第3回「熱海HISTORICA G.P.」の会場から
2014.10.01 画像・写真2014年9月27日、28日の2日間、静岡県熱海市の長浜海浜公園およびその周辺でヒストリックカーイベント「熱海HISTORICA G.P.」が開かれた。3回目となる今回のプログラムは、27日が長浜海浜公園での車両展示と熱海市内およびビーチ周辺のパレード(ツーリング)、28日がアカオハーブ&ローズガーデン内の特設コースにおけるヒルクライムと、マリンスパあたみ前広場周辺での車両展示だった。エントリー資格は3種類あり、グループAは車名が熱海の“A”から始まる新旧アルファ・ロメオ&アストン・マーティン、グループBは1990年までに製造されたモデル、グループCが希少車/マイクロ&バブルカー/360cc軽/正統派レプリカモデルなど。つまり一般的な旧車イベントに比べ門戸が広いわけで、軽自動車からスーパーカー、戦前の超高級車までバラエティーに富んだ300台近いモデルが集まった。2日間とも絶好のイベント日和に恵まれ、大勢のギャラリーも訪れ盛況に終わった会場から、リポーターの印象に残った車両を紹介しよう。(文と写真=沼田 亨)

4台で隊列を組んで会場入りする「アウディ・クワトロ」軍団。先頭から1984年、86年、88年の「クワトロ」、そして83年「スポーツクワトロ」。この種のイベントで、チームを組んだアウディを見たのは初めてだ。
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4台で隊列を組んで会場入りする「アウディ・クワトロ」軍団。先頭から1984年、86年、88年の「クワトロ」、そして83年「スポーツクワトロ」。この種のイベントで、チームを組んだアウディを見たのは初めてだ。
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クワトロ軍団のしんがりを務めていた、1983年「アウディ・スポーツクワトロ」。通常の「クワトロ」のホイールベースを320mmも短縮したシャシーに300psを発生する2.1リッター直5 DOHC ターボエンジンを搭載、200台が限定生産されたグループBホモロゲーションモデル。オーナーいわく「さすがに日常使用はキビしい」とのこと。
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参加車両中最小モデルで、唯一の軽だった1973年「スズキ・フロンテクーペ」。ジウジアーロのアイデアをベースにスズキ社内でデザインされた2+2(初期は2座)ボディーのリアに、2ストローク3気筒360ccエンジンを搭載する。
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1963年「フィアット・アバルト1000ビアルベーロ」。「フィアット600」をベースにしたシャシーにアルミボディーを載せ、後端に「600D」用をDOHC化した1リッターエンジンを搭載。ビアルベーロとはイタリア語でツインカムの意味。
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美しいシャンパンゴールドで仕上げられた1964年「アルファ・ロメオ・ジュリア・スプリント・スペチアーレ(SS)」。ベルトーネ時代のフランコ・スカリオーネが手がけた空力的なボディーが特徴の「ジュリエッタSS」として59年に登場。63年にエンジンを1.3リッターから1.6リッターに換装して「ジュリアSS」となった。
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1962年「エクスキャリバー・ロードスターSS」。ルパン三世の愛車としても知られる1920年代生まれの名スポーツカー、「メルセデス・ベンツSSK」のアメリカ製レプリカ。スチュードベーカーのシャシーを流用している。
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1989年「オーテック・ザガート・ステルビオ」。日本から送られた2代目「レパード」のシャシーにイタリアのザガートがアルミボディー(ボンネットは樹脂製)を架装した200台の限定生産車で、1870万円という高価格で販売された。最大の特徴であるボンネットに埋め込まれたフェンダーミラーは、オーテック・ジャパンの初代社長である故・櫻井眞一郎氏のアイデアといわれる。
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1984年「ランチア・モンテカルロ」。「フィアットX1/9」の上級車種として開発されたが、販売政策上ランチアブランドから発売されたミドシップスポーツ。75年のデビュー当初は「ベータ・モンテカルロ」を名乗っていたが、80年以降は単に「モンテカルロ」と名乗った。
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カロッツェリア・ギア在籍時のトム・チャーダが手がけたボディーに、フォードV8をミドシップしたイタリアン-アメリカン・スーパースポーツである「デ・トマソ・パンテーラ」。企画したのはフォード副社長時代のリー・アイアコッカで、アメリカではマーキュリー/リンカーンのディーラーで販売された。
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1981年「デロリアン DMC-12」。GMの副社長を辞したジョン・デロリアンが企画し、ロータスが車体設計を行い、ジウジアーロがスタイリングを手がけた、独特のヘアライン仕上げのステンレス製ボディーを特徴とするモデル。ミドシップではなくシャシー後端に積まれるエンジンはPRV(プジョー・ルノー・ボルボ)の2.8リッターV6である。
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青い空と海、そして長浜海浜公園の緑の芝に、色とりどりのエントリー車両が映える。
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世界的なアーティストであるヒロ・ヤマガタがペイントしたという1953年「メルセデス・ベンツ220カブリオレA」。車格としては今日の「Eクラス」に相当する、2.2リッター直6エンジンを積んだ「220aシリーズ」のカブリオレ。
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1977年「メルセデス・ベンツ450SLC」。今回、車種別でもっとも多かったのが、俗に「ヨコ目のSL」などと呼ばれる3代目SL(コードナンバーR107)で、10台近く参加していた。クレヨンの肌色に近い濃いベージュに塗られたこれは、ロングホイールベースの4座クーペボディーを持つ、1代限りで終わったSLCである。
