第17回:『ハンドメイドの大衆車』スズキ・フロンテ800(1965〜69)(その2)

2006.09.13 エッセイ

第17回:『ハンドメイドの大衆車』スズキ・フロンテ800(1965〜69)(その2)

■DKWをお手本に

見た目はごく普通の2ドアノッチバック・セダンだったが、中身に関していえば、「フロンテ800」は当時の国産車中にあってなかなかユニークな存在だった。前述したスズキの第一作である「スズライトSF」は日本初の FF車であり、以後スズキの軽乗用車はその機構を踏襲してきたのだが、この「フロンテ800」にもそれが採用された結果、日本初のFF小型乗用車という栄誉に浴したのである。とはいうものの、水冷2ストローク直列3気筒というエンジン形式、およびそれをフロントアクスル前方にオーバーハングして前輪を駆動するレイアウトは、西ドイツ(当時)のDKWを参考にしたものだった。

DKWとは現在のアウディにつながるメーカーで、1920年代に設立され、戦前から2ストロークエンジンで前輪を駆動する小型車を製造していた。初期のサーブ、旧東独のトラバントやヴァルトブルクなどは、みなDKWを参考に生まれたものである。「フロンテ800」もそうしたDKWフォロワーの1台だったのだ。

ただし785ccから最高出力 41ps/4000rpm、最大トルク8.1kgm/3500rpmを発生するというエンジンのパフォーマンスは、DKWのそれより比出力で勝っていた。すでに60年代前半に二輪世界GPを制していた、スズキの2ストロークエンジン技術が注ぎ込まれた結果といえよう。コラムシフトの4段フルシンクロ・ギアボックスを介しての最高速度は115km/hと発表されていた。前がウィッシュボーン/縦置きトーションバー、後ろがトレーリングアーム/横置きトーションバーによる4輪独立サスペンションもDKWに準じたものだが、トーションバーの角度を変えることによって車高が調整可能という独自の特徴を備えていた。(以下、次号)

(文=田沼 哲/2003年5月5日)

「フロンテ800」のお手本となった「DKWF11/F12」。パワートレインをはじめとする基本レイアウトのみならず、リアクォーターピラーやリアホイールアーチ周辺の造形などにも近似性が感じられる。
第16回:『ハンドメイドの大衆車』スズキ・フロンテ800(1965〜69)(その2)(田沼 哲)
最高出力41ps/4000rpm、最大トルク8.1kgm/3500rpmを発生する水冷2ストローク直列3気筒785ccエンジンは、フロントアクスル前方に左に30度傾けて搭載される。ラジエターと冷却ファンをスカットル直前に置くレイアウトも、DKW に倣ったものである。
第16回:『ハンドメイドの大衆車』スズキ・フロンテ800(1965〜69)(その2)(田沼 哲)

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田沼 哲

田沼 哲

NAVI(エンスー新聞)でもお馴染みの自動車風俗ライター(エッチな風俗ではない)。 クルマのみならず、昭和30~40年代の映画、音楽にも詳しい。