「第13回&14回 コッパ ディ 東京2020」の会場から
2020.11.28 画像・写真2020年11月22日、23日、「第13回&14回 コッパ ディ 東京2020」が開かれた。このイベントは晩秋の都内を設定ルートに沿ってクラシックカーで巡り、途中数カ所でPC競技(例えば20mを5秒で、30mを6秒で走行といったふうに、決められた区間を指定時間にいかに近く走れるかを100分の1秒単位で競う)を行って、走りの正確さを競うラリーである。
クラシックカーによるタイムラリーのシリーズ選手権である「コッパ ジャポネ」の1戦となるが、今年は新型コロナウイルス感染症の影響で、同シリーズの「コッパ ディ 小海」は延期となり、「コッパ ディ 京都」は中止。そうした状況のなか、コッパ ディ 東京だけは疫病退散の祈りを込めて開催された。
開催にあたり、スタート/ゴール地点となっている東京都港区東新橋にある汐留シオサイト5区イタリア街の汐留西公園での密状態を避けるため、参加車両を分散させるべく実施を2日(2回)に分けた。そして会場付近でのランチおよび表彰式は行わず、ギャラリーの公園内への入場も禁止した。2日間のプログラムは同じではなく、第13回(22日)は初の試みとなるツーリングのみ、第14回(23日)は例年どおりPC競技ありで、それぞれルートも異なる。参加台数は第13回が約80台、第14回が約70台だった。
リポーターが取材に訪れた第14回のルートは、イタリア街から東京タワー~芝大門~二重橋~千鳥ヶ淵を経て最初のチェックポイントである神田明神でおはらいを受けた後、不忍池~国立博物館~鶯谷を経て浅草の今戸神社でおみくじを引き、柳橋でおみやげをもらい、両国橋を渡ってから南下して豊洲市場~台場と回り、レインボーブリッジを渡ってイタリア街に戻る全長約33kmだった。絶好のイベント日和に恵まれた、そのルートを行く出走車両を紹介しよう。
(文と写真=沼田 亨)
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1/30汐留西公園でスタートを待つ参加車両。スタートはカーナンバー(ゼッケン)順で、原則として戦前車から始まり、あとはイタリア、フランス、日本、イギリス、アメリカ、ドイツ……という生産国順となる。
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2/30スタートを待つ車両の最後尾には、ご覧のようにドイツ車(ほとんどポルシェ)が。
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3/30毎回、新規にデザインされるゼッケン。今回は疫病退散の願いを込めて、アマビエとそのイメージの源泉となったと思われるリュウグウノツカイをモチーフとしたという。
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4/30午前9時30分、先導車である現行「シボレー・カマロ コンバーチブル」に続いて、カーナンバー1を与えられた堺 正章氏の1967年「マセラティ・ミストラル」からスタートしていく。
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5/30スタート直後、イタリア街の裏手にある、JRの線路と並行した道で“線踏み”(計測センサーが仕込まれた線をタイヤで踏むことから、PC競技のことを俗にそう呼ぶ)を実施。先頭は1939年「フィアット508Cアラドーロ」。戦前から1960年代までフィアットの主力車種だった「1100」のコンポーネンツを流用したスペシャルモデル。
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6/30PC競技に臨む1963年「オースチン・ヒーレー3000Mk2」に、1957年「オースチンA35」などが続く。
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7/301948年「エルミニ1100S」。これも「フィアット1100」のメカニカルコンポーネンツを流用したイタリア産の小型レーシングスポーツ。
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8/301950年「シアタ750MM」。これまた俗に「虫」と呼ばれるイタリア製小型レーシングスポーツで、独自の750cc直4 DOHCエンジンを搭載。
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9/30デビューから30年以上を経た今なお、圧倒的な存在感を放つ1990年「フェラーリF40」。
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10/301947年「フィアット500」。1936年に誕生した、“トッポリーノ”(ハツカネズミ)の愛称で呼ばれるダンテ・ジアコーザ設計の傑作小型車である初代500。
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11/301964年「ルノー・ドーフィン ゴルディーニ」。イエローバルブのヘッドライトは往年のフランス車の特徴。
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12/30チェックポイントである浅草・今戸神社の鳥居をくぐり、境内を行く1928年「ブガッティT40」。ドライバー/コドライバーは、ラ フェスタ ミッレミリア8連覇をはじめ国内のクラシックラリーで幾多の勝利を挙げている最強ペアの竹元夫妻。
