「(テスラ初の量産EVとなる)『モデル3』計画の一番大変な時に、私はアップルのティム・クックに連絡して、アップルがテスラを買収する可能性について話し合おうとしたんだ(テスラが現在の価値の10分の1の時)。彼はその会合に出席することを拒否したよ」 イーロン・マスク
アップルカーをあきらめたということは、つまりアップルは「自動運転」をあきらめたということ
2024年2月、アップルが10年越しに開発を進めていたプロジェクト・タイタンことアップルカーというEVの開発を中止しました。恐らくアップルのティム・クックはじめ、役員たちはアップルカーの最新の開発状況を受け、今後の可能性・別の開発投資先も含めて議論したうえで「開発中止」と判断したことは想像に難くありません。
以前からアップルは、iPhoneをカーオーディオ等につなげるApple CarPlayの規格をつくり、その後、次世代Apple CarPlayを発表していました。音楽はもちろん、車載モニターに統合されたUIはエアコンからナビまでアップルがOSで統合し操作可能にするもので、「クルマもパソコンのようにアップルのOSが標準になる」というような流れでした。
その車載OSやアプリであるソフトから垂直統合されるハードとして、アップルカーも開発されているという自然な流れに思えましたが、アップルがあえてリスクの大きなEV開発にチャレンジした理由は、単にクルマ用の自社OSを自社ハード(EV)に垂直統合したいということではありません、EV開発の最大の理由は、アップルは「自動運転」EVをつくりたかったからです。
Apple CarPlayやOSを統合して林檎マークのバッジを付けたような、単なるEVであれば、10年間も開発期間は必要とせず、すぐにつくれたはずです。でもそれでは何の革新性もなければ、アップルにとっても、わざわざEVを出す意味がありません。実際、アップルカーは当初から「自動運転」できるEVとして開発していました。「自動運転」がアップルカーの最大のウリだったわけです。そのアップルがアップルカーをあきらめたということは、つまりアップルは「自動運転」をあきらめたということなのです。

それではなぜ、アップルは10年開発して100億ドルもかけた「自動運転」をあきらめたのでしょうか?
理由 1:高まるAIのニーズで先頭を走ることができていないアップルの焦り
まず思い浮かぶのが、これまでグーグルなどに比べて、アップルのAIについて特に目立ったニュースがなかったことです。どちらかというとアップルのゴーグル型端末Vision Pro(ビジョンプロ)の発売が示したとおり、アップルは、「AR」(仮想現実)を進めている印象でした。昔からテスラはAIによる自動運転などに注力していましたが、イーロン・マスクがオプティマスを発表し、「テスラはAI企業になる」と高らかに宣言していた時にも、AIの巨大なライバル企業といえばグーグルかな、という感じでまったくアップルは思い浮かびませんでした。
そういった状況のなかで、ご存じのとおり、時代はAIへと進んでいます。OpenAI社が「ChatGPT」で生成AIを世界に知らしめて、そのOpenAI社を、かつてはOSでアップルのライバルでもあったマイクロソフトが同社に多額の出資をして「ChatGPT」を取り込んだのです。アップルにとっても想定外だったことでしょう。しかしアップルはAIに対して何もしていなかったというわけではなく、同社にとって開発のメインではなかったという印象です。
例えばアップルはChatGPTを超えるといわれる「Ferret(フェレット)」という生成AIを出していますが、まだ広く知られていません。生成AIはOpenAIのChatGPTをはじめ続々とライバルが押し寄せています、グーグルの「Gemini(ジェミニ)」、そしてイーロン・マスクもxAIという会社を立ち上げて「Grok(グロック)」を出しました。そして直近では、アップルがiPhoneにグーグルのGeminiを搭載できないか交渉しているというニュースが流れています(OpenAIや他社とも交渉しているとのことです)。ここに自社の生成AIを活用できないあたり、やはりアップルの焦りがうかがえます。
特にAI開発には膨大なAIスーパークラスター(スーパーコンピューターの集合体)と人材に莫大な先行投資が必要です。今回の決定でアップルカーに携わっていたスタッフの多くはジョン・ジャンナンドレアが率いるAI部門に移るといわれています。
EVの自動運転よりも、生成AIに人材も資金も振り切ることが今のアップルには必要だと判断したことが、EV開発を中止した大きな理由のひとつに思えます。
理由 2:アップルが自動運転を開発していた10年の間にテスラが先行してきた
以前、アップルカー開発のリークが流れた時に、そのアップルカーのテスト車のルーフトップには巨大な装置が付いていました。それを見て、「アップルは自動運転のアプローチに他社同様にLiDAR(ライダー)センサーを使うんだ」と思ったものです。今回、アップルカーの開発チームの一部はAI部門に異動すると伝えられていますから、アップルカーでは「LiDARセンサー」と「AI」の両方を使った自動運転の開発をしていたということが想定できます。これは他社も同様に開発している一般的な自動運転の方式です。一方でテスラだけはLiDARセンサーを搭載せずに、カメラとAIで自動運転する方式で開発を進めています。どちらが正解かはまだ分かりませんが、今はどのメーカーも、LiDARセンサーとAIのアプローチでまだ完全な自動運転は実現できていません。
そんななか、昨2023年にテスラは、人間の書いた交通ルールのコードをやめて、エンドtoエンドのニューラルネットでAIが学習し、ハンドルやペダルを直接制御して自動運転する方向に舵を切り、それを実現できました。
