メルセデスAMG GT R(FR/7AT)
“グリーンヘル”の申し子 2017.08.15 試乗記 専用チューニングのエンジンとシャシー、そして空力デバイスが用いられた「メルセデスAMG GT」のハイパフォーマンスモデル「GT R」。高性能スポーツモデルの“聖地”、ニュルブルクリンク・ノルドシュライフェで鍛えられたその走りを試す。猫も杓子もニュルブルクリンク
この見るからに奇抜なボディーカラーが「Green Hell Magno(グリーンヘルマグノ)」というネーミングだと知って、すべての“疑問”がアッという間に吹っ飛んだ。そしてボクは、とんでもなくうれしい気持ちになった。あぁ、ヨーロッパの自動車カルチャーってヤツは、なんてこうもスケールがバカでかいのだ!
グリーンヘル。それは、ニュルブルクリンク・ノルドシュライフェの異名である。1周20.8kmに及ぶ山岳地帯の超高速コース。そのフェンスの向こう側に、これまで数え切れないほどのクルマたちが飲み込まれていったことに畏敬の念を表し、ニュルを“Green Hell”と呼んだのだ(どうやらF1ドライバーのジャッキー・スチュワートが最初に呼び始めたらしい)。
そしてこのAMG GT Rは、自らをそのマットグリーンで彩ることで、「己のアイデンティティーはニュルにあり」と、無言ながらに主張しているのである。
あぁ、なんて、イカしてるんだろう。
もちろん、このGT Rがニュルを舞台に開発されていることは知っていた。「日産GT-R NISMO」にはわずかに及ばないけれど、7分10秒9という恐るべきラップタイムをFR車でマークしたことも。というより、この手のスーパースポーツがニュルで鍛え上げられることはもはや当たり前の話過ぎて、気にも留めていなかったというのが本音だ。
だから真夏の日差しがさんさんと照りつける都内でこのGT Rに対面したときは、正直、少しうんざりした気持ちになった。後付けのオーバーフェンダーこそないが、明らかにボリュームを増したリアフェンダーは、まるで可憐(かれん)だったドイツ女性がビールとソーセージで激太りしてしまったお尻のようにどでかかったし、リアには小ぶりとはいえウイングまで付いている。そして、お世辞にも趣味が良いとは言えないマット塗装のメタリックグリーン……。通りを行き交う人々の、、好奇のまなざしにさらされていた。
まるで朝から分厚いビフテキを振る舞われたかのようなGT Rとの出会いは、46歳の男の胃袋にはかなりトゥーマッチだった。
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“チューニングカー”のように見せかけて……
タイヤをひと転がししてからは、さらに気後れ感が増した。
バックスキン仕立てのステアリングホイールと、レザー張りのフェイシア、そしてカーボンパネルとなったセンターコンソールに囲まれたコックピットは威圧感が強く、低い着座位置から見えるボンネットは横方向にバカでっかい。もちろん先端はまるで見えない。サイドミラーは小さくて、「こんなの東京で運転したくない!」と一瞬弱音を吐いた。
スターターボタンを押し込むと、触媒を活性化させるための初爆が「ドルンッ!」と腹の底まで響く。走りだせば、その乗り心地からベースとなるAMG GTよりもスプリングレートが高いのは明らかで、ダンパーを緩めた「コンフォート」モードでも不整地でボヨン! と小さく跳ねる。振幅が小さく、小刻みな横揺れもする。しかもタイヤは、標準装備で「ミシュラン・パイロットスポーツ カップ2」である。
本当にこれ、メーカーが売ってるクルマなの? まるでチューニングカーじゃないか。
だけれど、体のキャリブレーションが進むにつれて、意外やこの乗り味がしっくりとなじんでくるから始末に悪い。その乗り心地をあらためて見つめ直すと、そこはメルセデスの監修がきちっと入り、ギリギリのラインでのクオリティーコントロールが働いていることがわかる。
ノーマルもしくは「S」モードでのエンジンサウンドは、少なくとも室内で聞く分には静かに抑えられており、これを「S+」にすると「ヴァララッ」と乾いたサウンドがアクセルオフで軽くはじける。そして「RACE」モードを選ぶと、まるで雷が落ちたかのように「ゴロゴロッ! ヴァフアァ!」とごう音が鳴り響き、驚いてもとに戻せばまた静かな世界が訪れた。
7段デュアルクラッチ式ATをリアに配置したトランスアクスルの駆動系も、バックラッシュによるトルクの断続や歯打ち音を感じさせることなく、極めてスムーズにGT Rを走らせる。ここら辺は、同じ“R”でも「日産GT-R NISMO」より洗練されている。
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スポーツドライビングをきちんと楽しめる
極めつけは、いつものワインディングロードでその実力を、ほんの少しだけ解放したときの高揚感だった。
GT系メルセデスの伝統である天地に狭く横に長いフロントスクリーン。そこから見える景色は、まさにニュルのデジャヴだった。一応、モードは「スポーツ+」を選択。GT Rのシャシーに一般道での荷重域では明らかに役不足だが、それでも足まわりはほんの少しだけロールを許し、V8ツインターボを抱えるノーズをしっかりとコーナーの内側へと入れていく。そのときリアサスペンションも素直に追従して、フロント荷重を増やす手助けをしていると感じ取れる。これが低速域では逆位相、高速域では同位相に振れる「リア・アクスルステアリング」の恩恵なのかは計りかねたが、とにかく、この体格でGT Rは素早く曲がる。
