日産マーチ ボレロA30(FF/5MT)
何もかもが予想外 2016.09.15 試乗記 オーテックジャパンの創立30周年を記念した、30台の限定モデル「マーチ ボレロA30」に試乗。オーテックの匠(たくみ)が手がけた“手作りの自動車”の出来栄えやいかに? 専用チューニングの足まわりとエンジンが織り成す走りをリポートする。“現代の名工”が手がけた渾身の限定モデル
オーテックジャパン創立30周年を記念して、企画/製作/販売されたのが、マーチ ボレロA30である。
現在、420名の従業員が働くオーテックは、ご存じ、日産グループの特装車メーカーだ。創立記念プロジェクトとして、これまでもいくつかの記念車を発表してきたが、市販するのはこれが初めて。ただし限定モデルで、それもわずか30台。しかし、356万4000円という価格にもかかわらず、2016年4月11日の購入申し込み開始から多数の応募があり、茅ヶ崎商工会の職員立ち合いのもと、厳正なる抽選が行われ、すでに完売したそうだ。
A30のプロジェクトがスタートしたのは、昨年の6月。ベース車両がマーチに決まったのは8月。開発中からネット上で情報が公開され、今年に入ってからは、報道関係者にプロトタイプ試走のチャンスもつくられた。
トレッドを約90mmも広げたシャシー/ボディー。「ノートNISMO」にも使われている「HR16DE」型に専用パーツをインストールし、手組みした1.6リッターエンジンなど、A30を簡単に言うと、厚生労働省認定“現代の名工”を擁するオーテックジャパン渾身のマーチ改造車である。
もう買えない新型車の試乗会は、このクルマのふるさとである神奈川県茅ヶ崎市のオーテック本社工場をベースに行われた。
キャブレター時代のエンジンを思い出す
試乗車は売り物とは別につくられたシリアルナンバー00の個体。結論を言うと、見て乗ったA30は、“予想外”のマーチだった。
マーチ ボレロのフロントマスクは、笑顔の癒やし系なのに、エンケイの鍛造切削16インチホイールやウルトラワイドなフェンダーなど、足もとは走り屋系。マラソン大会にお笑いのカツラをかぶって出るサブスリーランナーみたいな印象を受けた。
フロントフェンダーのふくらみに目を落としながらドアを開け、シートに座ると、これも予想外だった。昔のフレンチコンパクトのイスみたいに柔らかい。レカロにこんなソフトなシートがあるとは知らなかった。
しかし走りだすと、エンジンは走り屋系だ。匠のハンドビルトで高回転化を達成したHR16DEユニットは、ノートNISMO用より600rpm高い7000rpmでプラス10psの150psを発生する。コンセプトは「気持ちよく回る」だが、モーターのように滑らかな、というのとは違って、なんというか、回転のひと粒ひと粒が大きい。エンジン音も基本、豪快だ。回るようになったからといって、低回転のトルクが細ったようなネガはない。昔の元気なキャブレターユニットをほうふつさせる、いかにも「メカチューン」的なテンロクツインカムである。
7200rpmあたりのレブリミットまで回しきると、1速で54km/h、2速で97km/hまで伸びる。使いきれる高性能だ。ただ、惜しいのは5段MTのシフトフィールで、軽いのはいいが、ゲート感に乏しい。
目指したのはアジリティーよりスタビリティー
A30のボディー全幅は1810mm。ノーマルのマーチよりおよそ15cm広い。見ての通り、ボディーの正味が広くなったわけではない。板金の匠がたたき出したフェンダーフレアが全幅のピークである。
その下に収まるタイヤは、205/45ZR16の「ミシュラン・パイロットスポーツ3」。ブレーキはマーチ初の4輪ディスク。鳥山 明が描きそうな超ワイドトレッドマーチのフットワークやいかに。
最近乗ったクルマで近いと思ったのは、予想外の米国ビッグセダン「クライスラー300」だった。たしかにワイドトレッド感はある。フットプリントが大きくなった感じはする。おかげで、普通のマーチより腰からどっしりしている。といっても、専用設計のサスペンションは決して硬くない。乗り心地も悪くない。トレッドを広げたことで、硬くする必要がなくなった、というような説明をプレゼンテーションで聞いた。
ワインディングロードでも、増したのは敏しょう性よりむしろスタビリティーである。シャシー性能で目指したのは、しなやかさや安定感というから、つくり手の意図どおりなのかもしれないが、しかし、ホットハッチ的なパワーユニットから期待をふくらますと、肩すかしを食らう。というか、率直に言って、エンジンとシャシーのテイストがちょっとチグハグな感じがした。
シェフは同じでも料理の味は全然違う
A30の商品コンセプトは「見てニッコリ、走ってニヤリの笑顔製造機」である。「マーチNISMO」のようなホットハッチを期待して乗ったら、予想外だった。
試乗後、そんな印象を開発スタッフに伝えると、これまた予想外の事実を知らされる。いまのマーチNISMOも、開発したのはオーテックなのだそうだ。
同じ日産のスペシャルブランドでも、オーテックとNISMOの違いはわかりにくいところだが、2016年4月に就任したオーテックの片桐隆夫社長は元日産自動車副社長で、NISMOの社長も兼務する。オーテックスタッフの言葉を借りれば、A30とマーチNISMOは同じシェフがつくった違う料理のようなものだという。そう説明されると、A30の予想外な仕上がりにも少し納得がいった。
A30でなによりおもしろいのは、いまでもこうした“ファクトリーカスタムカー”が成り立つということである。30台枠に応募したのは、オーテックのサイトでこのクルマの誕生過程を逐一チェックしてきた“フォロワー”である。ネット時代ならではのビジネスともいえる。
機構が複雑化し、“乗せていただく”ようなクルマが増える一方で、コアなクルマ好きは“made for me”の手づくり感を求めている。ちなみに、356万4000円は、手間賃は取っていないが、材料費だけは頂いている、という値付けだそうだ。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=荒川正幸)
テスト車のデータ
日産マーチ ボレロA30
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3865×1810×1510mm
ホイールベース:2450mm
車重:1030kg
駆動方式:FF
エンジン:1.6リッター直4 DOHC 16バルブ
トランスミッション:5段MT
最高出力:150ps(110kW)/7000rpm
最大トルク:16.3kgm(160Nm)/4800rpm
タイヤ:(前)205/45ZR16 87W /(後)205/45ZR16 87W(ミシュラン・パイロットスポーツ3)
燃費:--km/リッター
価格:356万4000円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:2498km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
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