「第17回クラシックカーフェスティバル in ところざわ」の会場から
2013.10.23 画像・写真2013年10月20日、埼玉県所沢市の「ところざわ自動車学校」で「第17回クラシックカーフェスティバル in ところざわ」が開かれた。旧車イベント数多しといえども唯一であろう、住宅街のなかにある自動車教習所の教習コースが会場というユニークなスタイル、毎回スワップミートを含め300台以上というエントリーの多さとバラエティーの豊かさ、そして時折非常に希少なモデルが出展されることから、関東地方のローカルイベントながら、旧車愛好家の間ではその名は全国区になりつつある。
17回目を迎えた今回は、あいにく朝から一日雨にたたられた。過去の取材を思い返しても、この会場でこれだけ降られた記憶はなく、主催者に尋ねたところでも、本降りは一度だけあったが、ここまでひどくはなかったとのこと。さすがに朝からの降雨とあって参加キャンセルも少なくなく、その数およそ100台。それでもエントリーは例年どおり300台以上あったから、200台はやってきたわけだ。エントラントや運営サイドはもちろんのこと、取材する側にとっても雨降りは楽ではない。だが今回、雨天にもひとつだけメリットがあることに気付いた。好天だと、散歩がてら会場を訪れる地域住民はじめギャラリーが非常に多く、写真を撮りにくい場合が往々にしてあるのだが、今回はその心配はほとんどなかった。ということで、雨にも負けずやってきた旧車のなかから、リポーターの印象に残ったモデルを紹介しよう。
(文と写真=沼田 亨)

2台並んだ1975年「ホンダ・シビックRS」。74年10月から75年8月までの、1年足らずの間しか作られなかった、ツインキャブエンジンに5段ギアボックスを備えた、初代シビック唯一の高性能グレード。“Road Sailing”の略というRSを名乗った最初のホンダ車で、今日の「フィットRS」のルーツである。
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2台並んだ1975年「ホンダ・シビックRS」。74年10月から75年8月までの、1年足らずの間しか作られなかった、ツインキャブエンジンに5段ギアボックスを備えた、初代シビック唯一の高性能グレード。“Road Sailing”の略というRSを名乗った最初のホンダ車で、今日の「フィットRS」のルーツである。
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1969年「ダットサン・サニー1000クーペ」。B10という型式名を持つ初代サニーのスポーティークーペで、見たところフルオリジナルのすばらしいコンディションを保っている。俳優の故・峰岸 徹が広告のイメージキャラクターを務めていたっけ。
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1973年から77年まで作られた、型式名B210こと3代目「ダットサン・サニー」の2ドアセダン、4ドアセダン、クーペと4ドアバンが、しかも同じ白でそろっていた。2ドアセダンと4ドアバンは1.2リッターエンジンを搭載、4ドアセダンとクーペは1.4リッター(後期型は1.6リッター)エンジンを積んだ「エクセレント・シリーズ」である。2ドアバンもエントリーしていたら、ボディーバリエーションがフルハウスだった。
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1967年「ダットサン・ブルーバード1300エステートワゴン」。ピニンファリーナによる、テールに向かってなだらかな弧を描くサイドビューが特徴的なスタイリングが、日本では「尻下がり」と呼ばれ不評だった型式名410こと2代目ブルーバードのワゴン。この個体は少々ローダウンされ、優美なスタイリングに似合う上品なベージュで仕上げられている。
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1965年「日野コンテッサ1300クーペ」。「ルノー4CV」のライセンス生産で乗用車市場に進出した日野の、最後の乗用車となったコンテッサ1300。ミケロッティが手がけたボディーのリアにSUツインキャブを備えた1.3リッター直4 OHVエンジンを搭載。この個体はオリジナルの状態をよく保っており、美しい。
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1973年「日産プレジデント」。65年にデビューした初代プレジデントの、型式名150と呼ばれる初期型の最終年式。フロントグリルやフェンダーに「V8」のエンブレムがないところを見ると、3リッター直6エンジン搭載モデルだろうか。
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1964年「トヨペット・クラウン・カスタム」。4ナンバーの商用バンとボディーを共有するが、内外装はセダンの「デラックス」と同等に仕立てられた2代目クラウンの高級乗用ワゴン。オリジナルのパワートレインは1.9リッター直4 OHVエンジン+3MTだが、この個体は同じ直4 OHVながら5代目「マークIIバン」用の2リッターEFIユニット+4ATに換装されている。オーナーいわく「エアコンもバッチリ効いて、しごく快適」とか。
