トヨタ・アクアG“ソフトレザーセレクション”(FF/CVT)
進化した食パン・カー 2017.08.04 試乗記 トヨタの売れ筋ハイブリッドカー「アクア」がマイナーチェンジ。デザインの手直しに加えてボディー剛性の強化や燃費の向上などさまざまなテコ入れが施された、最新型の走りを報告する。強力なライバルに燃費で対抗
アメリカで「カムリ」はWhite Bread、つまり食パンのようなクルマだと言われているそうだ。飛び抜けた魅力があるわけではないが、文句も言われない。普通だからこそベストセラーカーであり続けている。
日本の食パン・カーは、アクアかもしれない。今世紀に入った頃から「ヴィッツ」「フィット」といったコンパクトカーが勢力を広げ、ハイブリッドが受け入れられると「プリウス」が爆発的に売れた。アクアはハイブリッドのコンパクトカーなのだから、2つの流れのいいとこ取りである。5ナンバーサイズでスペース効率がよく、燃費性能が高い。人気を博したのは当然で、2013年から3年連続で販売台数第1位の座に輝いた。
2016年は4代目となったプリウスが第1位に返り咲き、アクアは2位に甘んじた。新車効果もあってのことであり、トヨタ同士の競争だから問題はない。だが、アクアには新たに強力なライバルが出現している。2016年11月に登場した「日産ノートe-POWER」だ。発売直後に月間販売台数第1位となり、日産車としては30年ぶりとなる快挙を達成した。それ以来、アクアは販売台数でノートの後塵(こうじん)を拝し続けている。
同じコンパクトなハイブリッドカーに負けているのだから、状況は深刻だ。ボディーサイズはほぼ同じで、価格もアクアが178万5240円から、ノートe-POWERが177万2280円からとなっているガチンコ対決なのだ。6月に行われたマイナーチェンジで、アクアは従来型の37.0km/リッターから38.0km/リッターへとJC08モード燃費の最高値を伸ばした。ノートe-POWERの37.2km/リッターを上回る数値である。
内外装も変更を受けている。最も大きな変更は従来の「X-URBAN」に代えて「クロスオーバー」というグレードを設定したことだろう。トレンドであるSUVテイストをよりはっきりさせたわけだ。新たな需要を喚起しそうだが、今回試乗したのはノーマルなモデル。最上級グレードの「G“ソフトレザーセレクション”」である。
売れっ子ならではの差別化
外観の意匠が大幅に変更されたというが、従来型の細かい部分までは覚えていなかった。でも、比較するのは簡単だ。どこに行っても目の届く範囲にアクアがいるからだ。トヨタ史上最速で100万台を突破しただけのことはある。サービスエリアの駐車場では、何台ものアクアが並んでいることも珍しくない。フロントマスクを比べると、印象はそれほど変わらない。2014年のマイナーチェンジでフロントグリルが大型化し、今回も同じ方向性で洗練させている。
「G」グレードでは、フロントグリルや前後バンパーなどに差し色を加えた「フレックストーン」が選べる。トレンドの2トーンで、売れ筋グルマだけに少しでもまわりのクルマと差別化したいという希望に応える必要があるのだろう。外観で従来モデルとの違いがはっきりわかるのは、リアコンビランプである。丸い形状が強調され、少しファニーな印象になった。
内装にピアノブラック加飾やメッキフレームなどを使って上質さを追求するのは昨今はやりの手法だ。新しいのは、白内装を取り入れたこと。試乗車はホワイトソフトレザー仕様で、シートとダッシュボードの一部に白い素材が使われていた。ソフトレザーというのは合成皮革だが、触り心地は滑らかで気持ちがいい。一昔前の高級車のような感触だが、ダッシュボードやドアトリムには硬い素材が使われているので落差が気になるかもしれない。
1.5リッターエンジンとハイブリッドシステムTHSIIを組み合わせたパワーユニットは、すっかり慣れ親しんだ乗り味を提供する。発進はあくまで滑らかで静かだが、かすかにモーターとインバーターの音が聞こえる。停止する時のブレーキフィールもいつもの感じだ。プリウスでもカムリでも、トヨタのHVには共通する感覚がある。
運転していることさえ忘れるクルマ
アクアがベストセラーカーになったのは、普通のクルマだからだ。日本人にとってトヨタのHVが最も普通と感じられるようになったわけである。運転していて、安心感がある。街乗りでも高速クルージングでも、ワインディングロードでもすべてをソツなくこなす。うっかりすると、運転していることさえ忘れてしまいそうだ。安楽であることは確かだが、裏を返せば運転の喜びを感じないということでもある。
多くの人にとってクルマは一義的に移動の手段であり、アクアの普通さはプラスの意味を持つと考えられてきた。アクアは燃費がいいだけでなく、コンパクトなボディーなのに室内はそこそこ広い。見栄えも悪くないし、リーズナブルな価格だ。衝突回避支援パッケージの「Toyota Safety Sense C」が設定されていて、先進安全機能にも不満はない。アクアは破綻のないクルマである。他人に薦めるのにためらいはない。