こうしたスーパースポーツでありながら、頑固にリアダンパーを固めてお預けを食らわせるのではなく、自然なコーナリングフォームにしつけるあたりはさすが。作り手がスポーツドライビングのなんたるかを完全に理解し、かつ安全を担保しながらカスタマーに提供しようとする姿勢がなければ、これはできないことだ。
4リッターというV8ツインターボエンジンの排気量も、スポーツドライビング領域の中に余裕を生み出す考え抜かれた排気量設定だとつくづく思う。585psの最高出力は6250rpmという適度な回転域で発生するから、必要以上に緊張感を抱かずに済む。またそんな蛮勇を振り絞らずとも700Nmの最大トルクを自在に引き出せる特性から、ショートシフトでつないでいくだけで文句のないスピードが手に入る。
つまり運転にピーキーさが一切ない。
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“ニュル”あればこそのこのクルマ
ダッシュボードにはトラクションを9段階で制御できるダイヤルまで付いており、さらに安全に、かつ段階的にそのパワーを乗り手へデリバリーしてくれる。もちろんこれを“ゼロ”まで試しはしなかったが、少しずつダイヤルを緩めてアクセルの踏み込み量を増やしていく作業は、GT Rと自分の距離を縮めていく行為に他ならないと感じられた。そしてそのスタビリティーを根底で支えているのは、先ほど文句を付けた「カップ2」のグリップだった。
「これなら、ボクでもニュルを走れるかもしれない」
そう思えるだけで、うれしかった。そしてこれこそが、このGT Rを手に入れたオーナーたちが感じることのできるカタルシスなのだろう。
当初はメルセデスのようなメーカーが、その足まわりを固めてまでチューニングカーのようなクルマを作ることに疑問を抱いた。でも、かの地にはそうしたクルマたちが堂々と走れる“ニュル”というステージがあるのだ。そしてこのGreen Hell Magnoというボディーカラーのネーミングを聞いて、AMG GT Rの存在意義を理解することができたというわけだ。
2300万円という価格は筆者のような庶民にとって、あきれるほどの価格だ。けれど、そのコストは、純粋に走りへと注がれている。
AMGのスタッフは、このGT Rを心から楽しんで作り上げたに違いない。
(文=山田弘樹/写真=小河原認/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
メルセデスAMG GT R
全長×全幅×全高=4550×1995×1285mm
ホイールベース:2630mm
車重:1640kg
駆動方式:FR
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:585ps(430kW)/6250rpm
最大トルク:700Nm(71.4kgm)/1900-5500rpm
タイヤ:(前)275/35ZR19 100Y XL/(後)325/30ZR20 106Y XL(ミシュラン・パイロットスポーツ カップ2)
燃費:--km/リッター
価格:2300万円/テスト車=2745万8100円
オプション装備:プライバシーガラス(5万円)/キーレスゴー(10万円)/盗難防止警報システム(6万円)/セーフティーネット(3万円)/フルレザーパッケージ(36万3000円)/AMGカーボンセラミックブレーキ(102万8500円)/AMGカーボンファイバーエンジンカバー(20万円)/ボディーカラーAMG<グリーンヘルマグノ[マットペイント]>(111万2000円)/AMGマットカーボンインテリアトリム(19万円)/AMGマットカーボンドアトリム(8万5000円)/AMGマットカーボンラゲッジコンパートメント(15万円)/AMGカーボンファイバーステップカバー(15万円)/イエローシートベルト(6万円)/AMGフロアマットプレミアム(12万9600円)/Burmesterハイエンドサラウンドサウンドシステム(55万円)/マットブラックペイント19/20インチAMGパフォーマンス5ツインスポークアルミホイール<鍛造>(20万円)
テスト車の年式:2017年型
テスト開始時の走行距離:1702km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:241.0km
使用燃料:41.6リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.8km/リッター(満タン法)/6.0km/リッター(車載燃費計計測値)
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山田 弘樹
ワンメイクレースやスーパー耐久に参戦経験をもつ、実践派のモータージャーナリスト。動力性能や運動性能、およびそれに関連するメカニズムの批評を得意とする。愛車は1995年式「ポルシェ911カレラ」と1986年式の「トヨタ・スプリンター トレノ」(AE86)。
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