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1966年「トヨペット・マスターライン・ピックアップ」。前出の「クラウン・カスタム」と同様に2代目クラウンのバリエーションだが、4ナンバーの商用バンとピックアップは伝統的にクラウンではなく「マスターライン」を名乗っていた。もともとアメリカンな雰囲気のため、ローダウンやクロムメッキされたホイールがよく似合う。
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1968年「トヨペット・クラウン・ピックアップ」。3代目クラウン・ベースのピックアップで、この代からマスターラインではなくクラウンを名乗ることになったが、この代を最後にピックアップはラインナップから落とされた。こうした乗用車ベースのピックアップは、普通のトラックより乗り心地がいいことから、生花などデリケートな商品の運搬用に重宝されたという。ローダウンとクレーガーのホイールは、もちろん後から改造されたもの。
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1965年「日産セドリック・バン」。これもアメリカンなルックスを持つ初代セドリックの商用バン。初代セドリックは最終的に4種類のホイールベースがあったが、バン/ワゴンは最短の2530mm。それに対して全長は4ナンバー/5ナンバー枠いっぱいの4690mmあったため、リアのオーバーハングが非常に長い。
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1954年「ダイナスターT73A」。富士重工業の前身のひとつである大宮富士工業製の軽三輪トラックで、車体左側に積んだ空冷単気筒200ccエンジンで後輪を駆動する。二輪や三輪の名うてのコレクターであるオーナーが30年間追い続け、昨年ついに入手したという“幻の一台”である。その希少車を雨の中、自走させてきたオーナーもご立派。
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1957年「ダイハツSKC7」。751ccの空冷Vツインを積んだ、俗にオート三輪と呼ばれる三輪トラック。先の「ダイナスター」にカウリングを付けたようなもので、二輪車のように車体中央に跨(また)がり、バーハンドルで運転する。
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1956年「マツダCLY71」。戦前からオート三輪の世界でダイハツのライバルだったマツダ。これもバーハンドルで、エンジンはやはり空冷Vツインの905cc。スタイリングは軽三輪トラックの「K360」、マツダ初の乗用車である「R360クーペ」や初代「キャロル」などと同様に、工業デザイナーの小杉二郎氏が手がけている。
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1965年「プリンス・スーパーマイラー」。幼児が見たら泣き出しそうなほど怖い、でもどこかユーモラスなつり目の2トン積みボンネット・トラック。初代「スカイライン」や2代目「グロリア」などと同じ、1.9リッターの直4 OHVエンジンを積む。
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1968年「日産プリンス・クリッパー」。先の「スーパーマイラー」のキャブオーバー版が「プリンス・スーパークリッパー」で、これはプリンスが日産に吸収合併された後に生産されたモデルのため、車名に日産が付く。次期型は「スズキ・キャリイ」のOEMとなることが発表された軽トラック、「日産クリッパー」のルーツである。
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1973年「トヨタ・ハイエース・コミューター」。初代ハイエースの、しかも珍しい2ナンバー(マイクロバス)の15人乗り仕様。しかし、趣味グルマのためそこまで乗せることもないという判断から、現オーナーは定員を減らして3ナンバーで登録し直している。
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1977年「日産キャラバン」。「ハイエース」といえば、ライバルは日産キャラバン。これは73年に登場した型式名E20と呼ばれる初代モデル。2リッター直4 OHVエンジンを搭載している。
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1984年「ダットサン・バネットラルゴ・グランドサルーン・パノラマルーフ」。今日の「セレナ」の先祖となる、ワンボックス高級ワゴンのはしり。回転対座シートやチルト&スライドのパノラマルーフなどを備えた内外装ともにフルオリジナルで、コンディションもすばらしい。