米国中心ではありますが、2024年に入りテスラは完全自動運転(FSD)のバージョン12をこの完全AIの自動運転として、多くのユーザーにリリースし始めており、今後劇的な進化を遂げそうな予感です。おそらくアップルほか自動運転を開発している各社は、この情報に衝撃を受けています。「じゃあ、自社もAIのみで開発しよう」という簡単な話ではなく、アップルがLiDARセンサーとAI両方のアプローチで自動運転が完成できないなか、テスラのAIのみでの自動運転の成功は、自動運転(EV)開発をやめようとするアップルの背中を押す要因のひとつになったのではないかと思います。
理由 3:AIによる自動運転へのデータ環境不足
もうひとつ、アップルの選択肢としては、自動運転をテスラのようにAIのみのアプローチで開発することも可能です。ただ、LiDARセンサーに頼らずAIのみでとなると、そのAIが学習するためにビデオ撮影した道路の走行、交通の膨大な実写データが必要になります。
私は、これが足りていないためにその開発をやってみたいと思ってもカメラとAIだけの自動運転の開発に舵を切れないのが、テスラ以外の企業の現状だと思っています。アップルも同様で学習データがないので、「今からそのデータを増やすためにクルマを走らせて撮影したとしても、かなりの時間とコストがかかる」と判断をして断念したと考えられます。
しかも、地図をつくるように単にクルマを走らせて撮影するデータが、良い学習データにはなり得ません。実際に自家用車で走行している世界中の人々が体験する、思いもよらない事故やあらゆる交通状況などのリアルな情報が必要です。その点、テスラの全EVにはカメラが8台付いており、高品質な走行動画データをキャプチャーできます。そのEVがすでに世界中で走行しています。しかも、テスラは「シャドーモード」という機能をテスラ車のプログラムに入れています。これはユーザーが手動で運転している間、バックグラウンドで自動運転との違いを検証してデータをテスラへ送ることができる機能です。ほかには現在30万台を超える完全自動運転(FSD)のユーザーが自動運転中に、人がハンドルやブレーキなどで介入したシーンも記録できます。シャドーモードや実際にドライバーが介入した部分をフィードバックできる。AIが学習するための良質なAIトレーニングの走行データを、テスラは入手できる環境をつくっているのです。
これらと比べると、アップルがアップルカーの自動運転をAIのみのアプローチに変えるには、AI用トレーニングデータを入手するためのハードルが高く、テスラと同じアプローチに変更しても差がつく一方になるということです。

アップルカーのイメージAI画像。
以上、アップルが自動運転EVの開発を中止した理由を3つあげました。
アップルがアップルカーの開発を中止したというニュースの後にテスラの株価が少し上がりましたが、強力なブランド力を持ちテスラのライバルとなるアップルカーというEVがなくなったことは、テスラやBYDなどのEV販売にとって好材料ではあります。しかし、今後の世界でのEV販売を増やすという動きのなかでは残念な一面もあります。
アップルのティム・クックはアップルの新製品の発表会で毎回言うように、私たちのライフスタイルをより良く変える魅力的なガジェットをつくろうとしています。一方で、テスラのイーロン・マスクはEVやAI、オプティマス(AIロボット)、スペースXによる火星移住など、人類を救おうとしています。自動運転できるEVはクールなガジェットではありますが、アップルの先の状況を踏まえると優先順位では、自動運転よりもAIが高くなりました。
一方で、自動運転自体は人類を救うかどうか分かりませんが、自動運転を実現するEVやロボタクシー(無人タクシー)によってEVが普及することになりますから、EVの普及は、イーロン・マスクが言う「(人類は気候変動により)いずれEVへ移行せざる得なくなる」のように人類を救う一手となる可能性は高いといえます。そんな考え方の違いがあるなか、少なくとも同じEV(と自動運転)を10年も開発してきたアップルのチャレンジに、イーロン・マスクはXのポストで絵文字の「敬礼」「タバコ」で敬意を表しました。
今回のEV開発というアプローチにおいて、アップルは自動運転を諦めたのかもしれませんが、AIに注力するように、例えばアップルVison Proをつけて運転すれば運転支援ができる(現状ではアップルVison Proを装着しての運転は禁止です)など思いもよらない自動運転へのアプローチがあるかもしれません。Apple CarPlayもあります。アップルのEV開発のニュースはEV界にとっては残念ではありますが、チャレンジをしたアップルに「お疲れさまでした」と敬意を表したい気持ちです。今後のアップルのEVへの関わりにも、注目していきたいと思います。
メインカット:幻となったアップルカー製作発表イベントのイメージAI画像
(文とAI画像 by がす)
がす(来嶋 勇人)
福岡県出身。(株)ファミリーマートのマーケティング本部でアプリやコーヒーのパッケージを作っていたが早期退職。無職になりテスラでハローワークに通い見つけた会社に入社。そこでゼロからスタートし、そこの関連会社の社長に抜擢され就任。現在はECやアニメーション事業を行っている。
プライベートでは2024年からイーロン・マスクの公式パロディアカウント(フォロワー140万人)からオファーをもらいイーロン・マスク(パロディ)公認のAIデザイナーとなり、ハイクオリティーなAI画像をイーロン・マスク(パロディ)に提供中。そのメールをやりとりしているイーロン・マスク(パロディ)はイーロン・マスク本人だと思っている。
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