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13/301948年「フィアット500ザガート パノラミカ」。初代フィアット500のシャシーにザガートがスペシャルボディーを架装したモデル。製作当時はまだ曲面ガラスがなかったため、ウインドシールドは3枚の平面ガラスで構成されている。
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14/301953年「フィアット500C」。“トッポリーノ”こと初代フィアット500の最終型。「5」から始まる、陸運支局名のなかった時代の東京ナンバーを付けている。
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15/301960年「アルファ・ロメオ2600スパイダー」。トゥーリング製のコンバーチブルボディーに2.6リッター直6 DOHCエンジンを搭載。
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16/301970年「フェラーリ365GTB/4」。プレキシグラスのヘッドライトカバーが付いた通称“デイトナ”の前期型。個人的にはリトラクタブルライトの後期型より、断然カッコイイと思う。
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17/30優美な後ろ姿を見せる1938年「フィアット508Sバリッラ ベルリネッタMM」。例年ならば今戸神社の境内でPC競技が行われるが、今年は実施せず、スタッフからおみくじが渡された。
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18/30おみくじを引く1973年「シトロエンSM」のコドライバー。
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19/30次なるチェックポイントである柳橋の北詰(台東区柳橋)手前の神田川沿いの路地で一時停止する1967年「アルファ・ロメオ・スパイダー デュエット」。例年ならここでもPC競技が行われるが、今年はおみやげ(小松屋のつくだ煮)を受け取るのみだった。
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20/301960年「フィアット・アバルト850スコルピオーネ」。「フィアット600」をベースに、ミケロッティがデザインしてアレマーノが製作したボディーを着せたモデル。
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21/301957年「デヴィン・アルファ750」。カリフォルニアのコンストラクターが12台だけ製作した希少車。アルファ・ロメオ製1.3リッター直4 DOHCエンジンを積む。
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22/30おみやげを受け取って柳橋に向かう、女性ペアがドライブする1960年「ダットサン・フェアレディSPL212」。初めてフェアレディの名を与えられた対米輸出専用車。
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23/30柳橋上の1955年「ジャガーXK140」。コドライバーを務めるのは、webCGでもおなじみのモータージャーナリスト西川 淳氏。
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24/30柳橋南詰で一時停止する1974年「ランチア・ストラトス」。その後方にいるのは……。
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25/301950年「ポンティアック・ストリームライナー シルバーストリーク」。当時はプレーンバックと呼ばれた、ファストバックスタイルの2ドアクーペ。
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26/301959年「ポルシェ356Aクーペ」。ヘッドライトに装着されたメッシュのストーンガードがカッコイイ。
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27/30柳橋を渡ろうという、「品5」のシングルナンバーを付けた1964年「ポルシェ356SCクーペ」。
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28/30柳橋を渡る1962年「ポルシェ356Bクーペ」。こちらは「練5」のシングルナンバー付きだ。
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29/30柳橋を通過して両国橋に向かう1960年「ブリストル406」。2014年に急逝したモータージャーナリストの川上 完氏が残したクルマ。クラシックなロールス・ロイス/ベントレー中心のワクイミュージアムを主宰する涌井清春氏がドライブした。
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30/301962年「フォード・サンダーバード」(前)と1954年「シボレー・コルベット」(後ろ)。“ロケットサンダー”と俗称される3代目サンダーバードと初代(C1)の初期型コルベットの貴重なツーショット。