「谷保天満宮旧車祭」の会場から
2019.12.13 画像・写真2019年12月9日、東京都国立市の甲州街道沿いにある谷保天満宮およびその周辺で「谷保天満宮旧車祭」が開かれた。これは神社の境内をメイン会場とする、非常に珍しい旧車イベントである。そもそも谷保天満宮は、903年(延喜3年)に菅原道真の三男道武が父を祭ったことに始まる、東日本最古の天満宮という由緒のある神社。そんなところでなぜ旧車イベントが開催されるのかといえば、これまた由緒正しい理由がある。
国産初のガソリン自動車「タクリー号」を作らせたほどのクルマ好きで、自動車の宮さまと呼ばれた有栖川宮威仁親王が、1908(明治41)年8月1日に、3台のタクリー号を含む総勢11台による、日本初のガソリン自動車による遠乗会(ドライブ)を主催した。日比谷公園を出発した一行の目的地が谷保天満宮で、梅林における食事会の席で、わが国初の自動車クラブとなるオートモビルクラブジャパンが設立されたのだという。つまり谷保天満宮は、日本における自動車趣味発祥の地というわけだ。その100周年を迎えた2008年、偉大なる先達(せんだつ)に敬意を表して、地元国立の旧車愛好家が中心となって遠乗会を再現。それをきっかけに翌2009年から谷保天満宮旧車祭が始まった。
その旧車祭も、遠乗会から111周年を迎えた今年で11回目。参加車両はおよそ200台で、境内には収まりきらないため、近隣の駐車場に第2・第3会場を設けて展示。さらに谷保第三公園に設けられた第4会場では、クラシックカー&スーパーカーの同乗体験なども実施された。好天に恵まれ、多くのギャラリーが訪れ大盛況だった会場および周辺から、リポーターの印象に残った車両を中心に紹介しよう。(文と写真=沼田 亨)
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1/35本殿前に並べられた参加車両。
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2/35開会式で本殿前に迎えられる、1907年に登場した国産初のガソリン自動車「タクリー号」のレプリカ。タクリー号の名は、「ガタクリ、ガタクリ」と音を立てて走ったことに由来する。
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3/35天満宮の禰宜(ねぎ。宮司の下位の神職)による、1908(明治41)年8月1日に行われた遠乗会の説明に聞き入る参加者とギャラリー。
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4/35会場内に展示されていた、遠乗会の様子を記録した写真のうちの1枚。今から111年前の甲州街道の風景である。
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5/35本殿前に並べられた車両から、「ルノー4CV」を日野自動車がライセンス生産した1958年「日野ルノー」(左)、1961年「メルセデス・ベンツ190SL」(右)。左後方は1964年「ポルシェ356C」。
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6/351950年「シトロエン11CVレジェール」(手前)と1953年「メルセデス・ベンツ170S」。双方とも1930年代生まれで、改良を加えながら戦後も継続生産されていた。
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7/351971年「フィアット124スポルト クーペ」。日本では珍しい存在だが、この個体はさらに……。ちなみにマルーンのボディーカラーはオリジナルではなく、鉄道好きでもあるオーナーが選んだ“阪急電車の色”という。
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8/35「フィアット124スポルト クーペ」は、エンジンがオリジナルの1.6リッター直4 DOHCから「フィアット・アバルト124ラリー」用の1.8リッターに換装されていた。加えてリアサスペンションも、本来のリジッドからアバルト124ラリー用の独立懸架に替えられているというから驚く。いわれてみれば、後輪にリジッドではあり得ない、強いネガティブキャンバーがついている。
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9/35甲州街道から本殿に至る参道にも、ずらりと参加車両が並べられていた。
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10/35参加車両は一台一台、交通安全祈願のお祓いを受ける。これは1972年「トヨタ・セリカ1600GT」。俗にワンテールと呼ばれる初期型だ。
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11/351982年「マツダ・ファミリア1500XG」。販売台数に対する残存率の低さではトップクラスであろう“赤いファミリア”の、電動スライディングルーフを標準装備した初期の最上級グレード。アルミホイール、エアダムスカートにドアミラーはノンオリジナルだが、そうした改造も“当時風”である。
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12/351969年「BMW 2000C」。後の「6シリーズ」(現行モデルは除く)のルーツとなるクーペ。「いささか奇怪」ともいわれた個性的なマスクが特徴。
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13/351990年「メルセデス・ベンツ190E 2.5-16エボリューションII」。DTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)参戦を目的とした、限定500台のホモロゲーションモデル。オーバーフェンダーや巨大なリアスポイラーで武装したボディーに、235PSまで高められた2.5リッター直4 DOHC 16バルブエンジンを搭載。
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14/35参道入り口付近にこま犬のようにちょこんとたたずんでいた1976年「マツダ・ポーターバン」。ちなみに軽自動車(自家用)のナンバープレートが小型の白から黄色に変わったのは1975年だが、翌76年には軽規格が360ccから550ccに拡大されるので、このポーターのように360ccで黄色ナンバーは数少ない。
