第504回:これが本場の通り名だ!?
クルマの略称とニックネームを考える
2017.06.02
マッキナ あらモーダ!
「チンク」は通じません
「マイコン」「パソコン」「クルコン」さらには「ロリコン」まで、日本人は短縮語を作るのが得意である。
では、クルマの名前は、イタリアやフランスでどのように略されているのか? あるいは独自の愛称で呼ばれているのか? というのが、今回の話題だ。
イタリアといえば、まず「フィアット500(チンクエチェント)」である。日本ではよく「チンク」と言うファンや雑誌を見かけるが、あれは本場では通じない。イタリアでは「チンクエチェント」と呼ぶ。正確には、クルマを示すmacchina(マッキナ)はイタリア語で女性形なので、女性形定冠詞をつけて「ラ・チンクエチェント」と言えば、確実である。
「フィアット・パンダ」を語るとき、どうすればよいのか? こちらもいきなり「panda」と言っても、動物のパンダか、クルマのパンダか一発で伝わらない。また、イタリア人が「フィアット・パンダ」とフルネームで呼ぶことは極めて少ない。
どのように言うかというと、フィアット500と同様、定冠詞とセットにして「ラ・パンダ」にするのだ。「ラ・パンダ」だけで、動物ではなく、クルマのことだとわかってもらえる。
「ランボ」は日本の創作かと思ったら……
一方で、肩透かしを食らわされたときもある。
イタリアに来て間もなく、モデナにある伝説の元フォーミュラ・ジュニア・コンストラクター「スタンゲリーニ」を初めて訪問したときだ。
無礼なアポ無し訪問だったにもかかわらず、当主のフランチェスコ・スタンゲリーニ氏は大歓迎してくれた。やがて話題は、同じエミリア・ロマーニャ州のスーパーカーへと移り、ランボルギーニの創始者フェルッチオ・ランボルギーニの家族に及んだ。すると、スタンゲリーニ氏は言った。
「あ、ランボね。もちろん知ってますよ」
地元の人がランボルギーニをランボとは。日本のスーパーカー雑誌が創作した言葉と信じていたボクとしては、思わずその場でコケそうになったものだ。
参考までに言うと、後日知ったことだが、ロンドンのランボルギーニのインポーターは、ランボルギーニ車を「ランボカー」と呼ぶ。ミウラの時代から続く風習なので、フェルッチオ自体も、その呼び方を気にしなかったのは確かだ。
念のため、別の長老級カロッツェリア関係者にも先日聞いてみたが、「アルファ・ロメオをアルファというように、ランボルギーニはランボでいいんだよ」と太鼓判(?)を押してくれた。これでフェルッチオの墓に霊媒師を連れていって、そう呼んでいいか聞かなくてもオッケーになった。
「ビートル」は伊・仏で“違う虫”
一方フランスでは、大衆車「ルノー4(キャトル)」を「4L」と呼ぶ。カタカナで書けば「キャトレール」といったところだ。この由来は少々ややこしい。1960年代初頭に一瞬だけ存在した廉価版「R3」とノーマルの4に加えられたデラックス(リュクス)版の名前が4Lで、それが4全体を指す言葉として残ってしまったのである。
クルマのニックネームについても触れてみよう。
フォルクスワーゲンの初代「ビートル」は、日本では「かぶと虫」の愛称で親しまれた。イタリアでも「maggiolino(マッジョリーノ)=かぶと虫」である。ところが、フランスでは「coccinelle(コクシネル)=てんとう虫」なのだ。ちなみに、現行型「ザ・ビートル」の伊・仏仕様には、それぞれの国の愛称バッジが貼られている。
「プジョー404」は1960年から1981年まで21年の長きにわたって製造され、特にその堅牢(けんろう)さで知られた。セダン生産終了後も1980年代末まで生産が続けられたピックアップトラック版は、フランスでは「Bachee(バシェー)」と呼ばれている。バシェーとは「幌(ほろ)をかぶせた」という意味だ。
多くの404トラックが幌を備えていたことから命名されたものである。この愛称、フランスのみならず、チュニジアといったフランス語圏マグレブ諸国の、それも普通の人々にまで行き渡っているから驚く。
「ヨーグルト」「サメ」と呼ばれたあの名車
再び先代フィアット500に話を戻せば、同車はフランスでは「pot de yaout=ヨーグルト瓶」と呼ばれていた。ルーフが蓋(ふた)、代表的塗色であった白いボディーは、まさに瓶に見えたのだろう。
イタリア人も負けていない。イタリアでは元祖「シトロエンDS」を「Squalo(スクアーロ)」という愛称で呼んでいた。スクアーロとはサメのこと。言われてみれば、特に後期型はサメにそっくりだ。デザイナーのフラミニオ・ベルトーニは、魚の姿をよく研究していたといわれるから、かなり的を射たニックネームといえる。
これらは、ユーモラスなフォルムが多かった昔のクルマと、クルマに対する関心が今よりもはるかに高かったヨーロッパ人のなせる業である。
とまぁ、あれこれつづってきたが、家庭内ではフィアット500を「チンチェン」、メルセデス・ベンツを「メルベン」、そしてBMWを(その略称の元がBayerische Motoren Werke=バイエルン発動機製作所であることから)「バイハツ」と、よそでは通用しない略称を平然と使っている己が情けない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
第927回:ちがうんだってば! 「日本仕様」を理解してもらう難しさ 2025.9.11 欧州で大いに勘違いされている、日本というマーケットの特性や日本人の好み。かの地のメーカーやクリエイターがよかれと思って用意した製品が、“コレジャナイ感”を漂わすこととなるのはなぜか? イタリア在住の記者が、思い出のエピソードを振り返る。
-
第926回:フィアット初の電動三輪多目的車 その客を大切にせよ 2025.9.4 ステランティスが新しい電動三輪車「フィアット・トリス」を発表。イタリアでデザインされ、モロッコで生産される新しいモビリティーが狙う、マーケットと顧客とは? イタリア在住の大矢アキオが、地中海の向こう側にある成長市場の重要性を語る。
-
NEW
航続距離は702km! 新型「日産リーフ」はBYDやテスラに追いついたと言えるのか?
2025.10.10デイリーコラム満を持して登場した新型「日産リーフ」。3代目となるこの電気自動車(BEV)は、BYDやテスラに追いつき、追い越す存在となったと言えるのか? 電費や航続距離といった性能や、投入されている技術を参考に、競争厳しいBEVマーケットでの新型リーフの競争力を考えた。 -
NEW
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】
2025.10.10試乗記今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の半額以下で楽しめる2ドアクーペ5選
2025.10.9デイリーコラム24年ぶりに登場した新型「ホンダ・プレリュード」に興味はあるが、さすがに600万円を超える新車価格とくれば、おいそれと手は出せない。そこで注目したいのがプレリュードの半額で楽しめる中古車。手ごろな2ドアクーペを5モデル紹介する。 -
BMW M2(前編)
2025.10.9谷口信輝の新車試乗縦置きの6気筒エンジンに、FRの駆動方式。運転好きならグッとくる高性能クーペ「BMW M2」にさらなる改良が加えられた。その走りを、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか? -
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】
2025.10.9試乗記24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。 -
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ
2025.10.9マッキナ あらモーダ!確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。