ノートe-POWERの出現は、普通であることに飽き足らない人々がいることを知らしめてしまった。アクアの保守主義とは対極にあるクルマである。走りだした瞬間に、異物感に気づく。ほとんどの人はワンペダル運転の経験がないので、モーター駆動ならではのレスポンスのよさに驚きを感じるだろう。トヨタのHVはガソリン車から乗り換えてもしっくりくるようにしつけられているが、ノートe-POWERは方向性が違う。違和感は抑えているものの、モーターのメリットも生かそうとしている。
アクアとノートe-POWERを乗り比べれば、好みははっきりと分かれるはずだ。どちらのほうがいいということではなく、設計思想が違うから同一平面上では比較できない。運転の楽しさではノートe-POWERに軍配が上がるが、アクアにも侮りがたい性能がある。自らの意思で燃費をコントロールするのに適しているのだ。
走行モードはECOがいい
燃費が38.0km/リッターなのはエントリーグレードの「L」だけで、試乗車は34.4km/リッターである。それでも優秀な数値だ。メーターパネル内のマルチインフォメーションディスプレイに表示される数値を見ていると、市街地での実燃費は25km/リッターほどだった。燃費向上のためには、ECOモードを選べばいい。同じように運転していても、30km/リッターほどに燃費が伸びた。アクセル操作に対する駆動力の出方が制限され、エアコンの働きも抑えられるモードである。
せっかくの制御も、ドライバーがむちゃをすると台無しになる。急加速、急減速を繰り返すような運転だと、表示される燃費は一気にひとケタ台に落ちた。トヨタのHVは、運転の仕方で燃費をコントロールする余地が大きい。繊細にアクセル操作をするだけでなく、回生ブレーキによって電力を得ることに心を配れば、積極的に燃費向上を図れる。
山の中の道で、遅いクルマの後ろについて走らなければならなくなった。上りのタイトコーナーでは止まりそうになるぐらいのスローペースである。さすがにストレスがたまったわけだが、ふとディスプレイを見ると、60km/リッターを超える数字が表示されていて驚いた。ちょうど休憩した後だったので、リセットしてからのスロー走行で計測された燃費である。結構なアップダウンがあったのだが、下りで回生ブレーキをフルに使うとバッテリーは常に満充電状態になる。ゆっくり走っていると、上りでもほとんどエンジンがかからない。30分ぐらいの間、50km/リッターを超える表示が続いた。
ノートe-POWERでは、こういった芸当はできない。シンプルなシリーズハイブリッドで、エンジンは常に回っている。アクセルを離すと急激にスピードが落ちるから、回生ブレーキを使って電力をためるのは難しい。うまく発電したとしてもバッテリー容量が少ないのですぐに満充電になってしまい、余分な電力は捨てられる。ドライバーが燃費向上のためにできることは限られている。
こと燃費に関しては、アクアは今も最高レベルの性能を有している。ECOモードを選んでのんびり走っていれば、確実にガソリン消費量を減らせる。ECOモードを解除しても大して走りが楽しくなるわけではないのだから、燃費走行に徹すればいい。マイナーチェンジでアクアが売れ行きを回復させることができたなら、この方向性が日本人にとっての普通だという証明なのだ。
(文=鈴木真人/写真=田村 弥/編集=関 顕也)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
テスト車のデータ
トヨタ・アクアG“ソフトレザーセレクション”
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4050×1695×1455mm
ホイールベース:2550mm
車重:1100kg
駆動方式:FF
エンジン:1.5リッター直4 DOHC 16バルブ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:CVT
エンジン最高出力:74ps(54kW)/4800rpm
エンジン最大トルク:111Nm(11.3kgm)/3600-4400rpm
モーター最高出力:61ps(45kW)
モーター最大トルク:169Nm(17.2kgm)
タイヤ:(前)185/60R15 84H/(後)185/60R15 84H(ブリヂストン・エコピアEP150)
燃費:34.4km/リッター(JC08モード)
価格:208万9800円/テスト車=278万1000円
オプション装備:185/60R15タイヤ+15×5.5Jアルミホイール<センターオーナメント付き>(4万8600円)/フレックストーン<ブラキッシュアゲハガラスフレーク×スティールブロンドメタリック>(8万6400円)/SRSサイドエアバッグ<運転席・助手席>+SRSカーテンシールドエアバッグ<前後席>(4万3200円)/LEDヘッドランプパッケージ<Bi-Beam LEDヘッドランプ+LEDクリアランスランプ+フロントターンランプ+LEDフロントフォグランプ>(10万8000円)/ナビレディパッケージ<バックカメラ+6スピーカー>(2万8080円) ※以下、販売店オプション T-Connectナビ9インチモデル「NSZT-Y66T」(31万1040円)/iPod対応USB/HDMI入力端子(9720円)/ETC2.0ユニット<ビルトイン>ビルトインナビ連動(3万2400円)/フロアマット<デラックスタイプ>(2万3760円)
