたイメージだったアストン・マーティンの先入観を壊し、そこにちょっとオタクっぽいマーケティングのマレックさんやら、フェルナンド・アロンソ似のマーシャルさんやら、美人広報のサラさんが続く。
そもそもアストン・マーティンは年間1000台ちょっとしか作らない小規模メーカーだから、スタッフ部門はカーマニアで有名なウルリッヒ・ベッツCEO以下100人いるかいないかのはず(たぶん)。この時点で、ファミリームード、プンプンなわけよ。どっかの大メーカーとは大違い。今回の試乗のテーマにしても、「ポラロイド写真でいいカットを撮ってきて!」だもんね(笑)。
その上、語られる言葉が熱いこと熱いこと。試乗会に先立ち、マーシャルさんは「今回は世界で最もセクシーで、クールかつエキサイティングなクルマを体験していただきたい」と切り出し、「世界で最もラグジュアリーなシティーカー」「この3mの中にリアルなアストン・マーティンのソウルが息づいている」とか自画自賛気味(?)の解説。でもかなりマジ。
するとコチトラ現金なもんで、最初は「中身、iQなんだけど……」などとちょっと警戒してた心が徐々に和らぐ。やっぱ、売る側が自信満々かどうかって買う側にとって大きいし、そもそも向こうの人って日本人ほど、中身がどうだとか、出自がどうだって気にしてない。「結果としてアストンらしけりゃいいじゃん!」って感じなのだ。
実際、「シグネット」の外観はかなりオリジナル性が高く、ボディーパネルはルーフとリアピラー周り以外は新作だし、内装もアストンらしいリアルマテリアルぎっしり。素材は「DB9」と同じ。使われた本革の“量”に関しても「DB9」と同じだそうな。
「iQ」なのにはワケがある
それにトドメをさすのがオーバー1億円の超ステキなスーパーカー「One-77」をデザインしたチーフデザイナー、マレック・ライヒマンさんのクリニック。駐車場に「One-77」と「シグネット」の2台を並べながら、「大きいのと小さいのがありますが、どちらも同じバリューです」と始める。
で、見ようによっては、確かに両者はクリソツなのよね。「シグネット」のグリルは見れば見るほどアストンそのものだし、ライト周りやアルミホイールなどデザインロジックは共通。唯一、アストン・マーティンの特徴になってる跳ね上げ式のドアノブでないのは残念だけど、まさにアストンの“原寸大チョロQ”。エンブレムにしろ、手の込んだエナメル仕上げでジュエリーメーカーにわざわざ作らせてる。
シャイな日本人だとこういうプレゼンは絶対できないけど、向こうは大上段に構えて迫ってくる。
知っている人もいるだろうけど、「シグネット」が造られたきっかけは、ドイツのニュルブルクリンク24時間レースでのトヨタの豊田章男社長とアストンのウルリッヒ・ベッツCEOの個人的な接触からで、「iQ」をベースとしたのは章男社長の提案ではなく、ベッツCEOからの要望だとか。
ライヒマンさんが言うには「アストン・マーティンは4年前くらいからアストンファンが乗れるシティーカーを考えていて、フルオリジナルも考えたけれど、開発に時間がかかり過ぎる。早く提供するには別のメーカーのシャシーを使うのが賢明で、ベッツさんからも『一度検討してみては?』と言われた」そう。
出自にストーリー性がある。さらに、「採用の決め手はリアル・アストンを表現できる(iQの)横幅と走り。ステアリングフィールは小さいクルマらしからぬもので、アメイジングかつステイブルだ!」と興奮気味に語る。
話してるとアストン首脳陣が本気で「iQ」を気に入ってるのが伝わってくるし、予想外の評価に沈んでいる「iQ」が再評価されたのは、個人的にうれしくもある。価格が約3倍の475万円ってのはちょいと驚くが、俺も「iQ」は小さな高級車としてトヨタブランドじゃなくレクサスブランドで売るべきだと思ってたし、ハンドリングだってトヨタ製FF車の中で一番いいと思う。
イマイチ浮かばれなかった「iQ」を、遠い西の同じ島国のクルマ好きが救ってくれたという気すらするのだ。
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大事なのは「センスの共有」
それと多少ゴーインに結び付けちゃうと、あの世界的ヒットの「iPhone」や「iPod」にしても中身の多くは日本や韓国の技術なわけで……コンセプト作りや着眼点において、日本人が負けてるのは事実じゃないですか。
さらに言わせてもらうと、ブランドビジネスにおいて一番重要なのはハード的なクオリティー以上にストーリー性やセンスであり、作り手の自分の趣味に対する絶対的自信だと思う。それこそが日本メーカーに最も足りない部分で、アストン・マーティンが確実に持っているものなのだ。
考えてもみてほしい。「アストンが好き」というのは、スペック以上にその世界観、趣味に対する共感なわけじゃないですか。
高速安定性や信頼性は某ドイツメーカーの方が上かもしれないし、分かりやすさも某イタリアメーカーの方が優れているかもしれない。
でもアストンファンは、その圧倒的にセクシーでツウでオーセンティックなデザインと、英国的なワイルドムードにシビれるわけで。大切なのは、オイシイものを一緒に楽しもうよ、センスを共有しようよという意思だと思うのだ。ようするにそれが“ファミリー”ってことよね。
あのフェラーリだってそうでしょう。そもそもF1レースをしたかったエンツォ・フェラーリが、資金集めのためにレーシングカーに芸術的なガワをかぶせてパトロンに売ったのが始まりで、今の市販フェラーリだって、おそらくそういう面がある。それはユーザーにとってはエンツォの意欲への共感であり、まさしくフェラーリオーナーはスクーデリアフェラーリの家族なわけよ。
アストンだってそれは同じで、「DB9」や「DBS」を買う人は、アストンにお布施を払っているような部分があって、回り回ってルマンのレース活動にもつながるわけじゃないですか。だからシグネットを「リアル・アストンじゃない」とか「高い」と揶揄(やゆ)するのはちと違うと思う。
……ってなわけで、最後にシグネットの香港ちょい乗りインプレだけど、なかなか面白いですよ。全長3m程度なんで荒れた道でのピッチングはしょうがないけれど、独特な“遊園地のコーヒーカップ的ハンドリング”が味わえる。混雑した香港でも片側1車線あればUターンできる性能は貴重。当然、日本の都会でもいいだろう。
静粛性は確実に「iQ」以上で、その点に関して「シグネット」は確実にクオリティーアップしている。カスタマイズの自由度も高く、特にインテリアなんかはいろいろ好きにチョイスできる。
ちなみに、「シグネット(Cygnet)」という車名の意味は、「白鳥の子供」だそうな。なかなかに考えさせられる言葉ではありますな!
(文と写真=小沢コージ)

小沢 コージ
神奈川県横浜市出身。某私立大学を卒業し、某自動車メーカーに就職。半年後に辞め、自動車専門誌『NAVI』の編集部員を経て、現在フリーの自動車ジャーナリストとして活躍中。ロンドン五輪で好成績をあげた「トビウオジャパン」27人が語る『つながる心 ひとりじゃない、チームだから戦えた』(集英社)に携わる。 YouTubeチャンネル『小沢コージのKozziTV』
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