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1953年「メルセデス・ベンツ170S」。オーナーが25歳のときに譲り受けて以来、半世紀近くにわたって所有しているという個体。入手当時と近年、同じ場所で撮影したという写真をフロントグリルに飾っている。なお170は、戦前型をほぼそのまま復活させた戦後メルセデスの第1作である。
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1967年「日産セドリック・ワゴン」。130の型式名を持つ2代目セドリックのワゴン。2リッター直6エンジン搭載の「ワゴン6」なら何台か残存車両を知っているが、同じ2リッターでも直4を積んだこの「ワゴン」は非常に珍しい。後ろ向きのサードシートを備えた8人乗りである。
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1969年「アウトビアンキ・ビアンキーナ・カブリオレ」。イタリア最古のメーカーのひとつだったが、戦後の55年以降はフィアット傘下となったアウトビアンキ。60年に登場したビアンキーナは「フィアット500」をベースとするモデルで、このカブリオレのほかセダン、クーペ、ワゴンが存在した。日本ではとても希少である。
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「品川3」のシングルナンバーを持つ、渋いゴールドのボディーカラーがよく似合う「ジャガーEタイプ・ロードスター」。ウインドシールドの内側に飾られていた写真から判断するに、かつて歌手の故・フランク永井が愛用していた個体のようである。
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「チャイニーズ・アイ」と俗称される、つり上がったデュアルヘッドライトが印象的な「ベントレー・コンチネンタルS3ドロップヘッドクーペ」。6.2リッターV8エンジンを積んだ、「ロールス・ロイス・シルバークラウドIII」の兄弟車である。
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2001年「VM180ザガート」。「トヨタMR-S」をベースに、ザガートが手がけたボディーを着せたカスタム。トヨタビスタ店とモデリスタのコラボレーション企画から生まれ、2001年の東京オートサロンでデビュー、100台が限定生産された珍車である。
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「ポルシェ550スパイダー」のレプリカである「ベック550スパイダー」を挟んで、青(1958年)と赤(59年)の「BMW 600」が並んだ、非常に珍しい光景。BMW 600は「BMWイセッタ」から発展したモデルで、4人乗りとしたボディーのリアに同社の二輪から流用した600ccの空冷フラットツインを積む。
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“熱海G.P. RUN”と名付けられたパレード(ツーリング)で、ランデブー走行する2台の1974年「BMW 2002ターボ」。よく見ると前の個体はオーバーフェンダーがパテ埋めされている。ということは正規輸入車か? 新車当時、FRP製オバフェンがリベット留めされていた本国仕様は日本では認可が下りず、正規輸入車はわざわざ鉄板を溶接してからパテ埋めして仕上げていたのである。
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1928年「ロールス・ロイス・ファントムI」をドライブするのは、イベント参加はいつでもどこでも自走で参加をモットーとする、日本ロールス・ロイス&ベントレー・オーナーズクラブ会長の和田篤泰氏。
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1935年「ロールス・ロイス 20-25 ランドレー」。真っ白いボディーカラーと楽しげな雰囲気のドライバー&パッセンジャーが、本来のいかめしい雰囲気をかなり和らげている。
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「品川3」のシングルナンバー付きのフルオリジナルで、しかもワンオーナー車という1968年「メルセデス・ベンツ280SL」。後ろは5.3リッターV12エンジンを積んだ「ジャガーEタイプ・ロードスター・シリーズ3」。
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1982年「パンサー・カリスタ」。パンサーは70~80年代のイギリスに存在した、“モダン・ヴィンテージ”を標榜(ひょうぼう)するクラシックカー風モデルのスペシャリスト(小規模メーカー)。カリスタはスチール製フロアパンにアルミ製ボディーを架装、フォード製2.8リッターV6エンジンを積む。
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戦前の傑作大衆車である1927年「オースチン・セブン」をスポーツカー風にモディファイしたスペシャルに、65年「オースチン・ミニ」が続く。後者は59年のデビューから62年までは「オースチン・セブン」と名乗っていたので、その意味では新旧オースチン・セブンが並んでいるともいえる。
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1960年「ダットサン・フェアレディ(型式名SPL212)」。フェアレディの名を最初に冠した輸出専用車。ベースは「ダットサン1000(210)」で、初代「ブルーバード(310)」と同じ1.2リッター直4エンジンを積む。
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1959年「エルバMk5」。鋼管スペースフレームにアルミボディーをかぶせた、初期のロータスに近い成り立ちを持つレーシングスポーツ。現在はこうしたモデルでもナンバーが取得でき、堂々と公道を走れるというわけだ。
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1974年「トライアンフ・スタッグ」。70年に登場したトライアンフのフラッグシップとなる2+2のパーソナルカー。ボディーはロールバーを備えたオープンで、写真のハードトップとソフトトップの双方が装着可能。エンジンは3リッターV8を積む。
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“東洋のモナコ”と呼ばれる熱海のシーサイドリゾートをバックに、ランデブー走行する真っ白な「ランボルギーニ・カウンタック」。前が1989年「アニバーサリー」、後ろが86年「5000QV」。