トヨタ・クラウンマジェスタ“Fバージョン”(FR/CVT)
あの「マジェスタ」ではない 2013.11.27 試乗記 トヨタブランドのフラッグシップモデルから、クラウンシリーズの一バリエーションに生まれ変わった「クラウンマジェスタ」。ハイブリッド専用車となった新型は、いかなる個性を持つにいたったのか。装備充実の上級グレード“Fバージョン”に試乗した。“Fパッケージ”と“Fバージョン”
これまで「マジェスタ」を乗り継いだロイヤルカスタマーなら、“Fバージョン”というグレード名ですぐに気づいたはずだが、あまり詳しくない私は最初のうちは分からなかった。走りだしてあれっ? と感じ、急いでカタログのグレード名と価格を確かめてから、なるほどと納得した。あえてなのか、たまたまなのかは知らないが、Fバージョンという紛らわしいグレード名を持つ新型クラウンマジェスタは、これまでの“マジェスタ”とは明らかに違う車だった。
先代までのマジェスタは端的に言って“クラウンを超えたクラウン”という位置づけだった。基本的に4.6リッターV8+8ATを積み、安全装備などもその時々の最先端システムを真っ先に採用したトヨタの最高峰モデル、王冠エンブレムではなくトヨタマークを戴(いただ)くことからも、用途が限られた「センチュリー」を除けばマジェスタはクラウンの上位に位置するトヨタブランドのフラッグシップだったはずだ。その中の最高級グレードである従来型「Fパッケージ」は後席2名のラグジュアリー仕様でお値段792万円。それに対して新型クラウンマジェスタはすべてハイブリッド、といってもラインナップされるのは2車種のみで標準型が610万円、上級グレードの“Fバージョン”は670万円である。この値段の違いを見れば一目瞭然、新しいマジェスタはいつの間にか、整理されたクラウンシリーズのバリエーションのひとつとして扱われるようになったのだ。
パワートレインはもはやV8ではなく、3.5リッターV6(292ps/36.1kgm)にモーター(200ps/28.0kgm)を組み合わせたリダクションギア付きTHS II、ということは要するに「レクサスGS450h」、あるいは先代の「クラウン ハイブリッド」と同じである。343ps(252kW)というシステム最高出力も事実上同一だ。
また新型マジェスタの2925mmのホイールベースは現行クラウンに比べて75mm延長され、そのすべてを後席のレッグスペースの拡大に充てた、ということになっているが、そもそも従来型マジェスタのホイールベースは2925mmだった。つまり、現行クラウン(そしてレクサスGS)に対して長いというだけで、マジェスタ本位でいえば少しも変わっていないのだ。この辺の説明も紛らわしくてすっきりしない。これまでのマジェスタオーナーにはどのように説明しているのだろうか。
「特に問題ない」ではさびしい
というわけで、この車は従来のようなマジェスタではないのだ、と自分に言い聞かせて再び走りだす。当たり前だが350ps近いシステム出力を誇るおかげで十分以上にパワフルで、フルスロットルでは猛然と加速する。いっぽう、のんびり流せば極めて静粛に、路面の上を滑るように走るかといえばそうでもない。モーターだけで済むストップ・アンド・ゴーを別にすれば、一般道を走る低中速域でもコツコツとした突き上げを感じるし、ロードノイズやエンジンの音も耳に届く。むしろスピードを上げたほうが気にならないぐらいで、レクサスGSに近い印象だ。もちろん、別段問題があるわけではなく、高級車といっていいレベルには達しているとは思うが、車両本体価格670万円、サンルーフやナビの追加機能などオプションを加えて700万円余りという値段を考えるとちょっと残念な気持ちになる。しかも静粛性とスムーズさを追求し、まったりとした快適さが特徴だった従来のマジェスタとは異なり、この車ならではといった独特の個性にも欠けているのだ。今時はハイブリッドでも仕方ないけれど、4気筒のクラウン ハイブリッドではやはり寂しいし、ゴルフのスタート時間に遅れそうになって高速をブッ飛ばす時に物足りない、とでもいう人のためのマジェスタということだろうか。
ハイブリッドモデルに変身した割には燃費もちょっと期待外れだった。JC08モードの燃費値は18.2km/リッター(GS450hと同じ)だが、都内から東名高速をのんびり走って修善寺まで往復した際の約300kmの平均燃費は車載燃費計によれば10.5km/リッターだった。一度限りのデータだから参考値程度だが、途中伊豆スカイラインなど山道を経由したとはいえ、3分の2の行程が高速道路というごく一般的なドライブルートでこのぐらいの数字は、ハイブリッドではない欧州製プレミアムサルーンでも当たり前に記録するレベルである。
心遣いは細部に宿る
特に問題ないけれど、すべてにわたって少しずつ期待を下回っているような寂しい感じがする理由は他にもある。細かいところだけれど、いろんな部分に“普通の”ユニットが使われているのだ。例えば、メーターはあのファイングラフィックメーターではなく普通のオプティトロンメーターにいわばグレードダウンされているし、パワーウィンドウユニットも一般的なものだ。トヨタの高級モデルには閉まる直前にモーター速度が変わり、ゆっくりと静かにシュッと閉まるタイプが使われていたはずなのに、新型マジェスタは他のモデルと同じようにスー、トン、と閉まる。繰り返しになるが、それで何か不都合があるというわけではない。きちんと開閉すれば十分だ。だが、その上に何かしらの特別さ、上質さを付け加えるために、痒(かゆ)いところどころか、痒くなりそうなところまで気を回してかいてくれるような、あの細やかな心遣いはもはやこの車にはない。そういえばドライバーズシートのランバーサポートは、単純に出っ張る、引っ込むといったタイプだが、張り出し部分の高さ調節ぐらいは備えてくれないと困る。
保守的で若々しくはなかったかもしれないが、日本的なおもてなしを突き詰めて、柔らかい温泉のお湯に浸かっているようなくつろぎを感じさせてくれた従来のマジェスタが、今ではかえって懐かしい。そう思うぐらい新型マジェスタの位置づけが曖昧で戸惑った。あえて言えば、新しいマジェスタはややおとなしい外観のGS450hということになろうか。少しでも広い後席とパワーとを必要とする人でなければ、4気筒のクラウン ハイブリッドで十分だと思う。
(文=高平高輝/写真=荒川正幸)
テスト車のデータ
トヨタ・クラウンマジェスタ“Fバージョン”
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4970×1800×1460mm
ホイールベース:2925mm
車重:1860kg
駆動方式:FR
エンジン:3.5リッターV6 DOHC 24バルブ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:CVT
エンジン最高出力:292ps(215kW)/6000rpm
エンジン最大トルク:36.1kgm(354Nm)/4500rpm
モーター最高出力:200ps(147kW)
モーター最大トルク:28.0kgm(275Nm)
タイヤ:(前)225/45R18(後)225/45R18(ダンロップSPスポーツ2050)
燃費:18.2km/リッター(JC08モード)
価格:670万円/テスト車=700万5550円
オプション装備:ボディーカラー<プレシャスシルバー>(5万2500円)/225/45R18 91Wタイヤ+18×8Jアルミホイール<ダイヤモンドカット+グレーメタリック>&センターオーナメント(2万1000円)/マイコン制御チルト&スライド電動ムーンルーフ(10万5000円)/ITSスポット対応DSRユニット<ETC機能付き>(2万2050円)/HDDナビゲーションシステム(10万5000円)
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:2376km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(6)/山岳路(3)
テスト距離:322.9km
使用燃料:--リッター
参考燃費:10.5km/リッター(車載燃費計計測値)
