第1回:『マイク・タイソンのアッパーカット(前篇)』-ランボルギーニ・カウンタック 5000Sクワトロバルボレ(5MT)-
2002.04.01 ちょっと古い試乗記集第1回:『マイク・タイソンのアッパーカット(前篇)』-ランボルギーニ・カウンタック 5000Sクワトロバルボレ(5MT)-
クルマ好きのみならず、世の人々に最もショックを与えたクルマといえば、ランボルギーニ・カウンタック(クンタッシュ)をおいてあるまい。自動車ライター下野康史は、「6時間のカウンタック体験ドキュメント」とサブタイトルを付けた本記事のリードで、「カウンタックに乗ることは、サニーに乗ることと一緒ではない。それはむしろ、NASAの弾道飛行や、遠心力発生装置を試すことに近い」と述べる。貴重なカタログ写真とともに、カウンタック試乗記を再録!
愛想笑いを穿かべない
土曜日の早朝5時、眠そうなフロントマンを相手に、チェックアウトを済ませ、表に出ると、まだ真っ暗な駐車場の片隅で、カウンタックはうずくまるようにして出番を待っていた。
これから沼津の街を抜けて山へ向かい、夜が明けたらすぐに撮影開始。道が混み始める前に山を下りて、静岡市内のオーナーの元にクルマを返す。それが、この日、僕たちに課せられた任務だった。
「起きぬけにいきなりカウンタックじゃ、ツラそうですね」
12時間後には、成田空港でドイツ便の出発を待っているはずの小川カメラマンは、ひとことそう言い残すと、カメラカーのシビックにひとりソソクサと乗り込んでしまった。
たしかに、寝ぼけた頭と身体で、このクルマを操るのは、起きぬけに400グラムのステーキを食べるようなものだ。でも、ツラくたって、なんだっていい。きのうの晩、トラックでここに運び込まれたカウンタックは、これから半日、この僕に任されているのだ! 心の中でホクソ笑みながら、次の瞬間、僕は濃紺の低く大きなボディの脇に、ヘタッとしゃがみ込んだ。
カウンタックのドアロックのキーホールは、エアインテークのえぐりの中に下向きに付いていて、実にわかりにくい。だから、2800万円に乗り込む前に、僕はまずそんなマヌケな恰好をしなくてはならなかった。これじゃ、まるで泥棒だ。
カウンタックは、にわかオーナーに、決して愛想笑いなど浮かべない。ヨソ者に、このクルマは見事なほど排他的である。
ロックを外して、ドアを跳ね上げると、室内灯が、純白のインテリアを浮かび上がらせた。幅15センチはある革張りの敷居をまたいで、右脚を差し入れ、腰を落とし、最後に左脚をしまう。そして、宙に浮いたドアに手をかけ、腹筋を使って引き下ろすと、カウンタックの厚い翼は、ズンッといってボディを密閉した。
全高わずか1070mmのルーフが頭上を圧迫する。内側に強く寝かされたサイドウィンドウは、耳のあたりに迫り、ダッシュボードの左奥からは、太槍のようなぶっといAピラーが、ドライバーの眼前に狙いを定める。そのくせ、クラウンより30センチ広い全幅は、助手席側に泳げるような広大なスペースを与えている。実に歪んだ室内空間だ。
ハンドルの根元のあたりをまさぐり、280円くらいで作れそうなショボいキーを差し込んで、ひねる。セルモーターが、イタリアのスーパーカーに独特の“クーッ”という唸りを上げると、その数秒後、コクピット背後のV型12気筒は、突然、爆発するように目を覚ました。
核シェルターのような強固なボディに、ミクロン単位の、細かな、しかし強烈なビートが伝わり始める。シートを一杯に近づけても、短足の僕にペダルは遠いが、仕方ない。重いクラッチを爪先まで使って潜み込み、手応えのあるギアシフトを1速に入れ、僕は、まだ夜の明けきらない港町にカウンタックを放した。(つづく)
(文=下野康史/写真=小川義文/初出=『NAVI』1988年1月号)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
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