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1968年「日産プリンス・スカイライン・バン」。型式名S50こと2代目スカイラインの4ナンバーの商用バン。この個体は車高をやや下げ、フロントグリルを初期型のものに替え、往年のプリンスのサービスカーを模したカラーリングを施している。
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1974年「ダットサン260Cエステート」。型式名230と呼ばれる3代目「セドリック」/4代目「グロリア」のバン/ワゴンと基本的に同じ成り立ちを持つ、オーストラリアからの逆輸入中古車。国内用の2リッターに対して2.6リッターの直6 SOHCエンジンを搭載、トランスミッションは3AT。
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1969年から77年まで作られた、360cc規格時代のマツダの軽トラック「ポーターキャブ」が、なんと8台も整列! なかには遠く神戸からやってきたクルマもあった。
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こちらはサブロク(360cc)軽乗用車の代表格である「スバル360」。通称“デメキン”と呼ばれる初期型から、手前にある1968年に登場したハイパフォーマンスモデルの「ヤングSS」までそろっていた。
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1969年「スバル・バン」。2代目「サンバー」のバンなのだが、アメリカからの逆輸入中古車で、フロントのエンブレムも“Sambar”ではなく“Subaru”。そのほかオーバーライダー付きバンパー、アンバーのウインカーレンズ、リアサイドのリフレクターなどが国内仕様との外観上の相違点。
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往年の街道レーサー風に仕立てられた初代「マツダ・キャロル」。総アルミ製のクロスフロー、ヘミヘッドの水冷4気筒という高級なエンジンを積んだ、「スバル360」の対抗馬である。13枚目の「マツダCLY71」と同じく、スタイリングを手がけたのは小杉二郎氏で、目元が似ている。
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1964年「いすゞ・ボンネットバス」。横窓が少なく、ずいぶん全長が短いバスだと思ったら、山中に放置されていた電源車を引き上げ、レストアしてバスに改造したものとのこと。
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このイベントは昔からアメリカ車が比較的多く参加している。今回も悪天候にもかかわらず20台近くがエントリーしていた。
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アメリカ車のイベントでもあまり見かけないフォード系モデルが目についた。これは1959年「フォード・サンダーバード」。通称“ベビーサンダー”と呼ばれる初代サンダーバードは2シーターだったが、この2代目からボディーを大型化し4シーターとなった。
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1963年「フォード・フェアレーン」。フェアレーンは55年にフルサイズのシリーズとして登場したが、62年にコンパクトとフルサイズの中間サイズ(インターミディエート)にダウンサイジング。とはいうものの全長は5m、全幅は1.8mを超える。
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1963年「フォード・ファルコン・フーツラ・コンバーチブル」。60年に登場したコンパクトカーのファルコンは、全長4.6mで全幅は1.8m以下というサイズ。当初は2ドア/4ドアのセダンとワゴンで、63年にこのコンバーチブルとクーペが加えられた。
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1958年「エドセル」。下位からフォード、マーキュリー、リンカーンの3つのブランドをラインナップしていたフォード社が、58年にリリースした、フォードとマーキュリーの間に位置する新たなブランドがエドセル。その名は早世した2代目社長のエドセル・フォードにちなんだもので、マーケティングとプロモーションに巨費を投じ、社運を懸けて発売されたものの、結果は惨敗。ブランドはわずか3年で消滅し、自動車業界のみならずアメリカのマーケティング史上最大の失敗作として語り継がれるモデルである。そのエドセルが日本で見られるとは思わなかった。これぞ「ところざわ」の魅力である。