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15/35甲州街道に面した参拝者用駐車場には、スーパースポーツや高級車が多く並べられていた。手前は「フェラーリ512BB」。
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16/35谷保天満宮から500mほど離れた駐車場に設けられた第2会場には、20台が並べられた。左手前のジープは1951年「ウイリスM38」。
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17/35第2会場のすぐ隣の第3会場には30台弱が。手前は2004年「モーガン4/4」の4シーター仕様、その隣は1988年「三菱エテルナ」。
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18/35JR国立駅と第2会場、そして谷保第三公園に設けられた第4会場を循環していた来場者用無料シャトルバスは、1981年「日野RC700型」。
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19/35遠乗会ならぬ近乗会(パレード)に出発するため、本殿から参道入り口に続く坂道を駆け登る1968年「アルファ・ロメオ1300スパイダー ジュニア」。
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20/35「品川3」のシングルナンバーの付いた、新車からのワンオーナー車という1968年「メルセデス・ベンツ280SL」。
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21/351955年「アストンマーティンDB2/4」。テールゲート付きの2+2ボディーを持つ、ハッチバッククーペの元祖的なモデル。
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22/35谷保天満宮から、第4会場である谷保第三公園に向かって出発する1929年「ロールス・ロイス・ファントムI」。第4会場では、これらクラシックカーやスーパーカーの同乗体験も行われた。
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23/351988年「ランボルギーニ・カウンタック5000クワトロバルボーレ」。4バルブ化された5.2リッターV12 DOHCエンジンを積む。
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24/351970年「トヨタ2000GT」。後期型だが、ヤマハ発動機が所蔵する前期型のようなゴールドのボディーカラーは、オーナーの好みでペイントされたもの。
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25/35近乗会(パレード)のコースは、各会場を出発してからJR国立駅と谷保駅を結ぶ大学通りを走り、第4会場である谷保第三公園でゴールを迎える。1966年「日産シルビア」に1982年「パンサー・カリスタ」、1967年「ダットサン・サニー」などが続く。
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26/35大学通りから谷保駅前のロータリーに入ろうという1967年「ダットサン2000ロードスター」(SRL311)。国内名称「フェアレディ2000」(SR311)の北米仕様である。後方はコードナンバーR107の「メルセデス・ベンツSL」、すれ違っているのも同世代の「同SLC」だ。
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27/35ロータリーに進入する1964年「ベントレーS3サルーン」。6.2リッターV8エンジンを積んだ「ロールス・ロイス・シルバークラウドIII」の双子車。
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28/351961年「BMWイセッタ300」に路線バスが迫っ……ているわけではない。
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29/35アメリカ国旗をなびかせながらロータリーを回る1965年「フォード・マスタング コンバーチブル」。
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30/351962年「フィアット500コルタ」。イタリア語で短いを意味するコルタ(corta)の車名のとおり、2代目フィアット500をカットオフして超ショートホイールベースにした、実車版「チョロQ」のようなスペシャル。
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31/351937年「ダットサン16型ロードスター」。722ccの直4サイドバルブエンジンを積んだ、国産量産小型車のパイオニア。
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32/351981年「ランチア・モンテカルロ」。そもそも「フィアットX1/9」の上級版として企画されたミドシップスポーツ。デビュー当初は「ベータ モンテカルロ」と名乗っていた。
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33/35駅前ロータリーを行く謎の飛行体……の正体は1989年「パルス」。アメリカのメーカーが製造した二輪車(ただし左右の主翼状の下にそれぞれ補助輪が付いている)で、パワーユニットは「ホンダGL1500」用の1.5リッター水冷フラット6。登録は大型二輪で、運転時はヘルメット着用が義務づけられる。FRP製ボディーカウルの後部は現オーナーが作り替えたそうで、本来尾翼はなかったという。
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34/35大学通りから第4会場である谷保第三公園に向かうさくら通りを行く1984年「トヨタ・セリカXX 2000GTツインカム24」。
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35/351985年「アルファ・ロメオ・アルファスッド スプリント」。フラット4エンジンを積んだアルファ初のFWD車、アルファスッドの、3ドアハッチバッククーペ。