旧車イベント「U1000 in しらこばと公園」の会場から
2015.02.24 画像・写真2015年2月22日、埼玉県越谷市のしらこばと公園で旧車イベント「U1000 in しらこばと公園」が開かれた。今回で3回目の開催となるが、イベント名のU1000とは「アンダー1000」の略で、1000cc未満のコンパクトな旧車のミーティングである。参加資格は原則として昭和時代に生産された、1000cc未満の車検付きの三輪車/四輪車だが、約100台のエントリー車両のなかには排気量が少々オーバーしたものや、年式が新しいモデルも特例として若干含まれていた。当日、天気予報では「昼ごろから雨で、風も強まり荒れ模様」ということだったが、いい方向に外れ、開催中は晴れ間こそ見えなかったものの雨は一滴も降らず、風もなかった(気温も上がらず寒かったが)。そんな会場から、リポーターの印象に残ったモデルを紹介しよう。(文と写真=沼田 亨)

1963年に発売されたホンダ初の市販四輪車であり、日本初のDOHCエンジン搭載車だった軽トラック「T360」が7台も集まった。めったに見られる光景ではない。
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1963年に発売されたホンダ初の市販四輪車であり、日本初のDOHCエンジン搭載車だった軽トラック「T360」が7台も集まった。めったに見られる光景ではない。
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発売当時、他社の軽より5割も強力だった最高出力30psを発生する「ホンダT360」のDOHC 4キャブレターエンジンはシート下に搭載され、駆動方式はMR。4段マニュアルギアボックスのシフトレバーは、助手席の居住性を考慮してステアリングコラム右側から生えている。
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1台の「ホンダT360」の荷台に積まれたバイク。やはりホンダの「ドリーム50」かと思いきや「カブレーシングCR110」だった。1962年に発売されたCR110は、ワークスマシン譲りのカムギアトレインを持つ空冷単気筒DOHC 4バルブ49ccエンジンを搭載した市販レーサー(保安部品付きの公道仕様もあり)。ドリーム50はこのCR110のイメージを引用した、いわば復刻普及版。「T360」と「CR110」の組み合わせは、オールド・ホンダ愛好家にとってはひとつの夢のペアであろう。
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1967年「トヨタ・スポーツ800」と68年「トヨタ・パブリカ・コンバーチブル」。通称ヨタハチことスポーツ800はホイールベースが短縮されているが、それを除けば両車はほぼ共通のシャシーを持つ兄弟車である。
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1968年「トヨタ・パブリカ・スーパー」。ヨタハチや「パブリカ・コンバーチブル」と同じツインキャブ仕様の800cc空冷フラットツインを積んだパブリカの高性能版。スポーツカーのようなライトカバーがカッコイイが、なんとこれはヘッドライトのベゼル(メッキされた枠)部分に雪が積もるのを防ぐ積雪地向けの純正オプションだという。
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1958年「ダットサン210」。先日亡くなった片山 豊氏が発案し、参戦した同年の豪州一周ラリーでクラス優勝した富士号、4位に入賞した桜号の同型車。ライセンス生産していた「オースチンA50」用のストロークを縮めた988cc直4 OHVエンジンを搭載する。
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1967年「ダットサン・サニー1000」。66年に誕生したB10の型式名を持つ初代サニーは、シンプルでクリーンな外見から想像されるとおり、車重600kg台の軽量設計とOHVながらよく回る1リッターエンジンによって軽快に走るクルマだった。
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1987年「日産Be-1」。バブル期に1万台限定で発売されて大いに話題を呼んだ、初代「マーチ」をベースにしたパイクカー第1弾。パンプキンイエローというイメージカラーに塗られたこの個体はワンオーナー車だそうで、ホイール/タイヤはオリジナルの12から13インチに交換。希望ナンバー制が存在しない時代に「1」を取得したナンバープレートが自慢。
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1968年「スバル1000スポーツセダン」。アルミ製の水冷フラット4によるFF、4輪独立懸架にインボードのフロントブレーキといった風に、コンベンショナルな「サニー」や「カローラ」とは対照的に、凝った設計の大衆車だったスバル1000の高性能版。ラジアルタイヤを標準装着したのは、「トヨタ2000GT」に次いで国産車では2番目だった。
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1968年「スバル1000バン」。4ナンバーの商用バンとはいえ、4輪独立懸架をはじめセダンと同様の進歩的な設計を持った、「レヴォーグ」や「レガシィ・アウトバック」などスバル・ワゴンのルーツといえるモデル。積載による姿勢変化に対応すべく、国産初のヘッドライトレベライザー(手動2段切り替え式、写真右上)を標準装備。
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1962年「マツダR360クーペ」。60年に登場したマツダ初の乗用車がR360クーペで、この個体は一部の補修塗装を除いてはオリジナルのままという希少な残存車両。リアに積まれたエンジンは4ストロークの空冷Vツイン。