テスト車の年式:2017年型
テスト開始時の走行距離:1216km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:465.5km
使用燃料:20.2リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:23.0km/リッター(満タン法)/23.5km/リッター(車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
アウディA6アバントe-tronパフォーマンス(RWD)【試乗記】 2025.12.2 「アウディA6アバントe-tron」は最新の電気自動車専用プラットフォームに大容量の駆動用バッテリーを搭載し、700km超の航続可能距離をうたう新時代のステーションワゴンだ。300km余りをドライブし、最新の充電設備を利用した印象をリポートする。
-
ランボルギーニ・テメラリオ(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.29 「ランボルギーニ・テメラリオ」に試乗。建て付けとしては「ウラカン」の後継ということになるが、アクセルを踏み込んでみれば、そういう枠組みを大きく超えた存在であることが即座に分かる。ランボルギーニが切り開いた未来は、これまで誰も見たことのない世界だ。
-
アルピーヌA110アニバーサリー/A110 GTS/A110 R70【試乗記】 2025.11.27 ライトウェイトスポーツカーの金字塔である「アルピーヌA110」の生産終了が発表された。残された時間が短ければ、台数(生産枠)も少ない。記事を読み終えた方は、金策に走るなり、奥方を説き伏せるなりと、速やかに行動していただければ幸いである。
-
ポルシェ911タルガ4 GTS(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.26 「ポルシェ911」に求められるのは速さだけではない。リアエンジンと水平対向6気筒エンジンが織りなす独特の運転感覚が、人々を引きつけてやまないのだ。ハイブリッド化された「GTS」は、この味わいの面も満たせているのだろうか。「タルガ4」で検証した。
-
ロイヤルエンフィールド・ハンター350(5MT)【レビュー】 2025.11.25 インドの巨人、ロイヤルエンフィールドの中型ロードスポーツ「ハンター350」に試乗。足まわりにドライブトレイン、インターフェイス類……と、各所に改良が加えられた王道のネイキッドは、ベーシックでありながら上質さも感じさせる一台に進化を遂げていた。
-
NEW
あの多田哲哉の自動車放談――ロータス・エメヤR編
2025.12.3webCG Movies往年のピュアスポーツカーとはまるでイメージの異なる、新生ロータスの意欲作「エメヤR」。電動化時代のハイパフォーマンスモデルを、トヨタでさまざまなクルマを開発してきた多田哲哉さんはどう見るのか、動画でリポートします。 -
NEW
タイで見てきた聞いてきた 新型「トヨタ・ハイラックス」の真相
2025.12.3デイリーコラムトヨタが2025年11月10日に新型「ハイラックス」を発表した。タイで生産されるのはこれまでどおりだが、新型は開発の拠点もタイに移されているのが特徴だ。現地のモーターショーで実車を見物し、開発関係者に話を聞いてきた。 -
NEW
第94回:ジャパンモビリティショー大総括!(その3) ―刮目せよ! これが日本のカーデザインの最前線だ―
2025.12.3カーデザイン曼荼羅100万人以上の来場者を集め、晴れやかに終幕した「ジャパンモビリティショー2025」。しかし、ショーの本質である“展示”そのものを観察すると、これは本当に成功だったのか? カーデザインの識者とともに、モビリティーの祭典を(3回目にしてホントに)総括する! -
NEW
日産エクストレイルNISMOアドバンストパッケージe-4ORCE(4WD)【試乗記】
2025.12.3試乗記「日産エクストレイル」に追加設定された「NISMO」は、専用のアイテムでコーディネートしたスポーティーな内外装と、レース由来の技術を用いて磨きをかけたホットな走りがセリングポイント。モータースポーツ直系ブランドが手がけた走りの印象を報告する。 -
アウディA6アバントe-tronパフォーマンス(RWD)【試乗記】
2025.12.2試乗記「アウディA6アバントe-tron」は最新の電気自動車専用プラットフォームに大容量の駆動用バッテリーを搭載し、700km超の航続可能距離をうたう新時代のステーションワゴンだ。300km余りをドライブし、最新の充電設備を利用した印象をリポートする。 -
4WDという駆動方式は、雪道以外でも意味がある?
2025.12.2あの多田哲哉のクルマQ&A新車では、高性能車を中心に4WDの比率が高まっているようだが、実際のところ、雪道をはじめとする低μ路以外での4WDのメリットとは何か? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。
































