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「R360クーペ」に次ぐマツダの乗用車第2弾として1962年に登場した「キャロル360」。クリフカットされたルーフが特徴的なボディーのリアに、水冷4ストローク4気筒エンジンを積んだ高級軽乗用車で、翌63年に軽初となるこの4ドアセダンが加わった。リアウィンドウには60年代に流行(はや)った、マジックカーテンという商品名のラメ入りクリアブルーのアクリル板が装着されている。
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1967年「ダイハツ・フェロー」。66年に登場したダイハツ初の軽乗用車。エンジンは水冷2ストローク2気筒で、駆動方式はオーソドックスなFR。当時の軽はこのフェローと「マツダ・キャロル」を除いてはみな空冷エンジンだったため、水冷エンジンによる利きのいいヒーターもフェローのセリングポイントのひとつだった。
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1970年「スバルR-2 SS」。「スバル360」の後継モデルがR-2(リアエンジンの2代目という意味)で、SSはツインキャブエンジンを積んだ高性能版。SS風に装った“もどき”が少なくないなか、この個体はホンモノのSS。ノーマルとのことだが、フロントの車高が上がりすぎのようにも見える。
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1972年「スズキ・フロンテクーペ」の水冷2ストローク3気筒エンジン。エキパイから2ストの性能を左右するエキスパンションチャンバー(膨張室)、そしてマフラーまで排気系すべてをオーナーが自作。特にチャンバーは鋼板を切り出して丸め、溶接してつないだ力作。オーナーによると「これが3作目でコツがつかめてきたので、製作時間は排気系全体でのべ120時間くらい」とのこと。
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1988年「スズキ・アルトワークスRS/R」。この年に世代交代して専用マスクを与えられた2代目アルトワークスの、直3 DOHC 12バルブのターボエンジンとフルタイム4WDを組み合わせた激辛モデル。ワンオーナー車という。
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1993年「スバル・ヴィヴィオTトップ」。92年に「レックス」の後継として登場したヴィヴィオの派生モデルで、自然吸気の660cc直4 DOHCエンジンを搭載。特例による参加とはいえ、発売からすでに20年以上を経過していることにちょっと驚いた。
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1979年「ダイハツ・シャレード・クーペ」。77年にデビューした、ダイハツ入魂のリッターカーである初代シャレードに加えられた3ドアハッチバッククーペ。ちなみに初代シャレードは、現代のコンパクトカー用エンジンの主流となっている4ストローク直列3気筒を世界で初めて導入した量産乗用車である。
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1995年「フィアット・ホンダ1595」(?)。特例として参加した、2代目「フィアット500」のボディーに、ホンダのZC型1.6リッター直4 DOHC 16バルブエンジンをミドシップした物騒なコンプリートカー。オーナーによると、20年間で10万km近くを走破しているが、大きなトラブルはないという。
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1976年「三菱ミニキャブW」。360cc規格だが、ナンバープレートが黄色に変わった(75年1月以降)過渡期のモデル。エンジンは水冷2ストローク2気筒359cc。
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1970年「三菱ミニカGSS」。67年デビューの「ホンダN360」に始まるパワーウォーズに乗り遅れまいと送り出された、三菱初の軽ホットモデル。フロントグリルの赤い縁取りは、こちらのほうが「ゴルフGTI」よりはるかに早かった。駆動方式はFRだがボディーは3ドアハッチバックなので、元祖ホットハッチかも?
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1968年「ホンダN360S」。俗にNⅠと呼ばれる初期型のSタイプだが、フロントグリルを通称NIIこと中期型の「ツーリングS」用に替え、フロントバンパーも外してコンペティション風に装っている。
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1970年「ダイハツ・コンパーノ・スパイダー」。商用バンから派生した、ダイハツ初の量産乗用車であるコンパーノの4座コンバーチブル。オリジナルのスタイリングを手がけたのはイタリアのヴィニャーレで、コンパーノという車名はイタリア語、スパイダーという呼称もイタリア風である。
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1968年「スバル・サンバー・トラック ロッカー付き」。アメリカから里帰りした左ハンドルのサンバー・トラック。フラットな荷台に三方開き式のアオリを備えた高床式で、通常の荷台部分は鍵付きのロッカーになっている。
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本部テントに設置する折り畳み机とイスを運搬中の、主催スタッフの愛車である「ダイハツ・ミゼットMP5」。ちょっとサビているが、働く分には支障なし。